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桜の君  作者: 優灯
3/5

使用人頭の決意

夏も終わろうとしていたある日、使用人頭の私は、この館の主様の側近、黒笠(くろがさ)様に呼び出された。黒笠様は、国一番と言われるほどの武人で主様の護衛を務めていた。そんな黒笠様に会うのは、この館に来て以来初めてのことだった。黒笠様は“漆黒の剣”という異名を持つ。多くの血を吸った彼の剣を向けられた者は、決して死を逃れることはできない。国の命令が絶対で国のためにだけに生きる一族。それが黒笠家だ。そんな方からの突然の呼び出しだった。いったい自分はどんな失態を犯してしまったのだろうと、嫌な汗が止まらなかった。


呼び出された部屋に向かうと私が想像していたとおりの鋭い目をした大男、黒笠様がいた。突然呼び出してすまない。見た目に似合わない優しい物言いだった。黒笠様は、私を呼び出した理由を簡潔に伝えた。

「傷を負った少年の世話をしてほしい。主様がその者の命を救いたがっておられる。何としても死なせてはならない。」と鋭い目を私に向けた。


黒笠様は私を少年の眠る部屋に案内した。そこで、全身に包帯を巻かれた痛々しい姿を見た。医者の治療を受け、できるだけのことはしたがまだ目を覚まさないという。黒笠様はこの少年の世話を私に託された。目を覚まし傷が癒えたときは、使用人として仕事を与えてやってほしい、もし本人が望むのなら出ていくことも許すということだった。

「恐らく少年の家族は今日の我が軍の侵攻で死んだ。」黒笠様は感情のこもらない口調で言い、主様の元へ戻って行かれた。


私は気が重かった。この少年を死なせてはいけないと言われても、私はただの使用人頭。人の生き死に関われるほどの器をもった人間ではない。死なせてはいけないという言葉の重圧はあまりにも重く、その重圧と同時に湧いてきた感情に私は苦しんだ。いっそこのまま目を覚まさないほうがこの少年にとっては良いのではないか。侵攻しておきながらその土地の者を助けるなどという矛盾に腹が立った。この少年を助けたのは主様の気まぐれにすぎないだろうとも思った。自分の家族を殺した人間に助けられたと知った時、どれほどの苦しみがこの少年を襲うのだろう。私は、目頭が熱くなった。しかし、黒笠様より直々に与えられた仕事なのだ。抜かりなく行うしかない。


私は時瀬(ときせ)様の元へ向かった。時瀬様は、医術と薬学で有名な里出身の医者だ。ただの医者ではない、8歳と子供でありながら大人同様の知識を持つ秀才で、どういう訳かここの主様に仕えている。あの少年の治療をされたのは時瀬様ということだった。医術について何の知識もない私が使用人としてあの可哀そうな少年にできることは何か。時瀬様に教わりながら、私は少年の世話を懸命に行った。そして数日後、少年は目を覚ました。


少年が目を覚ましたと聞いてから、彼の世話は信頼のおける者にさせることにした。私は、目を覚ました少年の元に行くことに気が引けていた。どんな顔をして接したらよいのか分からなかったのだ。そんな私に、時瀬様が言った。

「少年の傷も癒え包帯もとれた。もうそろそろ、歩く練習が必要だ。ちょうどいい、明日にでもそなたの元へ連れていこう。」


翌日、時瀬様が少年を連れてきた。私はぎこちなく少年に言った。

「傷はもう大丈夫か?君を助けたここの主様が、君が望むならここでの仕事を与えるとおっしゃられている。だがもしも、君に他に行きたい所があるのならば、君の望むところまで無事に送りとどけようともおっしゃられている。君は自由だよ。どうしたい?」


私の言葉を聞いて、彼は顔をくしゃくしゃにして泣いた。声を出さずに静かに、苦しみを抑えるように大粒の涙を流した。あぁ、戦争とはなんなのだ。強欲な権力者たちの犠牲になるのは、いつも武器を持たない民だ。この少年が何をした?ただ、平穏な毎日を願い暮らしていただけではないか。この少年の大切な者を奪ったのは、私達の国だ。そのことをこの少年が知ったとき、彼は僕たちに復讐することを考えるかもしれない。戦争で生まれるのは憎しみだけだ。私は、たとえどのような未来になろうともこの子のために出来ることは何だってしようと心に誓った。

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