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16. 冬木に咲いた花の名は⑤

―あったかい…。指先に、魔力が集まっていくのが分かる。


『それを練り上げて自分のやりたいことを現実に引っ張ってくればいい』


―治したい。自分を顧みることなく私を守ってくれた、この優しい人を。


 集中を続けるリーリエの周囲は、蛋白石を溶かした様な光に包まれはじめていた。やがて遊色は、空を侵食しながらその範囲を広げていく。


―治れ、治れ…。


「…」


―絶対、私が治すの。


 どのくらい時間が経っただろうか、リーリエは一度アルフレドの傷の状態を確認するために顔を上げた。


―せめて血が止まってるといいんだけど…。


 リーリエは琥珀色の瞳を研ぎ澄ませ、一つの見落としもないようにアルフレドを見た。彼はどこか呆けた様子で、向けられる視線に気が付くことはなかったので、リーリエは時間をかけて観察することができた。


 リーリエの瞳に映ったのは、冷たい陶器のような肌だった。彼女が先程見た頬の出血や細々とした怪我は、綺麗さっぱりなくなっている。傷の癒着や腫れの引きということではなく、まるで、はじめから存在していなかったかのようだ。


―傷がなくなってる…!成功した!?


 リーリエは湧き上がる興奮を抑え、アルフレドに声をかけた。


「アル、痛みは?傷が消えたよ!確認して…アル?」


 アルフレドは自分を呼ぶ声にはっとして、それから勢いよく視線をリーリエに移動させた。普段気難しそうに曲げられた口は、珍しくぽかんと開いている。


「どこか痛い?私、失敗した?」


 アルフレドが何も言わないため、リーリエは自分の魔法が不発だったのではないかという不安にかられた。


「ねえ、」

「これが、神力か……!発現したのか。」


 夜明けを閉じ込めた色の瞳を大きく開き、初めて流れ星を見た子どもみたいにはしゃぐアルフレドの姿を目にして、リーリエは嬉しくなった。


「傷が治って本当によかった。」

「傷?…あぁ、そういえばそうかもな?元から痛くねぇし分かんねぇ。」

「分かんないって、どういうこと?失敗だったなら医務室に、」

「そんなことより、ほら、見てみろよ。」


 アルフレドはリーリエの言葉を途中で遮り、彼女の体をくるりと回して景色が見えるようにした。彼は気持ちが高ぶっているのか、いつもより少しだけ早口になっている。リーリエは空中で急に体勢を変えられたことに対して、アルフレドに抗議をしようとしたが、その言葉が発せられることはなかった。彼女は開いた口を閉じることさえ忘れ、目の前に飛び込んできた光景を眺めることしかできなかったのだ。


 夜を背負う二人の足下には、先程までは確かに寒々とした林があった。しかし現在、その場所はまるで絨毯を織りなすかのように様々な花が咲き、千紫万紅の景色が広がっている。月明かりに照らされたその光景は、余りにも現実離れしていて、物語の理想郷はきっとこんな場所だろうとリーリエは思った。


「きれい…さっきまで冬枯れした林だったのに。」

「ほんと最高。…バレたら説明が面倒くせぇけど…まあ、大丈夫だろ。」

「何で面倒なの?…あ!消灯後に部屋を抜け出したから?」

「は?」


 アルフレドは眉を顰めてリーリエを見たが、彼女はこの美景をつくり出したのが自分だとは微塵も思っていない様子で、眼下を眺めながら無邪気に「きれい」とか「クインスとオルタンスにも見せたいね」と言ってはしゃいでいた。


「おい」

「どうしたの?あっ、そろそろ降りる?」

「違う。お前本当に気付いてないのか?」

「…何が?」

「これ、お前がやったんだぞ。」そう言って、その長い指で下を示した。


「え、…えぇ?そうなの?私?」

「俺じゃないんだからお前だろ。お前が魔力を流しはじめて直ぐに、俺達の直下から花の侵食が始まったんだよ。」

「うーん…アルのケガを治すことしか考えてなかったからなぁ。」

「魔力量どうなってんだよ。…にしても、まじで神力って光属性魔法とは別物なんだな。」

「そうなの?」

「ああ、見たら分かる。これは光魔法じゃ無理。」

「ううん…?」


 リーリエの顔には、アルフレドが何を言っているのか全く分からないとありありと書かれている。加えてアルフレドには説明する気はさらさらなかった。顔を顰めて唸り声を上げていたリーリエだったか、突然何かに気が付いたように「あ!」と言って顔を上げた。


「何だよ。」

「私、取り敢えず魔法が使えたんだから、もう魔法使いって名乗ってもいいかな?」


 リーリエは期待に瞳を輝かせてアルフレドを見たが、彼はリーリエの額を指で弾いた。


「痛!」

「まだ発現しただけだろ。調子のんな。」


 アルフレドは、先ほどまでに比べてわずかに気落ちして額を擦るリーリエを見る。リーリエは見ていなかったが、その表情はひどく楽しげなものだった。彼にとって、この学校生活は大魔法使いになるという目的のために必要なプロセスでしかない。周りから向けられる嫉妬や畏怖も、魔獣討伐を繰返す忙しくも代わり映えのない生活にも慣れた。ただ、退屈でないと言えば嘘になる。


 アルフレドには、リーリエと出会った事でこれからの1年はこれまでにない程騒がしい年になるという予感があった。そして、不思議とそれを厭うことのない自身にも気が付いていた。


「まずはその垂れ流し魔力を何とかしろ。対象も絞れないようじゃ話にならない。」

「頑張る…。」

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