0話:夢の果て
※作者の別作品『魔法使いの花嫁たち』と少しだけ世界観を共有しております。
※ただしどちらか一方でも物語を読み進めることができる構成になります。
例えば毎晩同じ夢を見るとして、それはいったい俺に何を伝えようとしているのだろうか。
あの夢の場所に帰りたいと願う内に秘めた願望か、はたまた途方もない理想に執着する己が野望に対する忠告か。
その理由の一切を、俺はあの夜からずっと知り得ずにいる。
あぁ、そして俺は今日もまた同じ夢を見るのだ。
冷え込む夜の風から暖かさを失わぬようにと毛布で身を包み、ばちばちと焚き火が鳴らす音を耳にしつつ自然と瞼が閉じられていく。
辺りは暗く近くには物の気配もない。
その安堵感から生まれる眠気に抗えるはずもなく、不意にトンと肩に重みがかかるもその衝撃が眠りを妨げることなどない。
今宵も再び、名を忘れた彼女たちに会いに行く。
その確定された未来を一体誰が止めることなど出来ようか。
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「はーい! 本日のテーマを発表したいと思いまーす! じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃーん! ズバリ、『魔王を倒したら何をしたいか』でーす!」
定期的に開催される、いわく『勇者パーティ親睦会』。
その主催者として立ち上がるのは女性をも魅了するほどに艶のある綺麗な金色の長髪をわざとらしく靡かせる男。
この場に居合わせる八名のうち、最も社交的かつ最も軽薄な男はその場で立ち上がると、その勢いのままに場を盛り上げようと話題に花を咲かせ始める。
その所作たるや『騎士』を自称するだけのことはありどことなく優雅さを感じさせるのがまた腹立たしい。
「ガハハ! いいぞぉいいぞぉ! 若者の夢は何度聞いても良い酒のつまみになるからのぅ!」
次に声をあげるのはこの場に居合わせる八名のうち、最も勇敢かつ最も酒癖の悪い男。
人間の中では最年長ということもあり勇者パーティの父親的存在である『戦士』。
彼は自身の酒癖の悪さもあってか普段は自重して皆の前では飲酒を控えているのだが、さすがに今日という日に禁酒などしてはいられなかったらしい。
その証拠に彼の周りにはすでに空となった酒瓶が転がっているではないか。
「おい貴様。そのテーマは何度耳にしたと思っている。貴重な『 』様のお時間を頂いていることを理解しているのだろうな」
一方で反論するものも当然のように現れる。
人族と比べると耳が尖ったように横に長く、その特徴的な姿を一目するだけで大半のものは彼が長命種であると気がつくはずだ。
そしてその長命種のことを人はエルフ族と呼んでいる。
「よいよい『 』よ。あやつの無駄話なぞ今に始まったことではなかろうて」
「しかし『 』様……!」
「よいよいて」
またそのエルフ族は珍しいことにこの勇者パーティに二人も所属していた。
滅多に人里に降りてくることのないエルフ族を一度も目撃することなく障害を終える人は大勢いるはず。
住処もわからずいっそ伝承のみの存在とさえ認知されているエルフ族だが、今こうして目の前にいる彼らの姿こそが現実に存在するのだと証明している。
八名のうちで最も生真面目かつ最も無愛想な『弓士』、そして八名のうちで最も聡明で最もイタズラ好きな『賢者』。
長命種の中でさえ最も長き時を生きると言われるその人は、人間をはるかに超越した魔力を持って此度魔王の討伐へと足を踏み入れることとなった。
「はぁ……ったく、あんたらはこんな時まで呑気なもんさね。こんな調子でよくここまで生きてこられたってもんだよ」
「はっはっは! いやー相変わらず姐さんは手厳しいなー!」
深紅の髪にボディラインが浮き彫りになる派手な服装を身に纏う女性。
『騎士』から姐さんと呼ばれるのはパーティの姉貴分こと『盗賊』。
八名のうちで最も慎重かつ最も派手好きな彼女は大陸に名を知らしめる大盗賊団の頭領であり、また旅というものを知り尽くしている勇者パーティの命綱とも言える存在。
もしも『盗賊』がいなければ勇者パーティは魔王と対峙することなくどこかで朽ちていたに違いない。
「それじゃあ早速ぅ……トップバッターは『 』ちゃんからだー!」
「へっ!? わ、私からですか?」
唐突に話を振られてあたふたするシスター服を装う金髪の少女。
八名のうち最も清楚かつ最も幼い彼女は勇者パーティの癒しのマスコット敵存在でもある。
ただしその身に秘めた潜在的な資質はエルフ族の中でも抜きん出た実力者である『賢者』にさえ匹敵すると言われている。
エルフ族よりもさらに伝承の存在とされている『聖女』――彼女は確かにその力を身に宿していた。
「そ、そうですね。私はこの旅が終わったらまた王都の教会に戻ることになりますので……」
「ノンノンノンだぜ『 』ちゃん! 俺は聞きたいのはそんな現実的な話じゃなくて何をしたいのかって話だぜっ!」
「……な、何をしたいかですか。ええっと……」
完全に『騎士』のペースに巻き込まれた『聖女』は困り眉を浮かべながらうんうんと唸り始める。
こうしてみるとヤンチャな兄と生真面目な妹の可愛いやり取りにも見えてくるわけだが、そんな兄に浮かぶニヤリとしたイヤラしい表情がまた一段とその解釈を加速させる。
「た と え ば ! 『 』ちゃんには誰か好きな人とかいないわけ? その人と結ばれてあんなことやこんなことをしてみたーい と か さ」
「…………ヘぁっ! すすすすす好きな人ですかぁぁぁ!?」
うわぁ。でっかい釣り糸がぶら下がり始めたなぁ。
最初は『騎士』、次に『盗賊』、そして『賢者』。
愛おしい妹分の顔が茹で上がったと同時にその目が爛々とした光が灯る。
「え? えぇ? 『 』ちゃん! お兄さんはそんな話聞いたことないぞぉ?」
「……えっとぉ、あのぉ、そのぉ……」
「おやぁ『 』。あんたもしかしてそういう相手がいるってことかい? ひどいじゃないかぁ。あたしに内緒にしてるなんてさぁ」
「へ? い、いや違うんですぅ! あの、だからぁ!」
「そうじゃぞ『 』よ。いくらわしとて『こいばな』のひとつやふたつ出来るものよ。可愛い孫からの相談くらい造作もないことじゃて」
「ま、孫じゃないですぅぅぅ!」
顔を真っ赤にしながら身振り手振りで全力否定する少女と、明らかな酒のつまみをしゃぶり尽くそうとするガラの悪いチンピラども。
一歩下がることに同じ距離だけ詰め寄る怪しい連中に、このままでは勝てないと悟った少女は一筋の光に助けを求めるべく潤んだ瞳で窮地を訴えかけることに決める。
「『 』さん! た、助けてくださいぃぃ!」
そうして彼女は俺の名を呼ぶ。
八名のうちで最も『 』に頼られて、かつ最も遠慮がない男。
それが俺、『魔法使い』だ。
「まぁそこら辺にしておけって。さすがにちょっと可哀想だぞ。なぁ『 』?」
「うわぁぁぁん! 『 』さーんっ」
とたとたと駆け寄ってくるなり俺の胸ぐらに飛び込んでくる『聖女』。
こうなる流れも割と慣れっこなもんで、いつものように身体を抱きながらよしよしと頭を撫でてやる。
おーよしよし。
「えー、だけどちょーっと知りたくなーい? 『 』ちゃんの夢ってやつ」
……まぁ、確かに一理あるんだよなぁ。
「『 』さん!?」
助けて飛び込んだ先もまた敵だった、なんて事実に衝撃を受ける『聖女』はやがて観念したように項垂れながらボソリと言葉を呟く。
「……さん……す」
「うん? なんて?」
胸元という超至近距離にいて聞き取れなかった『聖女』にもう一度と言葉を促すと、彼女は先ほどよりもさらに赤い顔で言葉を叫ぶ。
「お、お嫁さんになって旦那様といっぱいの子供と家庭を築きたいですぅぅぅ!」
……お、おぅ。
「な、なにか言って下さいぃぃぃ!」
なんか、なんだろう。
この胸にグッとくる感情というか――。
「うわ、めっちゃ可愛いぢゃんか」
「うむ。これほど形容しずらい感情を抱く日が来ようとは……」
「――あぁ……あぁぁぁぁぁ!! も、もうっ! 忘れてくださぃぃぃぃ!」
あー、うー。そんな呻き声を上げながら、彼女は俺に力一杯しがみつく。
これこれ、裾がだらんと伸びちゃいますよ?
「ふう! これだよこれ! どうもごちそうさまですっ!」
「貴様。本当にロクな死に方をせんぞ」
案の定、場のノリを冷ややかに見つめる『弓士』は至って普段通りの温かい言葉を『騎士』へと送る。
一方の『騎士』はといえばはっはっはと笑いながら『弓士』の肩をばんばんと叩いている。
大丈夫かな。あいつ明日心臓を矢で射抜かれたりしないだろうか。
「はぁー! いい話が聞けたぜぇ! それじゃあお次は、『 』ちゃん! 勇者パーティのリーダーは一体どんな夢を持っているのかなぁ?」
手のひらをくるりと翻し、スポットライトは先ほどから俺の隣でニコニコと笑顔を浮かべていた女性へと移動する。
八名のうちで最もか弱く、かつ最も仲間に恵まれた女性。
またの名を『 』――人々から『勇者』と崇められる存在である。
「そうですねー。私はみんなが幸せに暮らせるように色々な場所でたくさんお手伝いがしたいですねー」
「いやいや『 』ちゃん! 『 』ちゃんはこれまでいっぱい苦労してきたわけですよっ! それこそ君なんて誰よりも幸せに余生を過ごす権利があるってなもんだぜ? 俺みたいにハーレムを求めて諸国を回るってのもありなんだぜっ!」
「『 』様。絶対こいつはエルフの里に招き入れないでくださいね。もし見つけたら俺が切り捨てます」
「ガハハ! というかお前さん。お姫様が城で待っているのではなかったのか。お主こそ城に帰るべきではないのか?」
「……リアのことはいいんだ。あいつとは口を開けば喧嘩だし、お互いもっといい相手がいるってなもんだ。ってかそんな話はどうだっていいんだよ! なぁ『 』。お前も『 』ちゃんはもっといっぱい楽しい思いをしたっていいって思うだろ?」
その言葉に、俺は隣でぽわぽわとした表情を浮かべる『勇者』へと視線を向ける。
その容姿はどう見たってどこにでもいる普通の女性だった。
誰よりも身体能力に恵まれず、誰よりも魔力素養が低く、歴代の勇者の中で最も非力と称される最弱の勇者。
何を持って聖剣に選ばれたのか。何かの間違えではないのかと揶揄されることも少なくはなかったそんな彼女は、しかし今こうして魔王の喉元まで手を伸ばしている。
誰よりも優しく、誰よりも他人を思いやり、歴代の勇者の中で最も人に愛された最愛の勇者。
「ね、『 』くん」
何が「ね」なのか。何がそんなに嬉しいのか。
にこりと笑う彼女の言葉に、俺は決まっていつもの言葉を口にする。
「あぁ、『 』。俺たちはいつだって一緒だよ」
「うん。しってるよー」
そして続く勇者パーティ一同の宴は夜通し続き、やがて迎えた朝に一同は旅立つ。
それは俺たち勇者パーティが全員で過ごした最後の笑顔の記憶。
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勇者が魔王を討ち取った。
長き時に渡り人類を苦しめていたかの存在を斃したという偉業は緩やかに、しかし確実に人々の間へと伝わっていく。
聖剣に選ばれし勇者が成した功績は誰もが喜ぶものである、人々は勇者への感謝を込めて連日祭りを開く。
酒を交わし、夜通し歌い続け、そして隣人と抱きしめ合う。
そこには最愛の勇者が望む『幸福』の姿が確かに存在していた。
それから後、大陸中央に位置する王都に一人の少女が辿り着く。
ところどころ破れたシスター服を身に纏うその少女は、あちらこちらに傷を付けながらもまっすぐ前だけを見て街中を歩き進む。
あるものは口にする。あれは聖女様じゃないかと。
あるものは口にする。であればなぜあれだけの傷を負っているままなのかと。
あるものは口にする。彼女はなぜ癒しの魔法を使わないのかと。
あるものは口にする。なぜ彼女は一人きりなのかと。
少女はただ一人、他を寄せ付けぬままに王座へと向かう。
すでに兵士より報告を受け、聖女の到着を受けていた王は座して少女のと対峙する。
それだけで、彼の人格者は多くを悟った。
「……まこと、大義であった」
その一言を受けた聖女は、間も無く地に伏し金色の髪を地面に広げる。
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それから時を経て、目を覚ました聖女はその顛末を口にすると再び夢の世界へと旅立つ。
次は少し長く静かな旅路。
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騎士――生死不明 ※重傷を負い生死の境目に
戦士――死亡
弓士――死亡
賢者――生存 ※重傷を負った騎士を伴いエルフの里へ帰還
盗賊――死亡
聖女――生存
魔法使い――生存 ※行方不明
勇者――死亡