5
毎日。毎日。毎日。
私はここから出られない。
ありふれた表現ではあるけれど、まるでかごの中の鳥のよう。
私はどこにも飛んでいけない。
ただ生きて、生きて、なにも希望のない日々。
とっくに誰かが助けてくれるなんて妄想はしなくなった。
私を救ってくれる王子様も、この世には存在しない。
いっそのこと死んでしまいたい。
行けるのならば、お父様とお母様のところへ飛んでいきたい。
ドアはなく、ただ一つの小さな窓しかない狭い部屋。
その薄暗く、監獄とも言えるような場所に一人、16歳ほどの見た目をした少女が今日もたたずんでいた。
その部屋は、アレクサンドリア王国王都、王城の誰にも見つからない場所に存在している。
アレクサンドリア王国王都。とてつもなく大きな城がそこにはあり、それを取り囲むようにして歓楽街、市場、住宅街などなどの建物が無限とも思えるほどに続く。
多くの人々はその顔に生気を漲らせており、皆が皆活気に満ちている。
しかしそれと対照的に、疲れ、くたびれ、生気のない顔をしている2人はアルバスタとリリーであった。
「やっとついたのか」
「長かったなぁ……」
そう、弱々しい声を絞り出す2人。
「思えばここのところ、満足に食事もできず、固い地面で寝転び、用を足す時は魔物に怯えながらだった……」
2人の目には若干の涙が滲んでいた。
それも無理はなく、2人はフルールから王都までやってくるのにかかった時間は一月ほど。
馬車に乗る金などなく、満足な食事を取れる金もない。
したがって、仕方がなく自分たちの足で歩き王都にやってきた。
食事は道に生えていた食べられる草と、途中で出会った者たちから恵んでもらった少しばかりの干し肉などで済ましていた。
辛い日々だった。
しかしその辛い日々を乗り越えた2人だったからこそ、ある程度の信頼関係が生まれたことは、言うまでもない。
「それで、リリー。なんとか王都までやってきたわけだが。この後のご予定は?」
「ふむ。まずは体を休めるのがいいだろう。確か王都の西側は貧民街だったはずだよ。そこなら安い宿があるはずだ。どんなにボロボロでも文句は言わないだろう、アル?」
「もちろんだ。ベッドがあるだけで俺にとっては十分さ」
長旅で疲れた体に鞭を打ち、王国の西側を目指す。
その途中活気あふれる市場や歓楽街。子供達の笑い声が溢れる住宅街を抜けて行った。
だが、それらを抜けるとだんだんと街の雰囲気が変化していく。
「あの子、大丈夫なのか……?」
アルバスタはそっとリリーに耳打ちをする。
アルバスタの目線の先には、栄養失調だろうか。女か男かも見分けのつかない程の子供が、痩せ細った状態で壁に背中を預けていた。
「あまり見ない方がいいぞ、アル。君は優しいやつだ。だから、あんなものを見ても君の良心が痛むだけだ」
「で、でも、あのままじゃあの子は死んでしまうんじゃ……」
「まぁ貧民街なんてこんなもんだろう」
「……やけにリリーは落ち着いてるな」
「私も幼い頃はあんな感じだったんだ」
「慣れがあるってことなのか?」
「そうだな。同情はすれど、良心は別に傷まないし、動揺もしない」
淡々と話すリリーの、ローブのフードから覗く横顔を見てアルバスタは、なんとなく悲しくなる。
その後も2人で貧民街を歩いていく。
アルバスタはあまり貧民街の住民を視界に入れないようにしていた。
ふと、リリーが立ち止まる。
「ここだな」
リリーは指を指す。
アルバスタがその方向を見ると、そこには古びた木の板に
「宿屋」と書いてある。
「こんなに安いとは驚きだった」
そうもらすのはアルバスタ。
受付で言われた料金であれば、10日ほどは泊まれるだろう。
「あぁ、とりあえず一安心だな。しかし、そうこうしている暇はないさ。タイムリミットは10日ほど。その間に情報を掴んで、命の宝珠を見つけないといけない」
「まぁ、10日でダメならお前の力とやらで時間を戻ればいいんじゃないか?それなら無限だろう?」
アルバスタはそう言い放つ。
それに対してリリーは悲しそうな表情を浮かべる。
「確かにできなくはないが、できる限り使いたくない」
「どうして?使えるもんは沢山使っておいた方がいいだろう?」
「いや、あまり使いたくない……」
「そ、そうか」
それで、とアルバスタは部屋の一部分を見る。
そこには一つのベッド。
「リリー。今日はもう疲れたし休もう。俺は床で寝るから、お前はベッドで寝てくれ」
「だ、ダメだ!君も疲れが溜まっているはず。一緒に寝るべきだ!」
そんな提案にアルバスタは妄想をしてしまう。
ベッドで横に眠るリリー。
白い軟肌に、美しい紅色の髪の毛。
唇は桃色で張りがあり、湿っている。
いやいや、とアルバスタは首を振った。
「リリーが1人でベッドに寝た方がいい。男と一緒のベッドで寝るなんて、安心して眠れないだろ?」
あくまでもリリーを気遣うように。
アルバスタは自分が欲望を抑えきれないから、などとは言わないで、リリーを1人で寝かせようとする。
「私は……君と一緒だと嬉しい……」
勇気を出して頬を紅く染めながら話すリリー。
その様子を見て、アルバスタが断れるだろうか。いや、彼には無理だった。
結局2人は蝋燭の火を消すと、ベッドに2人して寝転ぶことにした。
ただし背を向けて。
「なぁ、アル。まだ起きているだろうか?」
可愛らしい声がアルバスタの背から聞こえた。
「あぁ、起きてる」
「今日まで、ありがとう。私と一緒に過ごしてくれて。おかげで色々楽しかったし、大変な時も笑っていられた」
もう、これで旅が終わるかのように話す。
「一月ほどの短い時間だったが、君のことをもっと知れた。もっと君の良いところが見つかって、もっと君のことを好きになった」
好き。
アルバスタは、その一言にドキッとする。
そんなこと、今まで言われたことはなかった。
初めて家族以外でこうやって好意を伝えてくれた。
そんな存在が、アルバスタの背中越しにいる。
どうしようもなくリリーのことが愛おしくなり、抱きしめたくなった。
「私たち、良い家族になれてるのかな……」
その言葉にアルバスタは思い出す。
リリーと血の契約を結び、家族となったことを。
その時アルバスタは気がついた。
彼女が今、自分に対して持っている感情は、自分のものとは違うと。
彼女は家族を求め、安心感を求めているのだ。
しかしアルバスタは。
「どうだろうな」
アルバスタは目を閉じる。
王都の貧民街の、暗さを感じながら。