8話:勇者は村娘と村を散歩する
「……っ。くっそこんな程度で」
「ねぇ大丈夫?」
「……あぁ。平気だ。それよりも理解は出来たか?」
「……うん。大丈夫」
「そうか。頼んだぞ」
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ここフウリン村はとてものどかな人里だ。
いつかマーくんと出会ってから多くの土地を旅してきたけど、この村はその中でも特に静かな印象を受ける。
「おはようコレット。あら、そちらはどなたかしら?」
「おはよー! カーラおばさん! このお姉ちゃんはルナさんって言ってこの村に来たばかりの旅人さんなんだよ」
「まぁそうなの。どうも初めましてルナさん」
また村人同士の仲が良好であると同時に、よそから来た私たち外の人間にもあまり抵抗がない様子。
地域に根付いた集団意識の高さから、よそ者を受け入れない風習を体現した村などいくつも見てきたが、このフウリン村ではそういった感覚が一切感じられない。
さらに、それゆえにか村人の生活水準がある程度高いことが特徴として挙げられる。
お世話になっている姉妹の住処にお風呂が備わっていたことには驚いたが、それ以上に酒場での支払いに通貨を利用している点には感心させられた。
この規模の土地では食料や雑貨の物々交換が主流となる印象を持っているが、この村では一般として村人同士の間で通貨が流通している。
それ即ち、モノの価値を知り数が数えられる人間が数多く存在するということだ。
今はまだ交易の中継地としての役割を任された村ではあるものの、ゆくゆくはより大きな益を生み出す可能性がある金の卵とも呼べる土地。
それが私とマーくん共通の感想だった。
あとは単純に空気が美味しい。
私としてはこちらの方が印象的で、なんというか混じり気がないのだ。
ギルドの存在ゆえに多少の匂いが香るものの、この村には『戦い』の気配がほとんど感じられない。
マーくんの言葉を借りるのであれば、これが『平和』としての一つの形なのだろう。
「それで、お姉ちゃんはどこに行ってみたいの?」
「うーんそうだなぁ。とりあえず適当に見回って、行きたいーって場所があったら案内してもらってもいいかな」
「うん! わかった!」
あー、しっかしコレットちゃんはかわいいなぁ。
スラリと細い身体に眩い艶やかな銀の髪。
健康的な白い肌に見るものを魅了する明るい笑顔。
いつだったか食べちゃいたいくらい可愛いなんて表現を聞いたことがあるけど、今まさにそんな感情を彼女に抱いているのかもしれない。
えへへ……おっと涎が。
「あ! あとちゃんとみんなに今日は酒場はお休みですって言って回らないと!」
あー、そう言えばそうだった。
記憶に思い返すと疲労感が蘇りかねない昨夜の一件。
店主も顔が引き攣る大繁盛の裏で食材や酒、ついでに気力が根こそぎなくなったせいで本日は酒場を急遽お休みする運びとなった。
なので今日は一日とのことで、私は今コレットちゃんと共に村中をぶらりぶらりとお散歩しており、ついでの本日お休みなんですーと話し回る役割を仰せつかっているというわけである。
なお元凶であるマーくんについては食料を調達するためにアイシャさんのお供として同じく村を歩き回っているはずだ。
あとは山菜取りや水を汲みのために森に入る予定だとかなんとか。
「じゃあまずはねぇ……あっちのお店に行こうよ!」
「うん。よろしくねー」
さて、それじゃあ私も元気にお役目を果たすとしますかね。
******
「いらっしゃい。おや、コレットじゃないか。こんなところでどうしたんだい」
「へっへっへ。ガイモおじさんのためにお客さんを連れてきてあげたんだよー」
「お客? ……おや、そちらは」
まず案内されたのは村唯一の薬屋だ。
いろいろな匂いの混ざった薬草やハーブの香りについ眉を顰めつつ、私は店の中を見渡す。
「初めまして。私はルナ。旅人です」
「ほぅ、旅人とな。なるほど、確かに客だ」
ガイモと呼ばれた年老いた男は、私の容姿を眺めるように下から上へと視線を配る。
ちなみに今の私の格好だが、肘まで覆う布の服に動きやすい膝上のスカートと非常に軽装だ。
あとは外装としてフード付きのマントを羽織っているくらいで、ぱっと見はあまり旅人には見えないかもしれない。
「それで、嬢ちゃんはどんな薬を所望だい。傷薬に火傷薬、解毒薬なんかもあるが」
ガイモさんは店の中からいくつかの陶器を手に取るとカウンターテーブルへと並べ始める。
「うーん、と言ってもごめんなさい。私お財布を持ってないの。今日は見て回っているだけで」
私のマーくんの取り決めたルールの一つに、旅支度の買い物はマーくんに一任するというものがある。
いわく私だと騙されたり粗悪品を掴まされたりする可能性があるとのことだけど、まぁ私もその辺りは自信がないため合意しているルールとなる。
「そうかい。まぁいいさ。それじゃあそのお財布担当にこの薬を渡してやんな」
「え、いいんですか?」
そう口にする彼は、手のひらに乗るくらいの陶器を一つ私に手渡す。
「そいつは塗り薬だ。傷を治す力はそれほどだが粘度が高いから血止めの役割を果たすには効果的だ。あと腐りにくく長持ちするからお守り代わりに持っておけ」
血止めの薬か。
どちらかといえば回復効果の高い即効性のある薬の方が旅人としてはありがたいのだが、この平和な村ではこういった日常で使える薬の方が需要があるに違いない。
高価で限定的な薬よりも安価で利便性の高い薬。
これもまた、平和の象徴に違いない。
「ありがとう。これはちゃんとマーくんに渡すね」
「あぁ。出来が良ければ他にも買ってくれとしっかりと伝えておくれよ」
私は陶器を受け取ると、あらためてお礼を伝える。
薬屋のガイモさん。うん。覚えた。
******
「次はねー、ここ。ニータさーん! いますかー?」
とある家屋の前で立ち止まると、コレットちゃんは開いた扉から中へと呼びかけるように声をあげる。
入り口には看板に『ニータ食堂』と書かれており、どうやらここは耳に聞いた冒険者御用達の食堂とやらなのだろうと当たりをつける。
「はーい! って、あれコレットじゃないか。それにそちらは……ええっと」
「はじめまして。ルナと言います」
家の奥から現れたのは若い男の人。
これから調理でもするのか前掛けをしながらこちらの方を覗いている。
そんな彼にコレットちゃんは酒場が休みであることを伝えると、そうなんだと一言呟いたのち私の方へと視線を向ける。
「なるほどぉ。これは確かに……」
うん? なんだろうか。
ニータと呼ばれた男性は私の方を見るなり観察するように眺め始める。
その無遠慮な視線に、私はマントで身体を隠し警戒の意を伝える。
「あ。す、すまない。つい見惚れてしまったというか。そのお客さんから話を聞いていたものだからつい」
「お客さん?」
気になったのか、私の代わりにコレットが返事を返す。
「あぁ。昨夜コレットの酒場が早めに店を閉めただろ? そこから今度はうちにお客が流れてきたんだが、大層綺麗な女の子が給仕していたってもっぱら盛り上がっててね。僕も気になってもんだからつい――本当にすまない」
そう言われてしまうと悪い気はしない、なんて思ってしまう私は甘いのかもしれない。
などと思いつつ、それなら仕方ないとばかりにため息を吐きながら「いいですよ」と一言だけ許しの言葉を伝える。
まぁこの話をマーくんにすれば、彼はきっとこう答えるだろう。
――見られるのが嫌なら全身マントでも羽織っておけないいじゃん
……あー。なんか本当にそう言いそうでムカついてきた。
「あ、あのぉ。やっぱり怒ってますか?」
「え? あぁいやあなたにではないというか。もう気にしないでいいから」
知らぬうちに漏れ出していた感情が彼に当たってしまったのか、すまなそうに頭を下げる彼の様子に逆に申し訳なさを感じてしまう。
「じゃあさニータさん。安く料理を食べさせてくれたら許してあげるよ」
なーんかコレットちゃんが勝手に仕切り始めましたよ。
そしてうん分かったと頷くニータさん。あなたが頭を下げているのは全く関係のない女の子なんだけど。
「よかったね! ルナお姉ちゃん」
……はぁ。この子、結構ちゃっかりしてますなぁ。
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その後もコレットちゃんはいろいろな場所を案内してくれた。
村の集会場や宴会場、食材屋に雑貨屋、それに工芸品売り。
予想通り武具屋はこの村にはなかったけど、それに近い役割を担っている鍛冶屋は一つ存在していた。
聞けば剣や斧など金属の手入れなら請け負うとのことで、一応マーくんに確認する旨を職人であるガダさんには伝えている。
「よーし! そしたらここで最後かなー」
そして最後、コレットちゃんが案内してくれたのは村の一角に設置されたギルド施設。
村の家屋に比べるとしっかりとした木材で建設されており、やや価値の高い建築物のような雰囲気を漂わせている。
「えーっと。どうしようか。私は酒場の件を伝えに行くけど、お姉ちゃんはここで待ってる?」
「うん。わがまま言ってごめんね」
「うぅん。全然。それじゃあちょっといってくるねー!」
バタバタと走り去る銀色の背中を眺めながら、私はそれとなく視線を走らせて辺りの様子伺う。
すれ違う村人からは好奇心の視線を感じるものの、その中に敵意のようなものは見られない。
一度挨拶を交わした間柄であるという点は大きいだろう。
さっきすれ違ったのはサラさん、今こちら見ているのだダーツさんとシルさん。
コレットちゃんとのお散歩でおよそ大半の村人と挨拶を交わすことが出来たため、その分私のことも周知されていく。
村という限定的な空間であれば尚のこと、明日になれば全員が私のことを認識するに違いない。
「過ごしやすい村、だよねー」
私はふと村の外に覆い茂る森へと目を配る。
陽が落ちることで翳り始めた暗闇の世界で、しかしなんら気配を感じることはない。
そんな風にぼーっと外を眺めていると、おーいと呼ぶ声が耳に届く。
どうやらコレットちゃんが出てきたらしく私は手を振ろうと声のする方に振り向けば、その隣に誰か男の人が立っている光景を目に映す。
あれは、誰?
「お姉ちゃん! この人はオルツっていうの」
「初めまして。フウリン村のギルド職員を務めますオルツと申します。この前はコレットを助けて頂きありがとうございます」
オルツ……あぁ、たしかマーくんが話をしていた人だ。
「初めまして。ルナといいます。こちらこそコレットちゃんとアイシャさんにはよくしてもらってるので感謝なんて……」
目の前で頭を下げる彼は、私の言葉にそうですかと頭を上げると柔らかい笑みを口元に浮かべる。
「前からルナさんにお礼の言葉を申し上げたかったのですが、実は『魔法使い』さんからは止められておりまして。本当は諦めていたのですがちょうどコレットからあなたが施設の前にいると聞いたので――つい来てしまいました」
見た目優男で随分と愛嬌のある雰囲気に、この人モテそうだなぁとつい感心をしてしまう。
なまじ相棒と比べると、十人に意見を求めればやはり軍配は彼に上がるだろう。
それくらい、よく出来た人だというのが私の第一印象だった。
「ねぇオルツ。お姉ちゃんは……」
「あぁ、うん。分かってるよ。――ルナさん。私はあまり事情を伺うつもりはありません。もしかしたらこの言葉自体不要なものなのかもしれませんが、あなたがたには恩義があるゆえご安心頂きたく思います」
察する、なんてことは出来ないだろうけど。
きっと彼なりに感じた何かを言葉として形容しているように見える。
「そうね。ただ私がギルドに立ち入らないのはそれほど大事というわけでもないの。ただ私があまり好きではないだけだから」
「そうですか。分かりました」
先とは異なり至って真面目な表情で、彼はそう一言を口にすると軽く会釈をし施設の中へと戻っていく。
つい醸し出してしまった微妙な雰囲気に、私は眉を顰めているコレットちゃんの手を握る。
「じゃあ、帰ろうか。今日は何を食べられるかなー」
私は笑顔を浮かべると、つられてコレットちゃんも明るい笑みを浮かべる。
何か思うことはあったかもしれないけど、今はそう笑ってくれていた方がいい。
「うん! えーっとね。お姉ちゃんのことだからきっと――」
******
その夜、意図せぬ訪れた再びの貸切パーティで盛り上がったのち、私は調査の結果をマーくんへと報告する。
もしこの村に危機が迫るとするのであれば、それはおそらく一人の人間が原因となるであろうこと。
そしてそれがいつ起こり始めてもおかしくはないこと。
「……ま、そうなるわな」
「うん。私も言われて初めて分かったくらいだから仕方ないよ」
「……ちっ。やるしかねぇか」
――銀髪の少女コレット。
彼女こそがフウリン村崩壊の引き金を引く可能性のある問題の人物である。
本作と少しだけ世界観が交わる新作を執筆しております。
「魔法使いの花嫁たち」
https://ncode.syosetu.com/n3805id/
ややコメディ寄りの作風で、もし興味があればご一読ください。
※両作品を読まなければ理解できない話などは特に予定ありません。