助けられた少年
あの方を初めて見たのは、乾いた風が吹く夏の終わりだった。栗色で光の輪をまとった美しい髪が、煙の臭いを運ぶ風にサラサラとなびいていた。僕は彼女が纏う暖かな優しさに吸い込まれるような気がした。全身に受けた傷の痛みなど完全に忘れてしまうほど、僕の心は彼女に包まれた。
気を失ってしまった僕は、目を覚ますとこの館にいた。ここがどこなのか、彼らが誰なのかわからないままだったけど、柔らかな布団の心地よさに、自分は助かったのだと思った。
一人の小さな子供が毎日僕の包帯を取り替えてくれた。薬を塗られるたびに感じた痛みも日を増すごとに消えていき、布団で寝ていることが退屈に感じはじめた頃、いつもの子供が僕を一人の男のもとへ連れて行った。
その男は、自分はこの館の使用人頭でサンだと名乗った。僕を使用人としてこの館で雇ってもよいという話だった。出ていきたいのであれば、それも構わない、僕の好きに選択するといいと言われた。
僕には、もうどこにも行く場所がなかった。父はこの戦争で徴収され死んだ。残された家族もみんな、僕があの方に出会ったあの日、死んだ。家どころか街全体が焼かれ、僕には何もなかった。僕自身、あの時、彼らに出会えていなければ今生きてはいなかっただろう。あの日以来、はじめて実感する絶望だった。
みんないなくなってしまった。大切な人が、楽しかった場所が、みんな燃やされてしまった。母の優しい手も僕を呼ぶ妹の声も、仲間たちの笑い声もこの世界のどこを探してもない。もう二度と会えない。目の前が真っ黒になり、大好きだった人達が苦しみ息耐えていく姿が浮かんだ。胸が痛くて痛くて、涙が止まらなくなった。
使用人頭のサンは、僕を部屋へ戻した。
「気持ちが落ち着くまで、ゆっくりと休むように。あの方は、君をここから追い出したりはしない。だから、今はまだ、先のことは考えなくていい。話したくなったら、いつでも自分のところにおいで」と彼は優しく僕に言った。
部屋に戻った僕は、布団に倒れこみ、泣いた。その日からどれくらいだろうか。溢れる涙をとめることができず、痛みのまま、苦しみのままに過ごした。苦しみの中で、何度も夢を見た。僕が育った街で大好きな人達が楽しそうに笑っている。僕と仲間たちは丘を駆け上り、満開の桜の木の下にいる師匠の元へ駆け寄る。そんな夢を見ては目を覚ます。真っ暗な部屋で、誰もいなくなった世界に一人。その現実に僕は、何もかもどうでもよくなっていた。毎日がしんどくて、もうすべてを終わりにしたかった。そんな僕に毎日傷の手当をしに来てくれる小さなあの子が言った。
「生きるのが辛いなら、生きなくてもいい。終わりにすることはいつだってできるさ。だけど、せっかく助かったんだ。皆が生きられなかった時間を君が代わりに生きてあげるのもいいんじゃない。きっとみんな喜ぶよ」
僕は、声を上げて泣いた。
そして、ほとんど空っぽの希望を胸に僕は一歩踏み出した。