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「え?」
アルバスタは聞き返す。
「だから、その……一緒に来ないかなって…」
フルールはすでに町ではない。魔物がはびこり、家屋は崩壊。生きている人だっているかどうかわからない。そんな町に今後住めないことはアルバスタもよくわかっていた。家族と過ごした家も、その家族も。すべてを彼は失ったのだ。
「そんなすぐには決められない…」
だけど――そう言おうとした途端、紅髪の少女は力が抜けたようにそのまま地面に倒れようとした。それを見てアルバスタはなんとか少女の下敷きになる。
「うっ…!」
おしつぶされるのは好きでも嫌いでもないが、少女に押しつぶされるのは悪くないと感じたアルバスタであった。この幸せを享受するのも良いなぁ、などと考えたアルバスタであったが、感じるぬるっとした生温かい液体に気が付き、少女を寝ころばせる。
ロープに包まれた全身を見ると、下腹部に何かに噛まれたような傷跡があることに気が付いた。
「こ、これ、まずいんじゃ…?なぁ、どうしてここまでして俺を助けてくれたんだ…?」
その言葉に少女は弱弱しく目を開ける。
「さっきも…言った、だろう…君のことを、好ましく、思って…いるからだ…」
「俺は悪いが、お前にあったことすらないんだぞ…意味が分からない…」
少女は軽く笑い、何か小さく言った。
「もう一度言ってくれ。悪いが、俺の力でお前を治療することはできない。その代わりといっては何だが…遺言と、誰に伝えたいかも教えてくれ。お前に命を救ってもらった身だ。伝言くらいはする」
アルバスタは自分の非力さを恨むように拳を握り、弱弱しく話す少女の口元に耳をやった。
「お…前じゃ…ない…。リリー、と呼んでくれ…アル…。それと…勝手に死なせようと…する、な…!」
「で、でも…この傷じゃ助からないだろ…」
「少し休めば…治る…」
「でも…」
「なぁアル、朝…飯の…準備をして、おいて、くれ…」
「………わ、分かった」
アルバスタは了解したように頷いた。しかし心の中ではリリーの言葉を素直に受け取っておらず、強がりであると解釈していた。だが、恩義を感じていたので、無駄になったとしても朝食をつくってあげることにした。あとお墓も作ってあげることにした。
「ふぁぁ」
だから、太陽も一番高く上ろうかという時間に可愛らしいあくびをしながら起きたリリーを見て、アルバスタは腰を抜かした。普通の人間では助からないはずの傷。あのまま死にゆくはずだった紅髪の少女。眼前で起こった奇跡にアルバスタは目を疑うほかなかった。
「生きてる…のか?」
アルバスタが、立ち上がって伸びをするリリーに恐る恐る尋ねる。
「生きてるさ、アル」
リリーがアルバスタのほうに歩いて近づいてくる。それに対してアルバスタはリリーから離れるように後ずさる。
「そんな恐ろしいものを見るような目で見ないでくれよ。私はゴーストの類じゃないぞ?だってほら、こんな真昼間に現れるゴーストなんていないだろう」
「ゴーストじゃないにしても、お前は魔物なのか…?人間じゃないのか…?」
アルバスタのその言葉に対してリリーは考え込む。その姿はやはり年相応でアルバスタには可愛らしく見えるが、ブンブンと首を振る。
あんな傷から生還できる人間なんていない。ましてや数時間でここまで元気になるなんて絶対にありえない。
「魔物ではないよ。そうだな、言うなれば怪物…かな?」
「怪物…?」
「そう。私自身は私を人間だと思っているんだが、周りから見れば人間の形をした怪物らしいんだ。確かに傷、怪我の治る速さは尋常じゃないと自負しているよ」
「…助けてもらって悪いが、そんな危険そうなやつと一緒にいたくない…」
アルバスタがそう言うとリリーはとても悲しげな表情をする。
「回復速度は異常だが、私は特に何も攻撃手段は持たない。だから君に害は及ぼせないし、そもそも及ぼさない…どうか信じてくれないか…?」
宝石のように輝くその瞳で見つめられ、アルバスタは仕方がなく話だけでも聞くことにする。
「一旦お前の言うことは信じよう。それで、聞きたいことが山ほどあるんだが聞いても良いか?」
「もちろん!」
アルバスタの言葉を聞いてリリーはとてもうれしそうにうなずく。
なんだか可愛い…と思ってしまったアルバスタは、相手は化け物だぞ、と考え直す。
「あ、ただし…朝飯を食べてからにしようか、アル」
「なぁ、君には失望したよ、アル。朝食を作っておけといったのに、水とそこらへんに生えていた、ギリッギリ食べれるくらいの苦い草しか用意してないなんて…」
「仕方ないだろ。パンも、肉も、火も、ここには何もないんだから。とりあえず草は食ったんだから、お前の話を聞かせろよ」
「……なぁ、アル。君には名前で呼んでほしいんだ。頼むよ」
「……わかったよ、リリー」
やった!と小さく拳を握るリリー。アルバスタはそんな光景を微笑ましく思う。
それにしても、誰かとこうやって長く話すのなんていつぶりだろうか。家族が最後だったか。
そんなことを考えるアルバスタ。
「まず、リリーはどうしてそんなに怪我の治りが早いんだ?それと、俺のことをどうしてあったこともないのに知っていて、助けてくれたんだ?正直未だに頭が追い付かないんだ」
少しの間、リリーは考え込むような仕草を見せるが、すぐに話し始める。
リリーはフルールから離れた、小さな村で生まれ育った。
畑を耕し生計を立てる両親から生まれたリリーは、生まれた時からすでに疎まれ始めたという。
血を思わせるその紅色の髪の毛は気持ち悪がられ、村人、そして家族でさえも気持ち悪がるようになったという。また、幼いころに命にかかわるような大きな怪我をしたことがあったのだが、それも今回のようにあっという間に治してさらに気持ち悪がられるようになった。
あるとき、リリーの住む村に一人の旅人が現れたという。
その旅人はリリーの髪色を見るや否や、ある一冊の本を手渡した。リリーは家族の中でも唯一優しく接してくれる、一番上の兄に文字の読み方を教えてもらいながら、その本を読み進めていった。
そこに書かれていたのは、紅髪を持つ者の歴史と特異性。
「つまり、体質だと?」
「そうだね」
「魔法、じゃないのか?」
「私が使えるのは変身魔法だけ。治癒の魔法なんてからっきしだ」
体質、と言われたらそこまでな気もしてくるアルバスタだったが、一旦そこの文句は飲み込む。
そして、最も彼が気になっていたことを再度尋ねる。
「俺を知っていたのはどうしてだ?会ったこともないのに、どうして俺を助けてくれた?」
「会ったことは……会ったことはあるさ、三回ね」
「三回!?ちょっと待てリリー。そんな記憶、俺にはこれっぽっちもないぞ?」
「そうだろう」
リリーは少し間をおいて口を開く。
「実は私は時間を戻れる」
「は?」と気の抜けた声がアルバスタから飛び出す。時間を戻れる。その言葉は常識を生きる彼にとって非常に突飛な話だった。
「まさか、そんなことがあり得るのか?いや、ありえない」
「それがあり得るんだよ、アル」
「だが、証拠は…ないだろう?」
うーん、と唸るリリーを見てまさか本当に、と思う気持ちとありえない、と思う気持ちが対立する。
「アル」
「ん?」
「いや、アルバスタ。年は18、生まれた時からフルールで生活しており、両親に加えて妹が一人。幼い時から家族の料理担当で、その腕はなかなかのもの。ずっと好きだった隣の宿屋のお姉さんに一目ぼれをしてラブレターを書くが、字が汚すぎて渡すのをためらい、クシャクシャに丸め、ベッドの下に長年隠してきた」
「おい」
アルバスタの基本情報に加えて本人しか知らないことをペラペラと話すリリーを止めようとするアルバスタ。だが、口は止まらない。
「あと、ふふっ…三年前までおねしょを――」
「あああ!分かった分かった!それ以上は話さないで良い!」
「まだ三回目に教えてもらった秘蔵のエピソードが残っているけれど?」
「勘弁してくれ…」
リリーはからかうように笑い、どうだと言わんばかりのドヤ顔を見せる。
なるほど確かにアルバスタしか知りえない情報もあるし、本人から聞いたとしかアルバスタは思えなかった。しかし、やはりまだ時間を巻き戻せることはにわかに信じることができなかった。
「本当に、時間を戻れるんだよな?」
「うん」
「じゃあ一年前――」
「私は丸一日しか戻れないよ。だから君の家族は救えない」
「……そうか。そんなうまい話ないよな…」
「しかも私自身と、私と契りを結んだ者しか記憶は引き継げないんだ」
どう転んでも家族は救えない。その事実はやはりアルバスタには重くのしかかった。
「……それで、俺を助けてくれたのはどうしてなんだ?」
アルバスタがそう尋ねると、リリーは頬を染める。
「……さっきも言ったじゃないか。君を好ましく……思ったんだよ。最初に君と会ったとき、君は私の髪色を見て、気持ち悪がるどころかきれいと言ってくれた。髪の色を誉めてくれたのは君が初めてだったんだ…」
うつむくリリー。
その様子を見てアルバスタもなんだか恥ずかしくなってくる。
「最後にもう一つ、聞きたいことがある」
「うん」
わかっているかのようにリリーは頷く。
「私のこの旅の目標は、この私の体質を治すこと。そのためにもやらなきゃいけないことが多くある。君にはその手伝いをしてもらいたいんだ」
「リリーは治し方を知っているのか?」
「もちろんだ。本の中に記述があったんだ。紅髪を克服するには宝珠を体に取り込むんだ」