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ポイント制勇者と名もなき魔法使い  作者: 春夏 冬
第一章 風の国【フウリン村】
11/15

9話:魔法使いと勇者と村娘と酒場の店主はそれぞれに想う

「……根拠が、足りません」

「だろうな。それを承知で頼んでる」

「……分かりました。検討させてください」

「あぁ。二夜で頼む。こっちはそれくらいで準備が整う」

「……承知いたしました」

「それとだな。実はもう一つ頼みがある」

「他にも? ――伺いましょう」

「そのだな、出来れば……もし出来ればでいいんだが――」


「……はぁ?」



 ******



 うおおおおおおおおおおっ!

 俺は内心で大声を叫びながら急ぎ山菜を調理する。

 生では苦味が強いので茹でてアク抜きが必要なもの、火で炙ることで柔らかな食感が生まれるもの、逆に熱を与えることで味が落ちるため水で冷やしておくもの。

 その一つ一つに適した調理方法を頭で反芻しつつ、俺はひたすらに手を動かす。


『山菜の天ぷら二皿注文追加でーす』


 くっそがあああああああっ!

 お察しの通り、現在アイシャさんとコレットの酒場で調理台であくせく働いているのが俺――『魔法使い』だ。

 ついこの前大繁盛の末、翌日には食材不足で休業となった酒場がいつも通り開店する運びとなったため、今回は俺も店員として駆り出される羽目になった。

 一応この前は俺が過剰な宣伝(なのか?)をしたことで酒場に客が集中したことから生じた事件――であるということになっている。

 そのため今夜は特に予告をすることなく、あくまで自然と酒場を開店する方針で店を開いたわけだが、それほど間が空くこともなく酒場の席が全て埋まる。

 ゆえに、注文が殺到する。


『山菜の造りさん皿注文追加でーす』


 ああああああああああああっ!


「アイシャさんんんっ! 下ごしらえできましたぁぁぁぁ!」


 俺は共に調理場で調理に徹するアイシャさんへと声をかける。

 かけるっつうか、もう叫ぶ。


「はーいっ! ――うん! いい感じっ! また同じ分だけ山菜を下ごしらえして欲しいんだけど。ごめん、先にそこの肉の茹で上がりを優先してみてもらえるかな? 隣でアク抜きしながらで良いからっ!」

「はいっ! 喜んでぇぇぇ!」


 悲鳴をあげる俺の様子に、どこかおかしそうに笑うアイシャさんはしかし凄まじい速度で食材を切り刻んでいく。

 ここを仮に戦場とするならば、彼女はさぞ歴戦の戦士として讃えられるべき存在だ。

 なんなら勇者とか英雄の部類。

 ……へぇ、包丁ってあんなに早く刻めるもんなんっすね。


『魚二種の丸焼き、一皿注文追加でーす!』


「「はーいっ! 喜んでー」」

 

 もうとりあえず叫んどけ。

 ノリと勢い、あとテンションでなんとか生き抜こうと俺は必死になって手を動かす。

 

「魔法使いさんっ! 魚の準備だけお願いできる?」

「喜んでぇぇぇぇ!」


 俺とルナの都合としては繁盛した方がいいんだろうけどぉ。

 アイシャさんとコレットの酒場が儲かるのもいいことなんだろうけどぉ。

 でもこれはいくらなんでもきつすぎではぁ!?


『ぶどう酒五杯注文でーす』

「くっそぉぉぉぉ! はい喜んでぇぇぇ!」


 くっそ。

 あいつ、絶対この状況を楽しんでるよなぁ!?



 ******

 


「芋サラダ一皿注文追加でーす!」

『はい喜んでぇぇぇ!』


 調理場に注文を伝えるたびに聞こえてくる悲鳴に、私は笑みを浮かべずにはいられなかった。

 というか胸がスーッとしていく。あぁ楽しい。


「なんだいルナちゃん。なんか嬉しそうじゃねぇか」

「えーそんなことないですよマグさん。あ、注文受けますよー」


 この人はマグさん。この村の警護団としていつも周辺の森を巡回している頼れるお兄さんだ。

 そしてその隣には奥さんであるメナイさんがジョッキを片手に豪快に肉にかぶり付いていた。

 その見た目も性格も豪胆で、しかし面倒見が良いと若い村人からよく慕われていると評判らしい。


「そうかい? じゃあそうだなぁ。何か軽く摘めるものなんてあるかな?」

「そうですねぇ。それなら冷やし団子なんかはどうですか? 作り置きしてるのですぐにお出しできますよ」

「ははは。作り置きって、そんなはっきり言っちゃっていいのかい?」

「えぇ! 美味しいから大丈夫よっ! それじゃあマグさんとメナイさんお二人分で良いですか?」


 その言葉にマグさんがメナイさんへと視線を配ると、彼女はよろしくとばかりに首を縦に振る。

 どうでもいいけど、あのお肉美味しそうだなぁ。


「じゃ、それでよろしくね」

「はーいかしこまりましたー」


 さぁやって来ました!


「冷やし団子二皿注文いただきましたー!」

『喜んでぇぇぇっ』


 段々と聞き慣れて来たにも関わらず、お客さんの中には私と同じ理由でくすくすと笑い始めている人もいる。

 そりゃああんな悲鳴なんかアイシャさんは一度だって上げなかったもんね。

 

 ――………………。


 え? 二階まで聞こえるって?

 ふふっ、おかしいよね。


 あー、たのし。



 ******



『はい喜んでぇぇぇ!』


 店の外まで聞こえる叫び声に、私はつい目の前のお客さんと一緒になって笑ってしまう。

 だってお姉ちゃんだけならあんな賑やかなことには絶対ならないよ。

 はーいって返事してサラッと料理を出す。

 間違ってもあんな必死な声を出すことなんてないから、余計に笑えて来ちゃう。


「今日はいつも以上に賑やかだねぇ。こんな外にまでテーブルが出てるくらいだもの」


 その言葉に、私はあらためて辺りを見渡す。

 この前の夜はまったく余裕がなく、外で待たせてしまったお客さんが多かった。

 その反省から今夜は予備で用意していたテーブルを倉庫から引っ張り出して外に並べてみると、それが功を奏して再びの大繁盛へとつながっていく。

 お酒を飲み交わすテーブル、食事を美味しそうに食べるテーブル。

 店内と違って十分なランプの明るさは届かないけれど、程よい暗さがまた雰囲気作りに役立っているというか、むしろ普段とは違う風景を好ましいと感じてくれている人が多いように見える。

 そういうこともあるんだなぁと、私はつい感心してしまう。


「あらあらごめんなさいね。それじゃあ注文お願いできるかしら?」

「あ、はーい。えっと山菜の盛り合わせと猪肉のソテーと――」


『はい喜んでぇぇぇ』


 繰り返し注文を確認している中、また例によって悲鳴が聞こえてくる。

 何度聞いてもおかしくなってしまうその声に、私は笑いを堪えながらなんとか注文を確認する。

 ……え、というか今から私も注文を伝えにいくんだよね?

 そのことをお客さんも気がついていたのか、ふふっと笑みを浮かべながら視線を店内へと配る。

 

「――じゃあ行って来ますね!」

「えぇ、お願いするわ」


 私は軽く頭を下げると店内に向かって走り出す。

 注文が増えればお姉ちゃんも大変になっちゃうだろうけど、でもこれもお仕事だし仕方ないよね。

 うん。仕方ない。仕方ない。


「――山菜の盛り合わせを一皿、猪肉のソテーを一皿、芋焼きを一皿お願いしまーす!」


『あああああああああっ! 喜んでえええええええっ!』

 

 先ほどと少し違う反応に店内がどっと湧く。

 わざとやっているのかそうでないのか。なんにしても笑えて来てしまう。


「ぶどう酒十杯追加でーす」

『Foooooooo!!』


 あー面白い。

 ルナお姉ちゃんは心底楽しそうに次々と注文を受けて回っていくし、一方で何やかんやちゃんと料理が出来上がってくるからお客さんとしても不満がない様子で、とにかく酒場の雰囲気が明るく感じる。

 時折聞こえるお姉ちゃんの声も楽しそうに聞こえるし、あー本当に楽しいなぁ。


 お兄ちゃんもルナお姉ちゃんも、きっともうすぐ旅に出てしまう。

 別にお姉ちゃんと二人っきりが嫌だってことはないけれど、それでもここ最近は私もお姉ちゃんもいつにも増して幸せだった。

 あの忙しかった夜だってそうだ。

 いつもの私たちでは起こり得ない事件に、疲労より先に興奮が身体を突き動かしていた。

 

「……ずっと、一緒にいられないのかなぁ」

 

 つい呟いてしまった独り言は誰に聞かれるまでもなくその場で掻き消える。

 

 

 ******


 

「……ずっと、一緒にいられないのかなぁ」


 呟いてしまってからハッとする。

 調理に集中するあまり無意識に思っている言葉を呟いてしまったようだ。

 いけない。ちゃんと調理に集中しなくては。


「アイシャさん! これお願いしまーすっ!」

「え、えぇ。――うん大丈夫! それじゃあ次は」


 何度見てもよくできている。

 最初に『魔法使い』さんがお手伝いを申し出た時、私とコレットは彼をフロアに出すか調理場に置くかで迷っていた。

 どちらも人手が足りないということもあるが、もし調理場に置いたときに腕が足りなければ足手纏いになりかねないと考えたからである。

 私は自分で言うのも恥ずかしいが、料理という舞台では結構な自信を持っている。

 過去の由来から多くの場数を踏んできたこともあり、味、速度ともに並大抵の人間には負けないし、この村でも一番美味しい料理を作ることが出来ると思っている。

 よく謙虚な女性だと言われるが、決してそんなことなどない。

 伊達に女手で酒場を切り盛りなどしてはいないのだ。


 そして、その私から見ても『魔法使い』さんによる素材の下ごしらえは見事だった。

 慣れていない作業にドタバタしていたり、動線が分からず必要以上に時間を要することはあるけれど、それでも高い精度で仕上げてくるところが本当にすごい。

 それに繰り返すたびに作業がより洗練されていく。

 また何よりも、おそらく彼は人に合わせるのが上手い人なのだろう。

 

 人にはそれぞれ()()が存在する。

 波長とかリズムとかそういった表現をすることがあるけれど、そのどれもが噛み合っていないと一緒に料理をすることは難しくなる。

 だから私たちはその感覚を共有することが大切になるのだけれど、彼はその揺れを意図的にこちらに合わせているような気がする。

 口は悪く意地の悪い笑みを浮かべる彼だけど、こういうところで人柄がうっすらと見えてくる。

 可愛いなぁ、なんて思ってしまう自分がいる。


「…………」


 今度は口にしなかった。

 もちろん料理に集中しているからだ。

 うん。当然のこと。


「アイシャさんっ! 次ですけど――」

 

『山菜の盛り合わせを一皿、猪肉のソテーを一皿、芋焼きを一皿お願いしまーす!』

「あああああああああっ! 喜んでえええええええっ!」


「……ふふっ」


 この勢いだとまた早めに店を閉めることになりそうね。

 そんなことを思いながら、今夜は彼とどんなお話をしてみようか。

 ミルク? お酒? その未来の楽しみは今この瞬間の糧となる。


『ぶどう酒十杯追加でーす』

「Foooooooo!!」


 それでも願わくば、この瞬間が長く続けばいいのに。

 そう思わずにはいられない今日この頃である。

X(旧Twitter)でAI画像による人物紹介をしてます。

興味があれば覗いてみてください。


https://twitter.com/202306Akinashi


************


本作と少しだけ世界観が交わる新作を執筆しております。


「魔法使いの花嫁たち」

https://ncode.syosetu.com/n3805id/


ややコメディ寄りの作風で、もし興味があればご一読ください。

※両作品を読まなければ理解できない話などは特に予定ありません。

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