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15. 冬木に咲いた花の名は④

 呪文を唱え終えるやいなや、リーリエは凄まじい力で引き寄せられ、恐怖で目を瞑った。あまりの勢いで引っ張られたため、彼女はアルフレドの袖から手を離してしまいそうになったが、寸でのところでアルフレドがリーリエを抱き寄せ、二人が離れることはなかった。


「息しろ。」


 耳元で聞こえたアルフレドのその言葉に、リーリエは自分が呼吸さえまともにできなくなっていたことに気が付いた。


―息、しないと。落ち着かないと。


 風を切るような音やガサガサとした音が耳元で鳴り続けていたが、リーリエは息をすることに集中した。


「謎の力に振り回されてるわけじゃねぇ、お前の魔力が元でこうなってんだよ。道具に流れる魔力が多すぎる。吸い上げられてる感覚はあんだろ?徐々に栓を閉めるイメージをしろ。」


 アルフレドがあやすようにリーリエの背中を軽く叩く。目や口を開く余裕はなかったので、リーリエは頷きで返事をした。


―何がどうなってるか分かんない!…でも、そっか…これは私の力なんだ。魔力を減らす、栓を閉める…。


 しばらくして音が止むと、リーリエは固く閉じていた瞳をそっと開いた。


「できたな。」


 彼女が目を開くと、近すぎてぼやけてしまうくらいの距離にアルフレドがいた。ぼんやりとアルフレドの顔を眺めているうちに、彼女は自分が彼に抱きかかえられていたことに気が付いた。


「わっ、ごめん、」

「暴れんな。魔力制御が乱れたら、またぶん回されるか…落ちるぞ。」

「落ちる…?」

「下見てみろ。」


 アルフレドはリーリエを抱える腕を少しだけ緩め、目線を下に動かした。彼が整った形の唇をにやりともち上げたのを見て、リーリエは嫌な予感がしたが、自分の現状を確かめない訳にはいかなかった。


 リーリエがそろりと視線を足元に移動させると、そこに有るべきはずの地面はなかった。先程まで二人がいた林ははるか下方に追いやられ、学園の時計塔は彼女の拳で隠れるほどに小さい。リーリエの足は、行き場をなくして空を蹴った。


「なっ、え、高っ…!浮いてる!?」


 アルフレドの袖を掴んでいたリーリエの手に思わず力が入り、ジャケットにシワがよった。


「魔法使いっぽいだろ?浮遊術。」

「お、落ちる!」

「今出来てんだから大丈夫だろ。」


 慌てるリーリエを横目に、アルフレドは楽しげだった。「結構高高度まで来たなー。」などと言いながら、眼下に広がる世界を見下ろしている。


「もう!飛ぶなら初めにそう言ってくれればいいのに!心臓が飛び出そう!」

「お前心臓あんのかよ。ド素人は何が出るか分かんねぇってびくつきながらやるくらいでちょうどいいんだよ。」

「ええ…そういうもの?」

「自信過剰で暴走するよりマシ。」

「それはそうだけど…。」


―アルからそんな言葉が出るなんて意外。自分は常に自信満々って感じなのに。


「で?魔力感知はできそうかよ?」

「え?…うん、今も自分から何かがこの石に向かって流れていくのが分かるよ…これが魔力なんだね。」


 視線を足元からアルフレドへと戻したリーリエは、彼の頬に血が滲む真新しい切傷があることに気が付いた。果たして先程までそんな傷はあっただろうかとアルフレドを見やったリーリエは、頬以外にも細かな切傷や擦り傷をいくつか見つけた。輝く金糸には小枝が絡まっている。制服だって、明るい場所で見たら酷い状態に違いなかった。


―この傷、もしかして…


「なら下に戻って、石ころなしでやってみるぞ。」

「ねぇ、アル」

「何だよ。」

「顔、いっぱい傷がついてる…。髪もボサボサだし。」


 リーリエはアルフレドの頬に触れようと手を伸ばした。彼の気位の高さを思い出し、手を払われるのではないかとも思ったが、そうはならなかった。


「こんなん何でもねぇよ。つーか、髪ならお前だってなかなかだぞ。」

「何でもなくない!私は、どこも痛くない…。」


―私が魔法道具を制御するまで、アルはずっと、私のこと守ってくれてたんだ。私が怪我しないように…。あんなに強い力であちこち振り回されたんだから、どこかしらぶつけている方が普通なのに、そんなことにも気づけなかった。


「痛くねぇならそれでいいだろ。」


 アルフレドが自身の髪の毛に引っかかった小枝を雑に取り除く。


「魔法使いなら怪我なんてしょっちゅうする。まぁ、俺はしないけどな。それに、木や何やらにぶつかった時は衝撃逃がしたから問題ない。」


 アルフレドはなおも苦しげな顔で見てくるリーリエに言い聞かせるように続けた。


―ぶつかったって…アルは私が気付かなかったら何も言わないつもりだったのかな。


 傷付いたアルフレドの顔を眺めているうちに、リーリエにある考えが浮かんだ。


―そうだ、今の私なら…きっとできる。


 リーリエはアルフレドの頬に触れている方の指先に意識を向ける。今しがた胸に入り込んだほんの小さな可能性は、彼女の中でどんどん大きくなり、確信へと変わっていく。


―むしろ、今できなかったら、多分私に神力は使えないんだろうな。


 アルフレドは泣き出しそうだったリーリエの瞳に、決意の煌めきが宿ったのを見てとった。

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