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黄泉人知ラズ

作者: 奈良ひさぎ

 これは近畿地方の県境になっているとある峠の話だ。今でこそ車に乗り慣れた人間なら難なく運転できる、片側一車線の道が敷かれているが。その道半ばから細く、自然に還ろうとしている砂利道が分かれている。峠道の旧道だ。


 昭和初期までそこは現役の道で、道を管理するのは近くの貧乏な集落だったこともあり、近道になるトンネルは長らく建設されなかった。仕方なく旅人たちは、灯りもなく日暮れの後には獣に襲われかねないこの道を、せっせと行き交っていた。


 その峠道には石碑がひとつ建っている。車では進入できないが、雰囲気はどんな心霊スポットよりも本物ということで、徒歩で訪れる者が後を絶たない。石碑は江戸の世に造られたもので、当時の歌人が絶景を目の当たりにして詠んだ短歌が彫られている。昼と夜とで景色があまりにも変わるので、どんなに美しくともこの峠だけはおよそこの世のものとは思えない。そんな意味の歌である。誰が詠んだのかは分からない。「詠み人知らず」である。


 ところでこの峠、本当に生者を黄泉の国へ連れて行ってしまうという話をご存じだろうか。時は1970年代のオカルトブームの頃。アクセスが容易で、途中まで車で乗りつけられる上に、本道は比較的車通りが多いとあって、このスポットは人気を博した。毎晩誰かしらが立ち入っていたという記録があるから驚きだ。しかしいざ行ってみれば、石碑があるだけの暗い道に過ぎず、心霊スポットを面白がる者たちにとっては退屈だったようだ。すぐに心霊スポットとしての人気は下火になってしまった。


 にわかに話題に上り始めたのは、80年代に入ってから、そして90年代に再びオカルトブームが世に言われ出してからのことである。ちょうどその頃、この峠道で事故があった。細い旧道に無理やり入った車がスリップし、ガードレールのないところから転落したもので、火事まで起きたこともあり運転席には人間の痕跡すら残っていなかった。遺骨の一本すら見つからないので、事故は後付けであって、本当は神隠しに遭ったのではないかという話が持ち上がるほどだった。警察の公式発表があってもなおそんなことを主張するオカルトマニアと、酷道険道を走破するのが趣味で、事故を起こしても仕方ないと主張する走り屋たちが激しく対立した。当誌でも過去に両者の意見を取り上げ特集を組んだことがあるので、ぜひそちらを参照されたい。


 この事故があって以来、様子見に行った者が帰ってこなくなった、という報告が相次いでいる。今もなお、だ。




「だってよ」

「このへんか? お、あったな」


 確かにもうそろそろ半分か、というところで左に逸れてゆく細い砂利道があった。これが例の心霊スポット、ということらしい。車を適当な場所に止め、三人で目的地へと進んでゆく。心霊スポットを訪れるのに理由はない。楽しいから行く。それだけだ。ここを通れば自分の実家へ近道になるから、ついでに帰省する意味もあった。


「ああ、あれだな。見えてきたぜ」


 時刻は午前一時を回ったところ。それぞれ懐中電灯を持ち、先へ進む。無事に石碑が見えてきた。それを照らす。


「……ん?」






 何かいる。






「なんだ、止まってんぞ足」

「いる」

「あ?」

「三人、じゃない」


 石碑の前に。黒い影が。一つ。






 近づいてくる。確かな足取りで。地面を踏みしめて。






 ざっ






 ざっざっ




 ざっざっざっ



 ざっざっざっざっざっざっざっざっざっざっ






「お、おい」


 声を出し切る間もない。それが近づいてくる。


「あ――――」




 ひとり、呑まれた。影に。消えた。どこへ、消えたのか。




「あ、え、」




 その時、思い出す。ここが、生者を黄泉の国へ連れて行ってしまう場所と言われていることを。はっきりと見えていた石碑すら、視界から消えてゆく。ぼやけてゆく。もう一人が音もなくすう、と消える。一人になった。いや、一人ではない。




 いる。ひとり。ふたり。さんにん。よにん。ごにん。ろくにん。しちにん。はちにん。くにん。じゅうにん――




「くろ、おま――――」











 ひとのかたちが











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