迷子猫再び
翌朝。真尋は朝からお参りに来ていた。
今日と明日は仕事が休みなのだ。
「今日は熱心に拝んでいるな…」
貧乏神は、どうしたのだろうと真尋の額に手を当てる。指先には炭がまだ残っているが、力の発動には問題はない。
(ミカンを探してください。)
真尋は一生懸命に祈りながら、流れ出す涙を我慢できなくなっていた。
ミカンは真尋が幼稚園の頃から飼っている猫だ。
(ミカンはもう二十歳を越えています。歳をとってしまって、前ほど体も動かなくなってきました。)
猫にしてはかなり長寿である。
…そんなミカンが、夜になっても散歩から帰ってこなかった。
(家の中も家の周りを探しても見つからなかったんです。)
心配で、昨日はあまり眠れていないようだ。
(もしかしたら……)
本人は考えないようにしているが、最悪の事態が頭から離れない。
何か事故にあっていないか、それとも…
猫は死期を悟ると飼い主の前から姿を消す… そんな話を聞いたことがある。
「お願いします。」
真尋は見上げると、貧乏神の顔を見つめて懇願する。
視線の焦点は貧乏神の後方、拝殿にある。神が見えている訳ではない。
前の時と同じように、貧乏神は優しく微笑む。
「分かった。今すぐに探そう。」
柏手を打ち、力を使う。
十八年前は闇雲に町中を探すしかなかった。でも、力が戻ってきた今は、こうしてミカンの居場所を探すことができる。
(!?)
貧乏神は途端に驚いた。
ミカンを探しに行こうと、早々に帰ろうとする真尋を慌てて引き止める。
カラン
突然、絵馬掛けから一つの絵馬が落ちた。
真尋は音に驚いて、落ちた絵馬に歩み寄る。
「これ、まだあったんだ」
大分色褪せてはいるが、自分が子供の頃にミカンの絵を描いた絵馬だ。
紐が切れて落ちたらしい。
他の絵馬やキーホルダーよりも古くてボロボロだけど、小さい頃に力強く描いた線がまだ残っていた。
この絵馬は貧乏神にとっても宝物だった。この絵馬がなかったら、今の自分はない。
だから捨てられたり、焼かれたりすることのないよう、力を使って取り置いてもらったのだ。
真尋が絵馬に気を取られている間に、貧乏神は社殿の下を覗きに行く。
真尋は、絵馬の線の跡を指でなぞる。
ほとんど色は消えてしまっているが、ところどころ蜜柑色のクレヨンが残っていた。
懐かしい。
何年前だろうか。
真尋がまだ小学生になる前だ。こんなふうにミカンが居なくなってしまった。
私は悲しくて泣いた。
そして、お母さんと一緒にこの神社にお願いにきた。
小さい頃の事だけど良く覚えている。
その時の私は、この神社にお願いしたから、ミカンが帰ってきたと信じていた。
ミカンがそう言ってた気がする。
今回だって、この神社にお願いしたから、ミカンは無事に見つかるはず。
真尋は髪留めのゴムを外すと、絵馬の穴に通す。そして祈りを込めて絵馬掛けに掛け直した。
「ナーゴ」
ミカンの声だ。
淡い茶色の毛を揺らして、社殿の下から這い出てきた。
昔ほどふっくらとはしておらず、足取りもゆっくりとしている。
「ミカン! ここにいたの!?」
灯台下暗しっていうのかしら。
「もう! 昨日の夜、私、お参りしに、ここに来たのに!」
真尋は慌ててミカンに駆け寄り、抱き抱える。
「良かった〜。」
「ニャ」
「もう、心配したんだから…」
真尋はベンチに腰掛け、ミカンの背中を撫でる。ゴロゴロと気持ちの良さそうな声を上げた。
ミカンは何か言いたそうに貧乏神の方を見つめる。
長く生きた猫は、神を見ることができ、神の声が聞こえるようになる。
「ん? 何か見えるの?」
「ミャー」
ミカンは、たまにこうやって虚空を見つめる。警戒する訳でも、威嚇する訳でもない。ただ見ているだけ。
お化けか何か見えてるんじゃないかと、いつも真尋は怖がっていた。
でも、今日はその様子を見ても不思議と怖くない。むしろ安心感さえ感じる。
「神様でも見えてるのかな?」
真尋が冗談っぽく言う。
「ニャ」




