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よろしくお願いします^_^

わたくしたちは寝る間も惜しまず、皇女みこさまの身の回りのお世話をいたします。


皇女さまがこのお宮に滞在なさるのは、わずか5日足らずのあいだです。

もしこの5日間に「何か」が起これば、皇女さまは「進化」を遂げて別のお姿にお変わりになられるのだという云い伝えがあります。


「いったい、「進化」とは何だろう」


「わたくしたちが見たこともないお姿に、お変わりになられるのだと云われていますわ」


「そいつなら、わたくしだって聞いたことある。

しかし、それはいったいどういうお形なのだろう」


この問答は、わたくしたちのあいだで何度交わされたか知れません。


なんといっても、皇女さまがこのお宮に降りてこられるようになってから十年もの間、絶えずお仕えしているわたくしたちの中にそれを見たものは誰一人としていないのです。


それどころか、どこから伝わってきた話なのか、誰が云いはじめたことなのか、わたくしたちにはわかりません。


それなのにわたくしたちは、全員が揃ってこの話を知るともなしに知っています。


まるで、それぞれが生まれる前から、記憶の中心にすでに埋め込まれていたように。


このお宮ができる前から、いいえ、この世界が存在する遥か以前から、当たり前のこととして脈づいているように。


わたくしたちは、皇女さまの進化のすがたを、見てみたいようなそのときが来てしまうのが怖いような、不思議な気持ちにきまってなるのでした。



ですが、今月も皇女さまには何もお起きになりませんでした。


そして、お宮への滞在を無事に終えらた皇女さまが、お宮から下界へと続く、長い長い河を下っていかれるときがやって参ります。

侍女も侍男も、とても哀しい気持ちがしました。


しかし、溢れる涙を拭く暇もなく、わたくしどもは皇女さまのお見送りの下拵したごしらえに精を出します。


「最後の仕事だ」


「最後こそが、肝心なのだ」


皇女さまを再び月の小船にお乗せし、そっと河に浮かべます。


ゆるゆるとした穏やかな流れに乗り、皇女さまのお姿が小さくなっていかれます。


ともに過ごした5日間だけでなく、お迎えの準備に費やした時間を思えば、毎月毎月経験しても、皇女さまとの別れは辛いものです。


薄卵色うすたまごいろにぼんやりと光る月の小船が、ちゃぷりちゃぷりと遠くなっていく様子を見て、みんなの涙が再び溢れこぼれました。


しかし、ここからまたわたくしたちには、大事な仕事があるのです。


金色こんじきの大きなへらを持ち、お宮の壁の床の、紅い苔を剥がしていきます。


へらの先の大きさは、わたくしどもの顔ほどもありましてその角を苔に突き刺し、ほじり起こしていきます。


侍男おとこ侍女おんなも関係ございません。

この仕事は全員総出でやらないと次の月に間に合わないからです。


ある者は床を這い、ある者ははしごにのぼり、せっせとへらで苔をこそげ落とします。

剥がした苔は塊のまま、河へと流していきます。

落ちきらない苔には水をかけ、くまなく流し落とします。


紅い苔が、流れていった月の小船のあとを追うように、ゆるりゆるりと河を流れていきます。


苔は、しっかりと落とす必要があります。

古い苔をきちんとなくしておかないと、次の苔がよく育たないのです。


紅色べにいろの苔が完璧に削ぎ落とされた場所からは、新鮮な生の肉のように輝く甚三紅じんざもみの壁肌が出てきました。

これがお宮の本来の色なのです。


苔をすべて流し終えるのに、優に4日以上はかかります。

長引くと、1週間かかることもございます。


次話で完結します!

さいごまでお付き合いください〜

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