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桜の君  作者: 優灯
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美しき訪問者

僕の生まれた故郷は、医術と薬学の歴史を長く持ち、里のほとんどが医者か薬師だった。親は子供が生まれた瞬間から身体のこと、心のこと、空の向こうのこと、海の始まりのこと、この世界についてさまざまなことを聞かせた。僕も、母の腕のなかで眠りながらたくさんのお話を聞いた。父と母が話してくれたことはすぐに理解できた。1歳の時には字を読むことができた。里中の本を片っ端から読んで、その内容のすべてが僕の頭の中に記憶された。


5歳になったころ、僕は大人同様、医者として病人やケガ人の治療にあたっていた。僕の噂を聞いて国中から人がやってきた。僕は、医者の父と薬師の母と協力して、できるだけ多くの人を助けるんだと意気込んでいた。そんなある日、まだ空が暗い早朝に誰かが扉を叩いた。開けると見たこともないほど背の高い男が立っていた。見るからに健康で筋骨たくましい男は病人などとは程遠く、僕ら家族は嫌なものを感じた。

「突然おしかけて申し訳ない。ここに、時瀬という医者がいると聞いて来た。」その男は言った。


父が、僕を隠すように前へ出て言った。「どのようなご用向きでしょうか?」


「会っていただきたいお方がいる。時瀬殿だけ私と一緒に来てはいただけぬか。」男は無表情だった。


父と母は心配そうに顔を見合わせた。よく見るとその男の腰には立派な装飾がなされた剣がささっていた。風貌はかなり位の高い者のようだった。医者とはいえ平民の僕ら家族に断る選択肢など用意されていないのは明白だった。僕は、父と母になにか危害が及ぶのを恐れその男に付いていくことにした。


男に付いていくと、そこは使われていない屋敷だった。入口には見張りが立っていて、中にも護衛がいた。僕を連れてきた大男に案内され屋敷を進んでいくと頭からマントを被った人が一人立っていた。


「お連れ致しました。」大男が膝をついて言った。


マントの人物は、姿を隠したまま僕の方に近づいてきた。そして、僕の前に膝をついた。纏ったマントをとり僕を見て言った。

「そなたに診てもらいたい者がおる。すまぬが急ぎ我らと都へ来てはくれないか?私は紫音(シオン)と申す。そなたの身の安全は私が保証する。礼には、そなたの望むものを与えよう。」


僕は、その方が相当身分の高い方だとすぐに分かった。僕に膝をつき話しかけるそのお方を前に、僕は顔を地面に伏せ言った。「都へまいります。」


僕らはその屋敷からすぐに都へ発った。心配そうにしていた父と母の顔が浮かんだ。都についたら文を書き説明しようと思った。


「不安な気持ちにさせてすまないな。」シオン様が僕に言った。里から都までは馬を走らせて1日ほどかかった。シオン様は僕を後ろに乗せ馬を走らせていた。屋敷の中は暗くてよく見えなかったがシオン様はとてもお綺麗で女性のようなお顔をされていた。

「いえ、父と母に何も言わずに来たことが気にかかっておりました。都に着いたら、すぐに文を書こうと思います。」僕の言葉を聞いて、シオン様は馬を止めた。シオン様を囲むように走っていた護衛達の馬も止まった。


「誰か、紙と筆をここへ。」シオン様がそう言うと護衛の一人がすぐに僕たちに駆け寄ってきた。シオン様は馬から僕をおろし、大きな岩に僕を座らせた。「時瀬殿、申し訳ないことをした。そなたの父君と母君は、今この瞬間もそなたのことをさぞ心配しているであろう。ここで文を書くとよい。護衛の一人に届けさせよう。都に着いたら改めて私の方から礼を送る。すまないな。」この優しいお方は一体どのようなお方なのだろうと、僕はこの時はじめて彼らへの興味が湧いた。この美しく高貴な方が自ら馬を走らせるほど私に診せたい方とは。そしてその方は何を患っておられるのか。私に治療ができるのか。それは僕にとって生まれて初めての不安だった。

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