0話:プロローグ 〜聖女からのお手紙〜
親愛なる『魔法使い』さんへ
お久しぶりです。『聖女』です。
大陸の東、風の国を巡る旅において、本日という日をいかがお過ごしでしょうか。
こちらでは先日のお手紙に認めておりました活動が身を結び、ついに色とりどりのお花が咲きました。
あの最後の戦いが明けてから――私が数えるだけでも千の夜を経てようやくです。
ようやく英雄たちを祀る慰霊碑を設立し、そしてその周りに緑を育むことが出来ました。
あの日、あの戦い、そしてそれまでの日々。
かの者がこの世界の住人に残した傷痕は大きく、しかし私たちはあまりにも小さい。
ですが、大陸中の民たちが手を取り合い己の足で復興への工程を歩み出しています。
未来に向けて、人類は進み始めたのです。
そしてそんな彼らが私のささやかな望みに手を貸してくださいました。
最初は慰霊碑を、次に花壇を、そして最後に花を。
ご相談しておりました通り一部の貴族による妨害や嫌がらせなどトラブルもありましたが、先日第二王女のメトリアース姫様のご助力を頂いたことでついに努力が身を結ぶ運びとなりました。
人の想いを届ける象徴を形にすることが出来ました。
私は一つでも多くの魂が救われるように、これからこの象徴たる地を守っていきたいと思います。
さて話はこのあたりに、それでは本題に移りましょう。
貴方に依頼された調査に関してこれより報告いたします。
其の一――魔王の呪いについて
こちらは今のところ変化は見受けられません。
私たちを含めた人類の誰もが、勇者を始めとする勇者パーティ最後の八名の名前を記憶していないままであることを確認しております。
以前と変わりません。
皆は私たちの存在を認識してはいるのですが誰もが名前について触れることはなく、またその事象に違和感を覚えている様子もありません。
例えば私の名前について尋ねてみたとして、「聖女様は聖女様ですよね」といった要領をえない答えを返される状況にも変わりはありません。
手紙など文字に起こした記録でさえ、その全てに私たちの名前は存在しておりません。
認識の変換、加えて物質、あるいは過去への干渉でしょうか。
私が『魔法使い』さんの名前を、そして貴方が『勇者』さんの名前を覚えていないように、想いの強さを凌駕するとでも言うべき見事な呪いだということを再認識させられました。
さすがはあの『賢者』さんをも凌ぐ世界最古のエルフ。
その力は紛れもなく本物です。
其の二――エルフの里について
結論からお伝えいたしますと、残念ながらこちらについても進展はありません。
音に聞く伝承や手がかりをもとに探索の範囲を広げてみましたが、一向にその手がかりを掴むことはできておりません。
もとより遥か昔からそのすべてが幻とされて来たエルフの里。
私たち勇者パーティの旅路においても一切の情報を得ることはなかったその場所をそう容易く見つけることは叶わないのでしょう。
また『賢者』さん、そして『騎士』さんの足取りについても掴めずにおります。
あの有名なお二方ならばどちらかが姿を見せただけで情報は伝え広がることと考えます。
ですが一切音のない現状を踏まえると、やはりあの時『賢者』さんが口にされた通りエルフの里へ向かわれて、今もなお療養に勤めている可能性が高いのではないでしょうか。
あの傷です。常識では助かりません。
仮に『賢者』さんに治療の手段があったとしても時間を要するものと推測されます。
そうなれば、やはりお二方はエルフの里にいらっしゃるのではないかと。
それであればやはり、もう一方の『賢者』さんのお言葉に従うのも一考ではないかとご提案させていただきます。
其の三――進路について
聖剣が示した方角ですが、『魔法使い』さんの認識通り【フウリン村】が位置しています。
【フウリン村】は村としての規模はそこそこ大きく、また周囲には魔物が確認されていたりギルドの支店が設置されたりと決してただ静かな村というわけではありません。
また噂程度ではありますが、【フウリン村】の周囲で強い魔力を放つ強力な魔物の目撃情報も報告が上がっているようです。
もちろん間違った情報の可能性もあります。
ただ真偽は不明ですが、聖剣がその場所を示したのであれば信憑性は増します。
あるいはその【魔物】ではなく【魔族】の可能性もあるでしょう。
魔王の討伐は果たしましたが、私たちはすべての魔族を打ち払ったわけではありません。
『魔法使い』さんならば忠告するまでもないでしょうが、くれぐれも情報を胸に留めておいて下さい。
さて寂しくはありますがこのお手紙は以上にて筆を置くこととします。
貴方は貴方の、そして私は私の成すべきことのため。
互いの道を進む私たちではありますが、いつか必ずその道が交わる日が訪れます。
迎えるその日を願いながら今日もそれぞれに前を歩きましょう。
最後に貴方とそのお仲間の旅の無事を心より願っております。
貴方の『聖女』より
******
「あれ、あれ、あれ?」
ない。どこにもない。
確かに先ほどまでこの机の上に置いていたはずの手紙がなぜか見当たりません。
なんでしょう。とてつもなく嫌な予感がします。
「あのすみません。そこの部屋の机にあったはずのお手紙なんですが――」
つい昨日、教会のシスターより『魔法使い』さんから手紙が届いたことを聞かされた私はすぐに自室へと籠るなりその封を綺麗に剥がし、じっくり丁寧に何度も拝読に時間を費やした。
昼食と夜食を忘れてしまったような記憶もありますがそれは些細なことです。
ともあれ、まずは彼の無事に安堵し、次にお返事のお手紙を認めることとしました。
お返事はすぐに返す。私の信条です。
そう、そこまでは良かったのです。
ただなんと申しますか、気持ちが昂り筆が乗ってしまったことために書かずとも良いことまで書き記してしまったと言いますか。
あとで読み返した際には思わず顔を覆ってしまいました。
な、なんですか! 最後の「貴方の『聖女』より」って!
これじゃあまるでぇぇ――ああぁぁぁぁっ!
ですが、そこで私はふと気が付きました。
天啓がおりてきたと言っても良いでしょう。
手紙を認めたところで送らなければ問題ない。
そうです。だってあの内容は読まれなければ私しか知りようがないのですから。
送らずに処分してしまう。それこそ唯一の解にして真実!
こ、こんな、あ、あ、愛を伝えるような一文を聖女が記したなどと知られてしまった日には何が起こるかなど想像にもしたくありません。
というよりも知られたくありません!
であれば速やかに処分せねば――。
そう考えに行き着いた時、教会の鐘が鳴り響きました。
いけない。もうすぐ朝の集合の時間です。
もちろん手紙をそのままになんてして置けません。
部屋のお掃除をしてくださる方がもし手紙を読みでもしたら私は恥ずかしさのあまりすぐにでも女神の元に向かうことになるやもしれません。
「……仕方ありません。とりあえずこちらで隠しましょう」
ふと目についたのは用意していた便箋を包むための封筒。
宛先には現在『魔法使い』さんが滞在している都市を記載していますが、ひとまずの隠し場所としては悪くないでしょう。
皆さんは私が『魔法使い』さんからの手紙を大事にしているとよくご存知のはず。
念の為に封までしておけば読み開かれることもありません。
ふふっ、完璧すぎて自分が怖いくらいです。
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「あ、それなら先ほどリリーが郵便で送ってましたよ。きっと『聖女』様は急いで手紙を認めたんだろうけど送る時間がなかったんだろうって」
ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!