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貧乏神の涙、乙姫の微笑み ~鈍感な貧乏神に恋した乙姫の婉然たる悩み~  作者: M
六.睦月

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おとし水


 乙姫は、おとし水の滝で体の汚れを落としていた。

 月光が優しく降り注ぐ中、忙しかった今日一日の疲れを水浴びで癒す。


 そこへ真尋がやってきた。

 綺麗と言われて嬉しかった。返事をしてみたのは気まぐれ。


「そう?」

「ええ、本当に綺麗。」


 真尋から返事が返ってきたのは意外だった。アルバイトとはいえ巫女を経験することで、真尋の力が高まっているのだろう。

 乙姫は、話し相手ができて、もっと嬉しかった。


「ふふ、そうね……。ねえ、知ってる?」

「何を?」

「この滝が…、『おとし水』が、この神社の神体なの。」

「そうなんだ。知らなかったよ。ご神体って本殿の中にあるものだと思ってた。」


 真尋も神社の事について少し詳しくなっていたが、まだまだ知らないことは多い。

 乙姫は、ついつい自分のことを話したくなってしまった。


「本殿は、後になって建てられたのよ。そうそう、この神社の名前が、本当は『乙清水姫神社』ということは知ってる?」

「それは私も宮司さんに教えてもらった。…ああ、おとしみず姫神社!」


 真尋も気付いたようだ。『おとし水』は『乙清水』。


「乙清水姫神社は、この滝の清水を祭っている神社なのよ。」

「おとし水って、滝だから『落とし水』かと思ってた。」

「よく間違われるわ。」

「浦島太郎の乙姫じゃないことは知っていたけど、おとし水の姫様だったのね。……ねえ、そんな話、いつの間に宮司さんから聞いたの?」


 真尋は、有美と話しているつもりなのだろう。有美は怖い話が趣味でもあるから、色々下調べをしたのだろうと思いこんでいる。

 そして、彼女は乙清水姫神社に興味を持った。


「他にはどんな話を聞いたの?」


 真尋の質問に、乙姫は昔のことを思い出し語り始めた。


「大昔にこの辺りはひどい渇水になったの。大川が干上がっちゃうくらいに。」

「あの大川が?」


 真尋は驚いた。むしろ増水して警報が出るくらいの大川だ。川の水がなくなるなんて想像できない。


「そうよ。そして作物も育たず、多くのムラの人たちが死んでしまった。」

「うん。」

「そこでムラの人たちは雨乞いをした。一人の少女を人柱にして。」


 さっき、有美が言っていた「滝が落ちる池の下にも、人柱が埋まっている」という伝説の話だ。

 真尋は有美と話していると疑わなくなった。自分が神様と話しているとは夢にも思わない。


「それで雨は降ったの?」

「ほんの少しだけ。とてもムラの人を救うほどではなかった。」


 乙姫は『おとし水』に手をかざす。


「数日後、ムラの青年がこの山に登ってこの清水を見つけた。それがこの滝。この清水でムラの人たちは命をつなぐことが出来たの。」

「それって、女の子を生き埋めにしなくても、山をしっかり探せば見つかったんじゃない?」

「ふふ、そうかもね。」

「女の子は無駄死にだったの?」


 真尋は悲しくなった。


「でも、少しだけ雨が降ったことで、この清水は湧いてきたのかもしれない。青年だって、人柱がなければ山を探すこともなかった。」

「そうかも知れないけれど……」

「青年はこの清水のそばに少女の体を移し替え、少女を祭って神社を建てた。それが乙清水姫神社。」


 乙姫は懐かしそうに話した。


「なんだか、悲しいお話だね。」

「悲しい?」

「だって、その少女は神様に祭り上げられたのに、生き埋めにされたって話しか残ってないじゃない。その少女にだってやってきたことや、やりたいことも沢山あったはずなのに……、なんだか可哀そう。」


 真尋の反応に乙姫は驚いた。私のことを哀れんで悲しむなんて、思いも寄らなかった。

 この子は心根の綺麗な人なんだ。だから巫女の素質があるんだろう。


 乙姫は話を続ける。ここからは乙姫だけが知る物語。


「少女はその青年のことが好きだった。」

「え?」


 他の神々にも教えたことのない話。もちろん貧乏神にも。


「少女は、その青年に生きて欲しかったの。彼は優しかったから、きっと自分を犠牲にしてもムラの人を守ろうとしたはず。」


 ジン坊はそういう人だった。


「だから少女は、自分から人柱になった。」

「………」


 真尋は胸が詰まってしまい、何も言えなくなった。


「青年の夢枕に少女が立って、この清水の場所を教えたの。」

「……その、少女は…この場所を知ってたの?」

「神になると、いろんなことを知ることができるようになるわ。」


 真尋は、神様の話って不思議で面白いなと思った。


「後に青年はムラの長になった。」

「好きな人に生きてもらうことが出来たんだね。良かった。」


 真尋は目を潤ませていた。


「彼は死ぬ前、この清水を守るために山の鬼門の方角に神社を建てた。」

「鬼門の方角…北東?」

「そうよ。その神社に、自分の亡骸を埋めるように遺言したの。」


 真尋は北東にある神社に心当たりがある。


「あ、御殿森神社…」


 怖い話好きの有美にしては、怖いだけの話じゃない素敵な話だった。

 そんな話があったなんて聞いたら、乙姫神社も好きになるし、御殿森神社ももっと好きになった。


 真尋は手の甲で目に溜まった涙を拭った。



「わっ!」


 その時、背後に回り込んでいた有美が大声を出した。

 真尋は振り返って懐中電灯で照らされた有美の顔を見ると、「ああ、そこに居たの」と、ことも無く答えた。


「驚かないの?」

「え、うん。…いや、驚いたよ。」


 どちらかと言うと、大声に驚いたというよりも、さっきまでの素敵な話との落差に驚いた。

 一気に幼稚になったというか、有美のお化け屋敷好きの悪い癖が出たというか。


「全然驚いてないじゃない。真尋が、ジーッとおとし水の滝を見て黙ってるから、これで驚くだろうなぁと思ったのに。」


 有美はつまらなさそうな顔をする。


「ねぇ、有美。私、黙ってたの? 何も喋ってなかった?」

「うん。すごく集中してたわ。」


 今まで話していたのは夢だったのだろうか、と真尋は混乱する。


「あれ? なんで?」

「どうしたの、真尋。何か感じたの? もしかして、今まで集中してたんじゃなくて金縛りにあってたの? 実は今のあたしの声で助かったとか?」


 有美が心配そうにまくし立てる。

 さっきまで話していたのは、有美じゃなかった。


「ううん。違うよ、違う。なんともないよ。そろそろ帰ろう。」


 真尋は手を振りながら否定すると、鳥居の方へ歩きはじめる。


「本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。」

「ここは、人柱の女の子が埋められているって伝説もある場所だし、マジで何かあったら言ってよ。」


 有美は怖いもの知らずなのか、怖がりなのかよく分からない。


「人柱って言っても、そんな怖いだけのお話じゃないから安心して。」


 真尋は、さっき「誰か」から聞いた不思議な会話を思い出していた。


「ねえ、有美。帰りに寄り道して良い?」

「いいけど、どこ行く? お腹空いたしご飯も食べたいよね。コンビニ? それともファミレス? ハンバーガー? それから……」


 真尋の答えはそのどれでもなかった。


「うちの近くの御殿森神社。」


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