5話:魔法使いは村娘と再会する
「すみません。すっかり話し込んじゃいましたね」
「気にすんなって。こっちはこっちで聞きたいことが聞けたんだ。文句の一つもないさ」
窓から外を眺めれば、村の一角にランプの灯りが点り始める。
陽は時期に隠れることで間も無く宵闇の時が訪れる。
ことフウリン村は陽が落ちる方向に高い木々が多い茂っている。
村が暗闇に包まれるまでそう時間はかからないことだろう。
「それじゃあ私たちは部屋を出ましょう。広間は明るいですから後はそちらで」
ギルドの職員――オルツは部屋に備え付けられているランプを指差し、「無駄使いするなって言われてまして」と苦笑いしながら部屋の扉を開く。
もうほとんど話は終わったようなものだし、少量とはいえ火を灯すための油を節約するのは理にかなっている。
当然不満などなく俺は彼に倣って部屋の外に出る。
「そういえば『魔法使い』さんは宿泊のアテはありますか? 一応ギルドが提供している格安の施設をご案内出来ますが」
建物の通路を歩きながら話を聞くに、どうやらフウリン村には宿と呼べる施設は一ヶ所しかないらしい。
まぁ元々外部の人間が訪れる機会などほぼほぼなかったに等しい村である。
森に囲まれている上に、少し前まではその森に魔物が徘徊していたのであれば偶然でも近寄る旅人はまずいないだろう。
であればなぜ宿が存在するのかと言えば、どうやらギルドが設立された際に必要だと判断されて一軒だけ施設を建てたらしい。
その当時、外部と滅多に交友のない村の人間とギルド職員との間でどのようなやり取りが発生したのかなど察することさえ難しいが、決して安易に進めることができた話ではなかったそうだ。
閑話休題。
ともあれ基本的には村の外から来た人間はその施設に宿泊する事になるそうだが、一方で俺はすでにアテがあることを彼に伝える。
「あぁ、それなんだが実は――」
次にその場所を口にしようとしたその瞬間、入口の方から元気な声がこちらへと向けられる。
「おーい! お兄さーんっ! 迎えに来たよーっ」
何事かと受付広場の入り口に目を配れば、元気一杯の両の手を振る女の子の姿に注目が集まっていた。
腰まで流れるよく手入れされた銀の髪に蝶をモチーフにした髪留め。
服は着替えたらしく先ほどとは異なる薄着の白いワンピースと、幾分リラックスした格好で彼女は再び声を上げる。
「用事は終わったー? お姉ちゃんが家に案内してってさー!」
タッタッとこちらにかけてくる少女の姿につい苦笑いを浮かべる。
いつか見た誰かの面影を重ねながら、目の前で足を止める少女――コレットの頭に手を置きわしわしと髪をむしゃくしゃとする。
「あぁ、もう終わったよ。というかそんな大声出さなくても十分聞こえてるぞ」
「わっ! な、なにするのよっ!」
「いやなんとなく」
口を尖らせながらコレットはそそくさと指で髪を梳かす。
ランプの灯りに灯される銀の髪は艶やかさを損なうことはなく、可愛らしいその容姿をより顕著な存在感へと引き立たせる。
「もーっ! 置いて帰っちゃうよっ!」
「そりゃあ困るな。謝るよ。悪かったな」
「むーっ、それなら仕方ない」
拗ねたかと思えば怒って笑う。
表情がコロコロ変わる面白い少女だことで。
「やぁコレット。『魔法使い』さんと知り合いなのかい?」
「あ、オルツ! そうなの。実はね――」
それまで静かに後ろで立っていたオルツが折を見て話に加わる。
どうやら二人は知り合いのようだが、小さな村のコミュニティを考えれば不思議な事はない。
あるいは兄妹のように親しげな様子さえ見受けられる。
「……そうか。『魔法使い』さんの話に上がった魔物に襲われた村娘というのはやっぱり」
「あー、うん。私なの。ごめんなさい」
「まったく、普段からあれほど一人で森には行くなと――」
オルツは側から見れば怒っているように見えるが、僅かばかり表情に安堵の色が窺える。
俺の話を聞いた段階でその村娘がコレットであると気付いていたのだろう。
もしかしたらすぐに会話に加わらなかったのは彼女の安全な姿を見てほっと一息をつく時間が欲しかったのかもしれない。
「『魔法使い』さん。あらためましてこの子を救っていただきありがとうございました。ほら、お前も頭を下げなさい」
「うぅ、痛いって……。あ、ありがとうございましたぁ」
「あぁ、いいって。もう十分反省したんだったら許してやってくれよ。な?」
べそを描きそうになるコレットの頭をポンポンと叩くと、うぅと唸りながら俺の服に顔を埋める。
「はぁ、わかりました。『魔法使い』さんに免じて今日のところは勘弁しましょう。コレット、これからは森に一人で行くんじゃないぞ」
無言で頷くコレットを見てバツが悪そうに頭をかきながらため息を吐き、オルツは俺へと再び頭を下げる。
まったく、本当に困ったもんだぜ。
だってよ、ほら。
「(お兄さん。さっさと家に帰ろうよ。お姉ちゃん今日はご馳走を作るって張り切ってたんだよ)」
俺にだけ見える角度でニヤリと笑う少女。
こいつ、なかなかいい性格してるなぁ。
******
「それでは私はここまでで。コレット、くれぐれも『魔法使い』さんに失礼のないように」
「それくら分かってるって。じゃ行こ、お兄さん」
「あぁ。オルツ、今日はありがとな」
建物の入り口まで送り届けてくれたオルツに感謝の言葉を伝えると、俺はコレットに手を引かれ薄暗くなった歩道へと足を踏み出す。
村の点々に置かれたランプの灯りで想像よりも明るさが保たれているものの、光の届かない影は確かに存在する。
それでもコレットが気にも留めないのはこれが日常であるということの証明に他ならない。
「家は遠いのか?」
「うぅん。少しだけ歩くけどすぐだよ! ……あ、バンおじさん! こんばんは!」
「えぇ、こんばんは」
村の人間とすれ違うたびに、彼らはコレットと挨拶を交わしながら俺のことをじっと眺める。
値踏みする様に、観察するように。
その視線の意味を正しく理解できているかは定かではないが、少なからずこちらにも思うことはある。
色々と含む感情はあれど、やはり一番の理由はきっとこれだろう。
なるほど。この子はきっと村の人たちから愛されているのだろう。
******
オルツいわく、この村には評判の食事処が三つあるらしい。
一つは村の長寿夫婦が切り盛りするご年配型の集会場のような宴会場。
二つ目はこれまたギルドが提供している冒険者御用達の食堂。
そして三つ目は主に若い男衆に人気の酒場。
そのうちの一つを、贅沢にも本日は貸切として占有できると言うのだから否でも応でも気分は上がる。
「とうちゃーく! ここだよお兄さん!」
コレットが指を指すのは二階建ての木造家屋。
店名だろうか。外見には大きな文字で『コスモス』と書き記されており、また目線の高さには小さな看板に『本日臨時休業』の六文字。
「結構見た感じデカいお店だけど、お姉さんが一人で切り盛りを?」
「一応私も手伝ってるけど。――うん。とりあえずその辺りは見てみればわかると思うよ」
うん? 何やら含みを持たせる言い方じゃないか。
返しが少しに気になるが、ともあれまずは店の中に足を踏み入れることにする。
「ただいまー! 連れてきたよお姉ちゃんっ!」
本作と少しだけ世界観が交わる新作を執筆しております。
「魔法使いの花嫁たち」
https://ncode.syosetu.com/n3805id/
ややコメディ寄りの作風で、もし興味があればご一読ください。
※両作品を読まなければ理解できない話などは特に予定ありません。