有美と貧乏神
気が付くと真尋は、自分の部屋のベッドで横になっていた。
起きあがって部屋を見回す。
見慣れた自分の部屋。なのに、何かが違う。
匂い…じゃない。
空気が違うんだ。部屋に生活感が……、生気がない。
「ナーゴ」
ミカンが外から帰ってきた。
窓は開いていないのに、ミカンは当たり前のように部屋に入ってきた。
違和感を感じなかった訳ではないけど、真尋はなんとなく安心した。
おいでと声をかけると、ミカンは膝の上に乗ってくる。
「ニャア」
いつものミカンだ。
しばらくベッドの上でミカンを撫でる。
「あれ? 呼ばれてる。」
真尋は、何か強い思いに引っ張られるのを感じた。
行かなきゃ。そう思った。
「行こうミカン。」
真尋は立ち上がると、開いたままの扉から出る。
「お母さん? お父さん?」
階段を降りて、見回すけど誰もいない。
「あ…」
そこで真尋は見た。リビングに自分の写真が飾られている。
写真には、黒い帯が斜めにかけられていた。その隣にはミカンの写真も飾ってある。
真尋とミカンの遺影だ。
そうだ、ミカンは死んだんだ。
足元にいるミカンを見つめる。
「私も死んだ…? どうして…」
あの日のことを思い出す。
ミカンのお見送りをして、御殿森神社に参ったあの日。
自分の人生を変えてしまうような体験をした日だった。
神様と話した。
帰りにバイクに轢かれそうになった。
でも、神様に助けられた。紙一重でバイクは当たらなかった。
そうだ……
病院に行く途中。
救急車がひっくり返った。そこから先は覚えていない。
……救急車の事故で私は死んだのか。
真尋はミカンを抱き上げた。そして顔だけ笑った。
「ミカン。私たち、一緒だね…。」
でも、ミカンは悲しそうに少し鳴くだけだった。
少しの間、ぎゅっとミカンを抱きしめて、うずくまった。
「やっぱり……呼ばれてるわ。」
呼ばれているのは外だ。
真尋はゆっくりと立ち上がり、玄関に向かう。扉のノブに手を掛けるが、玄関を開けることが出来ない。
「そうか。私、幽霊だから触れないんだ…。」
改めて自分が死んでいることを実感する。
ミカンは真尋の腕から飛び降りると、そのまま扉をすり抜けた。
真尋もミカンの後について、閉じたままの扉から外に出ていく。
***
青葉が伸びゆき、少し暑いくらいの春の日。
桜も新緑の葉となり、他の木々に溶け込んでいる。
御殿森神社の境内には、多くの人が集まっていた。
秋祭りの時のような人出だが、祭のような賑やかさはない。
真尋の父と母。
有美やナオ君などの真尋の友達。
自治会長をはじめとするご近所さん。
そして、乙姫神社の宮司。
皆は、神社の社殿ではなく、境内の中に新しく作られた小さな祠の前に並んでいた。
宮司が祠の前で祓串を振るい、人々はその後ろで畏まっている。
貧乏神は、物憂げにその様子を眺めていた。
……いや、貧乏神などと呼ぶのは遠慮されるような格好で、ジン坊は立っていた。
その衣には解れた所がなく、おろしたてのようにパリッとしていた。
また、髪も整えられ、体には一つの汚れも付いていない。
彼は神々しさを纏っていた。
ただ、悲しそうな表情を浮かべて。
「………」
その祠は、摂社や末社と呼ばれる小さな社殿だ。神社に祀られている神に縁のある別の神が祀られる。
新しく神がここに祀られるための神事が行われていた。
そこへミカンに導かれて真尋がやってきた。
「あれ、みんないる……?」
不思議そうに鳥居をくぐる。
「ねえ、何やってるの?」
しかし、真尋の声は届かない。
お父さんにもお母さんにも、有美ちゃんにも。
誰にも聞こえていない。
「やっぱり、そうだよね…」
「ニャア」
ミカンが慰めるように真尋を見上げる。
「真尋。」
おじさまが声を掛けてきた。
誰だろう、このおじさま?
乙姫神社の宮司さんと似たような恰好をしているけど、もっと古い感じがする服を着ている。
あれ、私のこと見えてるの?
もしかして、除霊とかそういう人?
真尋は混乱して一歩下がる。
でも、ミカンはおじさまの方へ歩いて行って、「ニャー」と挨拶をした。
「あ!」
それで気付いた。
この声は、この顔は!
真尋は直立して頭を深く下げる。
「初めまして。神様。」
ジン坊は笑った。
「ははは。これは初めましてになるのかな…?」
「そうでした。前にお話ししたことありましたよね。」
真尋からすると、神様の顔をしっかりと見たのは初めてだった。
ネットや電話でしか話したことのない人と、オフ会で会ったような気分。
でも、イメージどおり。
ほうれい線からは年齢を感じるけど、とても優しそうな目元をして鼻筋の通った、気品のあるおじさま。
「すまなかった。」
彼は頭を下げる。
突然の謝罪に真尋は慌てる。
「え? なんでですか?」
「真尋を守ってやれなかった。俺の力が足りなかったからだ。本当にすまない。」
神様は、真尋が死んでしまったことを気にしているようだ。
そんなに気にしないでいいのに。
「だって、バイクからは助けてくれたじゃないですか。」
「あれは俺じゃない。」
彼は否定するが、真尋は構わずに話を続ける。
「あの時バイクで死んでいたかもしれない。大怪我だったかもしれない。どちらにしても同じ救急車に乗っていたんだから、……これは私の運命だったんですよ。」
「真尋は強い子だな。」
彼は目を見張った。
「でも、こうやってミカンとも一緒にいられるし、神様の顔も見ることが出来ました。」
そう言って真尋は微笑んだ。
しかし、その顔にはどこか憂いの表情も浮かんでいた。
(オトも、真尋も…。俺は、本当にいい子たちを守ってやれなかった。)
ジン坊は悔やみ、改めて涙した。




