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ポイント制勇者と名もなき魔法使い  作者: 春夏 冬
第一章 風の国【フウリン村】
8/15

6話:魔法使いは酒場の店主と飲み交わす

「わー! 美味しい料理がいっぱーいっ! はぐはぐ……おかわりーっ」


 今この酒場にいるのは俺を除くと三人のみ。

 一人は行儀悪く料理を口に頬張りながら元気に返事を返す赤髪の少女――ルナ。

 当人ご自慢の細いスタイルの一体どこに入るのかと疑問を抱くくらいには運ばれた料理を胃袋に収めていくことで初見である店員の度肝を抜いていく。


「えー、あの二人は何人前食べてるわけ? というかまだまだ手が止まらないみたいだけど」

「ふふっ。お客さんは少ないのにいつも以上に賑やかだわ」


 続いて呆れ声を口にするのは幼い少女――コレット。

 印象に違わぬ元気な姿で配膳を手伝う彼女は、仕事をする時にはいつもそうしているのか長い髪を後ろ結びで一本に括っている。

 その姿からはより活発なイメージを受けるというか、まだ出会って間もないが彼女らしさのようなものが見受けられるような気がする。


 そしてその姉――アイシャ。

 コレットの艶やかな銀の髪に対し、アイシャは絹のように細く透き通った金色の髪を腰まで靡かせており、またその所作にもどこか気品のようなものが感じられる。

 正直ただの辺境の村にこんな美人がいるもんなのかと最初見た時には驚いたもんだ。

 だがその美麗な容姿以上に驚かされたのが料理の腕に他ならない。

 見た目、匂い、そして味。

 運ばれて来た肉汁たっぷりの肉料理に程よく焦げ色のついた魚の串焼き、そして彩られた野菜や山草。

 そのどれもがただひたすら美味くて、マジで美味い。


「いや、マジで美味えなぁ!」


 語彙力喪失。

 だが何度でも言おう。マジで美味い。

 多少空腹が調味料になっているところもあるだろう。だがそれを抜きにしても料理が美味い。

 火の入れ方、調味料の使い方、それに食材の質。俺だって多少料理に心得くらいはあるものの、まったく比べ物にならない。もはや土俵が違う。

 それこそ王国で店を構えたって違和感がない。そう思えるほどに彼女――アイシャの料理人としての腕は高い。

 

「あー! マーくん! それ私の肉ぅ!」

「あ? どっかに名前でも書いてあんのかよ? ――って、ルナてめぇそこのフルーツ俺のだぞっ!?」

「あ、ごめーん。名前とか書いてあったー? 全然見えなかった♡」

「上等じゃボケー!」

「何よ! やるっての!?」

 

 ――わーわー! ギャーギャー!


「もぉ。まだまだ料理があるんだから二人とも喧嘩しないでってば!」


 そんな美味い飯を前にお行儀よくだぁ?

 うっせ。作法なんざクソ喰らえ!

 てな具合に出された料理に片っ端から手をつける俺とルナの姿に、呆れた様子のコレットが口を膨らませながら嗜めようと口を開く。

 だが悪いな。俺もルナも手を止められねぇよ。

 なぜなら久々に腹一杯満たすことのできる状況下で、かつこんな美味い料理を味わえる機会などそう訪れるものでもない。

 美味い食い物は食えるうちに食っとけ。

 これはつい先日文字通り死ぬほど実感した教訓だ。


「ふふっ、そんなに急いで食べ進められると料理が間に合わないわね」

「手伝うよお姉ちゃん。邪魔な食器は私が洗っておくからお料理に専念しちゃってよ」

「あらあら。それじゃあお願いするわね」


 おしゃまな妹とおっとりした姉の関係性。

 まだ出会ってから間もないがこの姉妹の仲の良さは見ているだけでもよくわかる。

 そんな何とも微笑ましい光景につい食事の手を止めて眺めていると、ふとこちらの視線に気がついたアイシャが変わらぬ微笑みを浮かべながらこちらへと視線を返してくる。


 ――どうかしましたか?


 ――いや、なんでもない


 ――そうですか?


 視線で交わすなんてことのない無言の会話。

 通じるものがあるからこそあるそのやり取りに、何となく彼女がどう言った人物なのかが見えてくる――ような気がする。


「アイシャさーん! おかわりー!」

「ん? ……あっ! こいつまた全部食いやがって……!」

「えー? 食事に集中してないマーくんが悪いんだよぉ」

「はぁ。お姉ちゃん、どうして外の人ってあんなに元気なんだろうね?」

「うーん、みんながみんなそうってわけじゃないと思うんだけど」


 貸切の酒場で二人の男女は夜更けも騒ぐ。

 そんなはた迷惑で賑やかな珍客を前に酒場の姉妹は可笑しそうに笑みを浮かべる。

 村で初めて過ごした食事は記憶に残る一夜となった。



 ******



「ねぇお姉ちゃん! 一緒にお風呂に入ろうよっ!」

「えっ、お風呂なんてあるの!? もちろん入る入るぅ!」

 

 食事を終えてくつろいでいた所、食器洗いを終えたコレットがルナを連れて店の奥へと消えていく。

 仕事をしていた方も食事をしていた方も、どちらもお元気なことで。


「てか、風呂なんてあるんだな」

「えぇ。意外ですよね。こんな村にあるなんて」


 つい口に出してしまった独り言に対し、いまだ調理場で手を動かしているアイシャが返事を返す。


「悪い。ただの独り言だったんだが、気を悪くしたか?」


 だいたいどこの村でも栄えている都と比較する言葉は悪口取られがちだ。

 今の言葉で言えば水源が豊富な都でもないのに風呂があるなんて意外だな、なんて意味にも取られかねない。

 実際前に似たような発言を口にした際、言外に貧相な生活を指摘されているのだと村人に嫌な顔をされたことがある。

 別に他人の顔色ばかり伺おうなどとは思わないが、それでも極力関係性は良好なものにするべきであると俺は過去から学んでいる。


「いいえ。まったくそんなことはありませんよ。むしろ私も驚いたくらいですから」

「……驚いた? ってことはもしかして」

 

 そんな俺の懸念を払うようにアイシャは首を横にふりながらこちらへと視線を向ける。

 作業の手を止め身体に巻いていた前掛けを外すと、こちらへと歩みを進め同じテーブルに腰を下ろす。


「ふーっ、今日もよく働きました。これ、サービスです」

「サービスって、料理だってそうだったろ」

「ふふっ。そういえばそうですね」


 差し出されたのは木のカップに注がれたホットミルク。

 立ち上る湯気から立つほんのり甘い香りが自然と喉を鳴らす。


「なんて挨拶にしようか」

「えー、何ですかそれ。……それじゃあですね――」


 俺がカップを持ち上げると、アイシャも同じように胸より少し高い位置でカップを持ちあげる。


「「今日という日の出会いに――乾杯」」

 

 カツンと耳に届く小気味の良い音が酒場に響き、俺と彼女はカップに口をつける。

 俺は旅の疲れを、そして彼女は給仕の疲労を労わるように口溶けの良い甘さで身体を芯から温める。

 

「はぁー。疲労回復には酒一択だが、たまにはこういう飲み物も悪くないな」

「私はお酒があまり得意ではなくてですね。仕事上がりにのみホットミルクが生き甲斐なんですよ」


 あまり安くはないですからあの子には内緒ですよ?

 そう口にしながらこちらを除く彼女の口元には、先ほどまでとは違う意地の悪そうな色が浮かんでいる。

 などほど。ただのおっとりお姉さんというわけでもないらしい。

 ――なーんて。言ってみたりしてな。


「それで、お兄さんはこの村にどれくらい滞在する予定なんですか? ルナさんから聞いた話だと旅をしているそうですけど」

「ん? あぁ、そうだな。いくつか村に残る理由が出来ちまったし。当面の間は、な」

「村に残り理由、ですか?」

「あぁ。――なぁアイシャさん。今からする話はまだあんたの心に留めといて欲しいんだが――」


 先刻、ギルド職員のオルツから話を聞いているうちになぜ聖剣がこの村を示したのかが朧げながらに見えてきた。

 そしてその想像が正しければ、今回の要件は俺の分野になる。

 まぁただ、あくまで仮定の域を出ないわけでまずはその調査から始める必要がある。

 それに『聖女』の手紙を受け取るためにギルド長の帰還も待たねばならないわけで。

 であれば、まずは最優先で確保しなければならない要件が一つ。


「――というわけで、もし出来ればしばらくの間泊めて欲しいんだが」

「えぇ、それは構いませんよ」


 おぉ、マジか。

 都合上ギルドの宿舎に泊まることは避けたく、玉砕覚悟でお願いしてみれば二つ返事で願いを承諾してくれることに素直に驚いた。

 これはあれかな。アイシャさんは女神なのかな? いやこれはアイシャさんに失礼か。

 ともあれ今日のおもてなし然り借りを作りっぱなしというのも流石に気が引けるし……そうだな。


「――ならその代わりと言っちゃあ何だが、この村に滞在中の間は俺たちにこの酒場を手伝わせてくれよ。と言ってもほとんどルナに任せることになるだろうが」


 そう言いながら俺は彼女たちが向かった先に向けて視線を送る。

 

「色気のねぇ小娘だが知っての通り見てくれは良い。それに一応は売り子の経験もあるし数も数えられる。多少なりとも役に立つと思うぜ」


 本人不在のまま勝手に話を進めているが、まぁルナのことだし問題ないはずだ。

 こういうところで仕事をするのは嫌いじゃないだろうし。

 

「それは助かるわね。あんな美人さんがお手伝いしてくれればお客さんも大喜びよ」

「よし、交渉成立だな。しばらくの間、よろしく頼むぜアイシャさん」

「えぇ、こちらこそ。よろしくお願いしますね。『魔法使い』さん」


 少し冷めたホットミルクを飲み干すと、アイシャは席を立ち調理場へと向かう。

 少しした後戻ってくると、今度はその手に何かが入った陶器とお猪口を二つ持参する。


「あの子たちはまだ時間がかかるでしょうから。ちょっとだけ、ね?」


 人差し指を口元に当てる彼女に酒は苦手だったのではないかと尋ねれば、すぐ酔ってしまうだけなんですと照れ笑いで返される。


「あまり男を相手に隙を見せるのはよくねぇと思うんだが」

「あら、そういう目で見られているなんて驚きです」

「あんたみたいな美人さんなら誰だってそうなるだろうよ」

「まぁ怖い。ではお酒は下げましょうかね」

「…………」

「ふふっ。さぁ、一杯どうぞ」


 ああ言えばこう言う。

 まこと強かな女だことで何よりだ。

本作と少しだけ世界観が交わる新作を執筆しております。


「魔法使いの花嫁たち」

https://ncode.syosetu.com/n3805id/


ややコメディ寄りの作風で、もし興味があればご一読ください。

※両作品を読まなければ理解できない話などは特に予定ありません。

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