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桜の君  作者: 優灯
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木の上の猫

僕に与えられた仕事は、猫の食事係だった。食事は猫専属の料理人が作る。僕は、料理を乗せた皿を猫までもっていき、空になった皿を皿洗いに渡す。朝・昼・晩の1日3回、たったそれだけだった。猫の名前は蘭丸といい、みんな蘭丸様と呼んでいた。あの方がとても大切にしているのだという。蘭丸様には、館の中の離れが一棟与えられていた。その離れに、蘭丸様専属の使用人達が仕えていた。使用人頭のサンが蘭丸様の元へ僕を連れて行った。蘭丸様は黒光りするほど美しい漆黒の毛を持つ黒猫だった。大きな目は金色で、右耳が少し欠けていた。蘭丸様はほとんどの時間を庭に植えられた桜の木の上で過ごされた。僕が初めて蘭丸様にお会いした時も木の上にいらっしゃった。僕のことなど見向きもせず、ただ一点だけをずっと見つめておられた。


使用人頭のサンが僕に言った。

「蘭丸様が見つめる先に、あの方がおられるのだよ。」

蘭丸様の視線を追ったところには、館の中でも一番大きな建物が建っていた。あそこにあの方がおられるのか。僕は、もう一度、あの方に会いたかった。あの時感じた暖かさが忘れられなくて、あの方に会えば、胸の中にあるこのドロドロとした何かが消えるのではないかとも思った。そんな僕の思いに気付いたのか、使用人頭のサンが、いつか会えるさと僕の頭に優しく手を置いた。


僕の使用人としての初日は、順調に終わった。一日のほとんどを木の上で過ごされる蘭丸様は、僕が料理の乗った皿を桜の木の下まで持っていくと、そっと木の上から降りてこられた。木の根元にある平らな岩の上に皿を置くと、ゆっくりと品よく口にされた。僕に目を向けることはなく、食べ終えるとすぐに木の上に登られた。そんな風に一日3回、僕は蘭丸様との短い時間を過ごした。


ある日、僕は悪い夢をみた。あの方に助けられた日の夢だった。目の前で僕に助けを求める小さな妹の泣き声。助けに行きたいのに、身体が動かず何もできない自分。真っ赤な火が母さんと妹に迫り、やがてのみこんでいく。母さん!!りん!!泣き叫ぶ自分の声に僕は目を覚ました。この悲しみはいつか癒えるのだろうか。ぼくは、まだ絶望の中から立ち直ることができずにいた。大切な人がいない未来は、僕にとってどうでもよかった。どうして僕だけが生き延びたのだろう。あのまま、僕も死んでいたらこんなに辛い思いはしなくてよかったのにと。ただ、僕の命が終わるのを待つだけの毎日だった。


悪夢のせいで、すっかり目が覚めた僕は、いつもよりも早く蘭丸様の離れに着いた。洗い場へ向かうと料理人の次郎さんが忙しそうに動き回っていた。他の使用人はまだ来ていないようだ。僕に気が付いた次郎さんは、庭から朝日が見えるから行ってみるといいと言って、握り飯を一つ僕に握ってくれた。庭に出てみると、真っ暗だった空に白みがかかっていた。夜のとばりが解け、太陽が顔を出す。また今日も一日が始まる。大きな空を見ているとより一層孤独に思え熱々の握り飯も冷たく感じた。その時、すっと、足元に何かが触れた。視界が明るくなるにつれて、彼は姿を現した。蘭丸様だった。蘭丸様の金色の目が下から僕を見つめていた。食事係になってから一度も僕を見なかった蘭丸様が、僕の足に自分の体を擦りつけている。そして、しばらくの間、僕をずっと見つめていた。その金色の瞳は濡れているように朝焼けの中、輝いていた。

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