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9.どこまで飛ぼうか冬雲雀②

 リーリエは頭をさすりながら、自分を呼んだ声の主を見た。


「アルフレドさん!」

「お前…どんくさいのな。」


 そこには呆れ半分で彼女を見るアルフレドの姿があった。外出先からそのまま図書室へ来たのか制服ではなく、手には大きな革製の鞄を持っていた。


「学園に戻ってたんですね。おかえりなさい。」

「部屋にいるかと思ったら、何でここなんだよ…。」

「私なりに教会について調べたくて…あと勉強もしておきたかったので。」

「優等生かよ。」


 アルフレドがせせら笑った。リーリエは気にする素振りもなく、彼の暁光の瞳を真っ直ぐ見た。


「アルフレドさん…私、オルタンスからこの学園や卒業試験について教えてもらったんです。あなたの将来に関わる大事な大事なことなのに…厄介事に巻き込んでしまってごめんなさい。」


 リーリエが深く頭を下げるのに合わせ、彼女の絹のような髪の毛がさらさらと肩からこぼれ落ちた。

 

 彼女がオルタンスに聞いた話によると、アルフレドは有望な学生が集うこの学園においても抜きん出た実力の持ち主らしい。卒業試験だって、今回の様なことにならなければ、きっと彼は抜群の成績で終えていたに違いない。そう考えていたリーリエは、アルフレドの言葉を待たずに謝罪を重ねる。


「知らなかったとはいえ、魔獣生存区域に入ったことも…ごめんなさい。これからは、なるべく足手まといにならないように行動します。」


 リーリエはそのままの姿勢でアルフレドの返事を待つ。しばらくすると彼のため息が聞こえてきたので、ゆっくりと顔を上げた。


「お前、ほんと馬鹿だろ。」

「ま、また馬鹿って…」

「ずっとそんなこと考えてたのかよ。確かに教会だの聖樹だの、厄介事には違いないけどな、俺が大魔法使いになる未来は変わんねぇよ。」


 アルフレドは臆面もなく言い放った。


「大魔法使い…」


 大魔法使いの存在は教会にいたリーリエでさえ知っていた。魔法使いは非魔法使いに比べるとはるかに数が少ないが、ラトランド国は魔力量や魔法の技術に長けた魔法使いが多く、その存在自体が他国に対する武力的な牽制にもなっている。そして、そんな彼らの頂点に立つのが大魔法使いだ。


「むしろちょうど良かった。あいつらいけ好かないからな、ぶっ潰してやるよ。」

「ぶっ潰すって…」

「魔獣のことだって、知らなかったなら仕方ねぇだろ。いちいち謝んな。」


 アルフレドの話し方や態度こそ荒っぽいが、リーリエに負い目を感じさせないようにしているのは彼女にも正しく伝わった。リーリエはアルフレドの不器用な優しさにふれたことで、ぎっと胸につかえていたものがとれ、息をするのが楽になった気がした。


「アルフレドさんは本当に優しいですね。」リーリエが顔を上げて言った。


「は?つーか、お前ごときが俺の足手まといになれると思ってんのか。」


 「調子のんなよ。」と、アルフレドの長い指がリーリエの額を弾く。気持ちが軽くなったリーリエは大袈裟に痛がってみせた。


「アルフレドさん、役に立つかは分かりませんが、伝えておきたいことがあるんです。」

「こっちも確認したいことが山ほどある。…場所変えるぞ。」


 アルフレドに後ろをついてくるように言われ、リーリエはそれに従った。いくつか階段を下り、また上ってアルフレドが足を止めたのは、書架ではなく肖像画や魔法道具が押し込められた小部屋だった。


 砂が落ち続ける砂時計、宙に浮く水盆、壊れそうなほど繊細な硝子細工でできたトップハットなどの収蔵品は、いかにも魔法使いらしくてリーリエの興味を引くのには十分だった。


「きれいなものばかりですね。これは何に使うものなんですか?」

「その辺にあるのは触んない方がいいぞ。物によっちゃ触ると魔法が発動する。」

「え、」


 リーリエは小さなランタンに近づけていた指をすんでのところで引っ込めた。アルフレドは特に振り向くこともなく、手前から2番目の肖像画を我が物顔で壁から外していた。


「アルフレドさん、勝手にそんなことしても大丈夫ですか?」

「バレなきゃ平気。」


 アルフレドが肖像画を外すと、そこには深緑色をした小さな扉があった。彼は真鍮製のドアノブに手をかけて中に入っていく。リーリエは少し不安を覚えながらもそれに続いた。



 扉をくぐると、まばゆい光に満ちた空間だった。二人はさっきまで確かに図書室にいたのだが、今はコンサバトリーのような部屋にいる。硝子を通して降り注ぐ日光は眩しく、図書室の薄暗さに目が慣れていたリーリエは眩暈がするほどだった。窓の向こうには咲き誇る花々が見える。


「わあ!すごいです!さっきまで図書室だったのに…!これも魔法ですか?」


 リーリエは驚嘆の声を上げ、目を細めながらあちこちをきょろきょろと見渡す。


「ああ。何代目かの校長が趣味のガーデニングやるために作ったとか、女と逢瀬するために作ったとか…真相は不明。」

「自由な校長先生だったんですね。」

「公私混同だろ。」


 アルフレドは部屋の中央にあるテーブルセットに近付き、リーリエにも座るように促した。


「お前、飲んだり食べたりする?」

「えっと…できなくはないですが、特に食事は必要ありません。本体の木に日光と水があれば私も平気です。」

「そ。」


 アルフレドは彼女の返答を聞き、鞄から一人分の飲み物と色とりどりの紙に包まれたチョコレートボンボンを取り出した。そしてチョコレートひとつ、ふたつと次々大きく開けた口へと放り込んでいく。リーリエはそれを見て、きれいな顔に似合わず豪快な食べ方をするな、と思った。


「あの…アルフレドさんは私が聖樹だって思ってるんですか?」


 リーリエは学園で目覚めた日のアルフレドとローウッドとの対話で、アルフレドが聖樹の化身の存在を"でっちあげ"だと言っていたことを覚えていた。その後、ローウッドが彼をたしなめたため、その場はひとまず従ったのだと思っていたのだ。

 

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