13話:魔法使いは村娘の頭を撫でる
「よーし! 準備は出来た? あ、バスケットは落とさないようにしっかりと持っててね」
「うん、もちろん!――あれ?」
「オッケー、マーくん! 後ろは任せるよ!」
「ルナお姉さん、なんで私の手を握ってスクワットしてるの? それじゃまるで」
「さぁ、いっくよー。あ、走るときに舌を噛まないようにね♡」
「えっ? ちょっと、待って――!」
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――いやあああぁぁぁぁぁっ!
おー、早い早い。
木々が多い茂る森の中を、文字通り道を切り開きながら爆走する彼女の姿たるや圧巻の光景である。
その大きさたるやもはや豆粒ほどの大きさで、時をおかずして大きく距離に差が開く。
左手に村娘、右手に聖剣を握り締める、さぞ走りづらそうな大勢にも関わらずそれらを意にも介さないじゃじゃ馬娘の力の一端を目撃した同行者たちは口を噤む。
ただ一方で、彼らは後方に迫る脅威にも意識を向けている様子だった。
「『魔法使い』さん、魔物は追ってきてますか?」
隣を走る青年が声をかけてくる。
走りながらも後方へと視線を走らせる彼――オルツはどうやら魔物の気配が感じられないことに気が気でないらしい。
「ああ、しっかりとね。やつらももう気配を隠す気はなさそうだな」
対して俺の方は魔物の気配をビシビシと感じ始めている。
ルナほどではないがそこそこ広いと自負する俺の探知範囲に、魔物の群れは遠慮することなくその存在をアピールする。
しかもこれ、想像していたよりも数が多いじゃねぇか。
「そんなにですか?」
同様に隣を走る美女――アイシャさんが綺麗な表情をきょとんとさせながら後方を振り返る。
魔物の気配を感じ取ることが出来ず、未だ見えない魔物の群れは、彼らにとっては幻のように映っているのかもしれない。
あるいは、やがて恐怖の種に変わるまでそう時間はかからない可能性を考えれば、あまり悠長にしている余裕もなさそうだと判断する。
「もう少し速度を上げるぞ。オルツ、アイシャさん、準備はいいか?」
「はい!」
「分かりました!」
逸れる気持ちを一度引き締めさせると、魔物から逃げ切るためにさらに速度を上げる。
とはいえ、茂みや木の枝など障害物は先行するルナがあらかた除去してくれてはいるものの、整備されていない森の地面はさすがに足場が悪すぎる。
加えて陽の光も遮られているため、暗がりの中で転ばぬように慎重に走る必要もある。
――ワォォォォン!
一方で魔物たちにとってはこのような場所こそが縄張りであり、奴らにとっては格好の狩場に他ならない。
――これは思ったより厳しいか?
「オルツ! 小道にはまだ到着しないか?」
「いえ、おそらくそろそろ――」
最悪の場合、オルツとアイシャさんを先に逃し、俺がここで魔物を食い止めることも考える。
当然その選択肢も用意していたのだから決してイレギュラーなどではない。
ただベストからは程遠く、リスクを負うことになるだけの話。
それでも彼女たちを傷つけさせるわけにはいかない。
そう覚悟を決め始めた頃、しかしてその光は俺たちの目に飛び込んだ。
「オルツ! アイシャさん! 森を抜けたら作戦通りの配置についてくれ!」
頷く彼らと共に光の元まで駆け抜ける。
寸前、すれ違う赤い髪の少女の肩をポンと叩くと、彼女は口元に笑みを浮かる。
「前は任せたぞ」
「あいよー」
背中木漏れ日の光を浴びながら、剣を収めた鞘を腰にぶら下げる彼女は迫り来る敵に向けて拳を構える。
その姿を視界に収めつつ、走る勢いのままに、森の境目に足を踏み入れるとそこには足場の固められた小道とその脇を流れる小川が視界に映り込む。
「お兄さん!」
すぐそばにはへたり込んだコレットの姿を目撃しつつ、地形の情報を即座に整理する。
事前の情報通りに小道は十分に広く、人が数人で剣を振り回しても当たらない程度の距離が確保できる。
また森を挟んだ向かい側には透明な水が流れる綺麗な小川が流れている。
成分はさておき、この色合いなら飲み水としても差し支えなさそうにも見える。
「コレット、平気か?」
「う、うん。ちょっと怖かったけど……」
へたり込んだ少女に近づき、頭をポンポンと軽く触れる。
よほど怖かったのか半泣きの表情を浮かべる少女の姿に、しかしすぐそこに迫っている魔物から守るためにもと彼女の身体を支える形で抱き起こす。
驚いた表情浮かべている彼女を諭すつもりで、俺は触れる手に力を込める。
「コレット、今から俺がいいというまでここを動かないでくれ。逃げる必要があれば伝えるから、それまでは俺を信用してその場に立っていて欲しい」
「あ、うん。わかった。……本当に魔物と戦うんだよね」
コレットは小さな身体を震わせ、首を縦に振りながらもどこか心細そうな瞳で俺を見る。
これから始まる戦いの匂いを察し始めたのかもしれないし、あるいは先のトラウマが頭に浮かんでいるのかもしれない。
「マーくん! 来るよっ!」
森への入り口で立つルナが声を張りあげる。
その声を合図に、ギルド職員は短剣を両手に持ち交差させるように構え、酒場の店主は鞘から抜いた剣を両手で持ち正面に掲げる。
「お兄さん……」
「大丈夫さ。なんたって俺たちは強いからな」
俺は少女の頭をくしゃりと撫でると、腰にぶら下げた短剣を握りしめる。
「っしゃああああ!」
開始の合図は深紅の少女が放った一振りの拳だった。
X(旧Twitter)でAI画像による人物紹介をしてます。
興味があれば覗いてみてください。
https://twitter.com/202306Akinashi
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本作と少しだけ世界観が交わる新作を執筆しております。
「魔法使いの花嫁たち」
https://ncode.syosetu.com/n3805id/
ややコメディ寄りの作風で、もし興味があればご一読ください。
※両作品を読まなければ理解できない話などは特に予定ありません。