短編 【理から外れし者】の物語
青い髪の青年がそこに立っていた。道を歩いていれば誰もが振り向き二度見るほど美しい青年だった。
その青年の称号は【無敵】または【理から外れし者】、【青い神剣】。国からいくつもの称号を受けたその青年はその名の通り無敵だった。
「【青き神剣】は僕の称号というよりは僕の愛剣であるこの《青剣》のものだと思いますが……」
青年は謙遜した態度でそう言うと腰につけた《青剣》をそっと鞘から出す。その青い剣は光に照らされより一層美しく輝いた。
「アルフォント、そんなことはどうでもよい。それで?どうじゃ?やってくれるな?」
「教皇、何度も言っての通り僕は小隊を率いる力などなく、単身での……」
「そんなことは聞いておらん。私がやれと言えばやるのじゃ」
さっきまでのやってくれるか?は質問ではなかったらしい。教皇の命令は絶対だ。アルフォントはしぶしぶその命令を受け入れつつ、教皇の部屋を後にした。
各国で人の殺害を繰り返す謎の組織【魔女の体】。そのメンバーを束ねる【四肢】という四人の狂人がいる。アルフォントに課された命令。それはメルサリア教国の小隊を率い、その【四肢】の一人【左腕】とその配下の排除だった。
教国の目的は【左腕】の排除などというものではなく、【左腕】をメルサリア教国の小隊が排除したという事実を作り上げることだった。
アルフォントは今回共に戦う騎士たちに面会しに酒屋を訪れる。
「おい!みんな!アルフォントさんが来たぞ!」
その掛け声と同時に皆から雄叫びが上がる。実に活気溢れた男女二十名の小隊だった。
「アルフォントさんも飲むかい?」
「いえ、僕は酒はまだ……」
「そうよ!アルフォントさんはまだ……えっといくつだっけ?」
「もうすぐ十四になります」
アルフォントの年齢を聞いた全員が驚きの声をあげる。側から見ていてはそこらの大人とも変わらない大人びた印象からは年齢など想像できるものではなかった。
「すごいな。さすが【理から外れし者】。俺たちの常識から逸脱してるぜ!」
「いえ、まだ未熟な部分も多いです」
いつものように謙遜するアルフォントを騎士の人たちは普段の人と同様に高く持ち上げる。アルフォントは身の上に合わない評価を受け続け、何度も苦労をし続けていた。皆から失望されないための努力を怠ったことはなかった。アルフォントが天から受け取った才は皆が思っている程万能で、輝かしいものではないというのがアルフォントの評価だった。
「明日必ず【左腕】を切り落としましょう!」
「よし。みんな!飲むぞー!」
「うおぉぉお!」
「すみません!!」
騎士たちの盛り上がりを邪魔するようにアルフォントは言葉を重ねた。騎士たちが一気にアルフォントに注目する。
「明日の遠征。【左腕】のアジトへの道案内が終わり次第、皆さんはお帰りいただけないでしょうか。もちろん、手柄は皆さんのもので結構です。そうすることが教皇の意向でしょう」
「ははは!アルフォントさんも面白い冗談が言えるじゃねぇか!」
「冗談ではなく……。僕一人では皆さんを守りきれない……」
アルフォントはうつむき、騎士たちの笑い声は急に静まり返る。
「アルフォントさん。俺たちゃあんたから守られるために行くんじゃない。あんたと共に戦いにいくんだ。もちろんあんたが俺たちの数歩、いや数億歩も前を歩いてるかもしれねぇ。だがそれでも俺たちゃあんたと共に戦う。あんたと共に戦いたいんだ。あんたなら一人で何とかできるのかもしれない。守る必要なんてねぇ。俺たちゃあんたの武器になる。それは誓おう。だから俺たちという武器を連れて行ってくれねぇか?」
丸坊主の男がアルフォントに頭を下げた。それと同時に他の者も次々と頭を下げる。彼らはアルフォントと戦いたかった。だからこうやって頭を下げている。アルフォントは悩み、そして決断する。
「分かりました。どうか死なないでください」
その言葉を聞いた騎士たちは活気を取り戻し、酒を一気飲みした。
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明日、アルフォント率いる二十人の小隊は【左腕】アジトを目指し、トルッテルという魔物が引く魔車に揺られていた。
「【左腕】の姿を確認した『探し物の才』を持ってる騎士が【左腕】の居場所を掴んでいます。もうすぐアジトに着くはずです」
「『探し物の才』。見た物のだいたいの場所が分かる能力。いい能力ですね」
「アルフォントさんの持ってる『才』の方が強力でしょう。どんな能力なんです?」
「それは……秘密です」
この世界には生まれ持って備わった能力ーー『才』がある。それは魔法とは違い、天から授かるもの。授かるか授からないかは運次第のまさしく才能というべきものだった。
「皆!聞いてくれ!【左腕】が近くの村に向かってる。すごい勢いだ!」
『探し物の才』を持つ騎士が皆に大声で伝える。急いでトルッテルの綱を引き、その村に向きを変え、魔車を走らせる。
「まずい……。人質を取られたら……」
女騎士が最悪の事態を想定して爪を噛んだ。
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「よし。ついたぞ」
アルフォントたちが着いた時にはもう遅く、【左腕】とその配下は村に到着していた。
「ここの森を抜けたら村がある。その村に奴らがいる。いいな?失敗すれば村人は死ぬこととなる」
アルフォントたちは心の準備をし、別れて森へと入っていく。幸い森の中の配下は少なく、声も上がる前に次々と騎士たちが斬り殺した。森の中白い装束を来た配下たちは見つけやすい。
アルフォントたちは木の隙間から【左腕】たちの姿を確認した。一人だけ黒い装束に身を包んだ男。それが【左腕】だとすぐに見当がつく。
「う〜〜ん。あぁ。う〜〜ん。あぁ。う〜〜ん。あぁ。この村には銀髪の女はいませ〜〜ん。帰りましょ」
【左腕】は奇妙な声でそういうと配下全員に命令を下す。彼らが村から立ち去るというのならアルフォントたちも願ったり叶ったりだ。このまま様子を窺い、村から出たところを狙う。隊の皆がそう判断した。だが直後、
「ん?はい!ズド〜〜ン!!」
【左腕】は持っていた杖を大きく振り、アルフォントたちに向かい巨大な衝撃波を放った。皆が隠れていた木は折れ、騎士の半数は反応し、しゃがみ込むことができたが、半数が吹き飛ばされ、森の木に衝突、深傷を負う。
「いやはや。騎士……ですか。うん。騎士ですね。はぁ騎士か〜。キッシッ!!キシ、キシキシ。キッシッ!!」
【左腕】はまさしく狂人。意味の分からないことを何度も口にする。アルフォントは《青剣》を抜こうと手を腰に近づける。だが、それを【左腕】は許さない。
「そこの若きキッシ〜よ。剣から手を離しな〜さい。そうよ〜ろしい。いえ、よろしくない。そうキッシ〜はここにいてはならない。私たちの前に現れることがよろしくな〜い!」
アルフォントは状況を把握して《青剣》から手を離さざるを得なかった。【左腕】の杖から放たれた魔法。あの射程はこの村を覆い尽くすほど広い。下手をすれば皆が死ぬ。
「配下よ!キッシ〜を捉えなさ〜い。はぁ、キッシ〜はなぜこれほど愚かなのか」
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「私は【魔女の体左腕】ダストンベリガモスと申します。そしてなぜキッシ〜はこんなところに?」
ダストンベリガモスの問いかけに誰も答えない。それもそのはず皆は口を縄で縛られていた。だがそんなこと狂人には関係ない。
「答えないなんて人として最低の行い!!!キッシ〜は国民の代表であり、象徴であり、それでいて高貴なもの!それでいて人の問いを無視するなどあってはならない!!」
大声で怒鳴りつけ、手に持つ杖をアルフォントたちに向けると同時に電撃を放った。村人や騎士は痺れ、痛みで悶える。だがダストンベリガモスの話は終わらない。
「どうですか?この杖。【最愛の魔女】の骨でできたこの世に十本しかない杖の一本です。白く美しい。ですが……この魔女は美しくない。【悪龍】に負け、死んだのですから!魔女の恥!実に美しくなく、愚かだ。ですがこの杖は良いものですので使わせていただきます」
「……」
「もっと反応しなさい!!これでは私が一人で話してる寂しく愚かな者に見えるでしょうが!!」
またその言葉と同時に電撃は放たれる。理不尽でどうすることもできない状態。それに終わりは見えない。
「ふー。ん?そこの青い少年。なぜあなたは何食わぬ顔で座っているのですか?」
「……」
「答えろ!!」
口が塞がっているアルフォントに向かって罵声を浴びせ、今度は個人を狙った強力な魔法攻撃。ダストンベリガモスの杖から黄色の閃光が放たれ、一直線にアルフォントに飛ぶ。もちろん直撃だ。服はそこだけ焼けこげ、美しい肌が顔を見せる。そう美しい肌なのだ。服は焼けこげても肌は綺麗なまま。
「なんと!!キッシ〜よ。あなた何者!!」
ダストンベリガモスは驚愕のあまり声を裏返らせた。
「答えない。なぜ?ここまで何回質問を繰り返したと思っているのだ!!!!」
ダストンベリガモスはまた怒りをあらわにした。そんなダストンベリガモスはあることに気がつく。
「……配下の数が減ってますね。キッシ〜は……「十一人」ちゃんとここにいる。ならなぜ?」
ダストンベリガモスは知らなかった。アルフォントたちが二十一人でこの場にやってきていたことに。
「アルフォントさん!今だ!」
丸坊主の男の合図と共に隠れていた十人のうち五人が人質の解放、もう五人が配下を斬り殺していく。
「実に不愉快!キッシッ」
ダストンベリガモスが杖を構え、騎士たちを攻撃しようとしたその時、アルフォントは縛られていた縄を切り、ダストンベリガモスの脇腹目掛け、回し蹴りをきめる。ダストンベリガモスの体は宙を舞い、森の木々を倒しながら吹き飛んでいく。
ダストンベリガモスが吹き飛び、その隙を利用して皆の解放と配下の処理を皆で行った。
「皆さん、ありがとうございます」
「これが俺たちの仕事だ。言っただろ?あんたの武器になるって」
「はい。後は僕の領分です」
アルフォントは《青剣》を受け取り、【左腕】ダストンベリガモスの姿を確認する。杖で回復魔法をかけ、回し蹴りの傷はすでに治っているようだった。
「キッシ〜よ!!あなたでは私には勝てない!!愚かなあなたでは不可能なのです!キッシ〜よ!肉の塊となり土にかえりなさい!」
ダストンベリガモスは杖を何度も振り、アルフォント目掛けて黄色の閃光を何度も浴びせる。だが、それは効かない。服は焦げても彼の肉体には傷一つつけることはできていなかった。
「なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!!!!」
狂気に染まったその顔は醜く、人々を嫌悪させる。
「答えよう。ダストンベリガモス。僕が天から授かった『才』。『理の才』は僕をこの世界の理から外れさせる。この世界の理の範疇にある君の攻撃は受けることはない」
驚愕、憤怒、そして恐怖、それがダストンベリガモスを襲った。狂人である彼が感じた最後の感情。ダストンベリガモスは何度も何度も勢いよく杖を振り、黄色の閃光を、衝撃波を、電撃をアルフォントに向かって放つ。だがそんなものは通用しない。
アルフォントは《青剣》を抜く。その剣は青く光り、いっそう彼を輝かせる。
「メルサリア教国第一の騎士アルフォント・ヘルマ・サモラス。世界最高の武器を持って【左腕】を切り落とす者の名だ!」
その世界最高の武器は彼が手に持つ魔剣ではない。それは彼の後ろに立つ、屈強な戦士たちだ。
「なぜ!おまえなんかが!『神才』を!!」
アルフォントの振る《青剣》は青い閃光を放ちながら【左腕】ダストンベリガモスを切り裂いていく。青く輝くその光はダストンベリガモスの体を焼き、灰にしていく。彼は悲痛な叫びと共に灰となり消えていった。
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「アルフォント・ヘルマ・サモラス。またそれと共に戦った二十人の騎士に【左腕の屠り人】の称号を与える」
教皇の声と共にアルフォントたちは称号を得た。
その後、彼らはまた酒屋に集まり、宴をする。そこにはアルフォントの姿もあった。
「皆さん、今回はありがとうございました」
「礼なんていらねぇ」
「そうよ!アルフォントさんがいないと結局負けてたし!」
「そうだ!そうだ!」
騎士たちは前と同様騒ぎ、酒を一気飲みする。アルフォントは意を決してあることを告げた。
「どうか。これからも僕の武器として共に戦ってくれますか?」
アルフォントは騎士全員に頭を下げる。心からの願いだった。そして騎士たちの答えはもう決まっている。
「当たり前だろ」
こうしてここにメルサリア教国【理から外れし小隊】が結成された。
今連載している『小さき魔女と失われた記憶』という小説の外伝にあたります。この話の主人公アルフォントは後々登場する予定です。活躍はまだまだ先になりますが……。また、『小さき魔女と失われた記憶』の外伝やifストーリーはまだまだ書く予定なのでよろしくお願いします。
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