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冬木に咲いた花の名は⑤

 (あったかい……)

 指先に、確かに何かが集まってくるのが分かる。


 『それを練り上げて自分のやりたいことを現実に引っ張ってくればいい』

 アルフレドの言葉が、ふと脳裏によみがえった。


(治したい)


 自分のことなんて顧みずに、私を守ってくれた、この優しい人を。


 集中を続けるリーリエの周囲に、淡い光が滲みはじめた。それは白でも金でもない、蛋白石を溶かしたような色彩で、ゆらゆらと揺れながら空気を侵食する。やがて遊色は、夜空に溶け込むように広がっていく。


(治れ、……治れ)

 唇を引き結び、リーリエはただ願い続ける。

(絶対、私が治すの)

 

 どれほどの時間が経ったのか分からない。リーリエはそっと顔を上げ、アルフレドの様子を確かめた。

 

(せめて血が止まってるといいんだけど……)


 リーリエは琥珀色の瞳を研ぎ澄ませ、一つの見落としもないようにアルフレドを見た。彼はどこか呆けた様子で、向けられる視線に気が付くことはなく、リーリエは時間をかけて観察することができた。


 目に映ったのは、冷たい陶器のような肌だった。彼女が先程見た頬の出血や細々とした怪我は、跡形もなく消えている。癒着や腫れの引きということではなく、まるで、はじめから存在していなかったかのようだ。


(……消えてる)

 胸の奥が、どっと熱を帯びる。

(成功、した……?)


 湧き上がる高揚を抑えながら声をかけた。


「アル、痛みは!? 傷……消えてるよ。ちゃんと確認して……アル?」


 呼びかけに、アルフレドははっとしたように瞬きをし、勢いよくこちらへ視線を向けた。普段きつく結ばれている唇が、珍しく少し開いている。


「どこか痛い? 私、失敗した?」

 反応がないことが不安で問を重ねる。

「……これが、神力か」

 いつもより少しだけ上ずった声に、リーリエは息を止めた。

「発現……したのか」

 計算も理屈も追いつかない現象だった。


 アルフレドが夜明けを閉じ込めたような瞳を見開いてそう呟いたのを聞いて、ほっとして体から力が抜けた。


「傷が治って、本当によかった……」

「傷?……ああ、そういえばそんなもんもあったか」アルフレドはどこか他人事のように言う。

「元から痛くねぇし、正直分かんねぇな」

「分かんないって……!失敗だったなら医務室に――」

「それより、ほら」


 アルフレドはリーリエの言葉を遮り、彼女の身体をくるりと回した。急な動きに抗議の言葉が喉まで出かかったが、それはそのまま消えた。視界いっぱいに広がった光景に、言葉を失ったのだ。

 

 夜を背負う二人の足下には、先程までは確かに寒々とした林があった。しかし現在、その場所はまるで絨毯を織りなすかのように様々な花が咲き、千紫万紅の景色が広がっている。月明かりに照らされたその光景は余りにも現実離れしていて、いつか読んだ物語の理想郷は、きっとこんな場所だろうと思った。


「……きれい」

 思わずこぼれた呟きは、吐息のように頼りなかった。

「さっきまで、ただの林だったのに」

「最高だな」

 アルフレドは短くそう言い、どこか面倒くさそうに続ける。

「……バレたら説明が面倒くせぇけど。まぁ、何とかなるだろ」

「え?何で説明が――あ、消灯後に抜け出したから?」

「は?」


 眉をひそめるアルフレドとは対照的に、リーリエは眼下の光景に夢中で、「クインスやオルタンスにも見せたいね」と無邪気にはしゃいでいる。


「おい」

「なあに?」

「……本当に気付いてねぇのか」

「?」

 アルフレドは、長い指で下方を示した。

「これやったの、お前だぞ」

「……え?」

 一拍置いて、リーリエは目を瞬かせる。

「え、ええ? 私?」

「俺じゃないんだからお前だろ」淡々とした声だった。

「お前が魔力を流し始めてすぐ、俺たちの真下から侵食が始まった」

「うーん……アルのケガを治すことしか考えてなかったからなぁ」

「……魔力量どうなってんだよ」

 小さく舌打ちして、興味深そうに付け加える。

「にしても、本当に別物だな。神力って」

「そうなの?」

「ああ。これは光魔法じゃ無理だ」

「……?」


 リーリエの顔に「分からない」とはっきり書いてあるのを見てとったが、アルフレドは説明を放棄した。リーリエが唸りながら首を傾げていると、突然何かに気付いたように顔を上げる。

 

「あ!」

「何だよ」

「私、魔法使えたんだよね?もう、魔法使いの仲間入り?」


 期待に瞳を輝かせるリーリエの額を、アルフレドは指で弾いた。


「痛っ!」

「まだ発現しただけだろ。調子乗んな」


 額を押さえてしょんぼりするリーリエを見て、アルフレドは口元をわずかに緩めた。リーリエは気付いていない。その表情が、これまで見たこともないほど楽しげなものであることを。


 彼にとって学園生活は、正直退屈ですらあった。一度で覚えてしまう授業の内容、淡々と魔獣を狩る日々。向けられる嫉妬や畏怖も慣れきっている。

 だが――。


(……面倒な一年になりそうだ)

 そう思いながら、不思議とそれを厭う気持ちは湧いてこなかった。


「まずはその垂れ流し魔力をどうにかしろ」

「うん……頑張る」

「対象も絞れないようじゃ話にならない」


 アルフレドはそう言いながら、眼下に広がる花畑をもう一度だけ見下ろした。

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