第13話
そんな私の判断と弟の言葉が正しかったことは、それから十分ほどで顕著にコース上に表れる。
私と同じように、解放感から速度を出しすぎた面々が次々にスピードを落とし、中にはコース脇で転がる人もいた。私は心の中で弟に礼を言い、そのまま先へと進んでいく。
しばらく駆けていると、途中に給水ポイントが現れた。道の左右にあるだけなら、ほとんどの人がそこをスルーしただろう。
けれどこの大豊穣祭は一味違う。左右にもあるが、参加者たちの頭上にも浮遊している。そちらを利用する場合は、掌を空に伸ばせばいい。そうすると、水の精霊たちが塩を溶かした小さな水球をいくつも掌に生成してくれるのだ。
私も掌を上に向けた。すぐにそこには一口大の水球がいくつも作られる。ありがとう、と聞こえているか分からないがお礼を口にして水球をいくつか口に含めば、手で握っても壊れない不思議な水球は弾けて一気に口の中が水でいっぱいになった。
ごくりと喉の奥に落とし込み、もうひとつ、と手を開く。
「あれ」
水球増えてるよ。聞こえてたのねお礼……。嬉しかったらしい水の精霊のサービスに素直に感謝し、私はさらに先へと進んだ。
やがて視界に写ったのは、やけに高い幅広の棒。が、何本も。その頂上には鐘が取り付けられているようだ。それだけでも、私は次の障害が何かを理解する。
私が辿り着いた時、ちょうど若い男の人がハンマーを振り上げた瞬間だった。それを見て、私は予想が当たったことを確信する。
棒の下部にはパッドが取り付けられており、そこにハンマーが打ち付けられると、小さな金具が棒に沿って上へと打ち上げられた。金具はぐんぐん頂上に上がっていき、最後に鐘を打ち鳴らす。
カーン、という小気味いい音が響き渡った。男の人は「よっしゃあ!」とガッツポーズを取って先へと進んでいく。その隣の棒では、別の男の人が失敗して列の後ろに向かわされていた。なるほど、やっぱり鳴ったら合格か。
回転が速いので、少し待つだけですぐに私の番が来た。回転が速かろうが、時間をロスしたくはない。私は右手を前の方に、左手を後ろの方にして柄を握る。
そして、ひと呼吸おいてから、薪を割る要領でハンマーを叩き下ろした。ハンマーの面はしっかりとパッドを捉え、金具はどんどん頂上に上がっていく。そして、他の棒が奏でる音と共に、大きな音を立てた。
「合格です。どうぞ先にお進みください」
スタッフさんに先を促され、私はさくさくと駆けだす。その時、集中が切れた私の耳にはようやく他の声が入ってきた。
一応棒には高さが調整されているらしく、何人かが「おいあっちの棒の方が低いからあっち行こうぜ」と慌ただしく背後で駆け回っているようだ。ちらりと軽く振り返り、私は納得する。なるほど、回転が速いわけだ。短めの方の棒に人が集中していた。
あの面々が全員終わるには時間がかかるだろう。今のうちにどんどん進もう。私は前を向き直り、先へと急いだ。
やがて見慣れた海が近付き、私は前を走る人たちに続いて浜辺に出た。そのすぐ近くにハーフチェックポイントがあり、たどり着いた参加者のそばにスタッフの人たちがすぐさま駆け寄る。
「現在2254位です。あと半分、頑張ってください」
道中何人も抜きはしたが、やはりあの鐘鳴らしで大分人がだまになっていたのが効いたらしい。想像以上に追い抜けていた。
かなり上に来た順位に、私は素直に頬を緩ませる。そんな私に共感してくれたのか、母と同じ年頃の女性は同じく笑顔でぽんと私の背中を叩き、送り出してくれた。私はお礼と共に走り出す。
折り返し、とは言っても今来た道を戻るわけではない。今度は港の近くの洞窟道に入り、そこからまた別の道に抜けていくのだ。
つまり、まずはこのさらさらした砂浜を抜けなければならない。恋人と砂浜で追いかけっこ、なんて憧れのシチュエーションだったけど、私は今日この時からそれを捨てる。
何なのだ、この足腰に来る強烈な負担は。さらさらと崩れていくから、普通の整備された道はもちろん、土や岩のように強度のある所のように力を入れることもままならない。
転ばないようにバランスを取りながら進んでいくと、前方から歓声――じゃない、悲鳴が聞こえてきた。さらに近付いていくと、うごうごと蠢く巨大な何かが何事かを叫んでいる。
『わっちの水分がーーーっ! いやああああっ、消滅する! 蒸発するーーーっ!!』
「暴れんなこら! 何でこんなでっかいウェーブススライム打ち揚がってんだ!」
「やーっ、痛い痛い痛い! 砂跳ね上げないでぇっ!」
「こんな暴れられてたら先に進めな――ぶっ!」
「触手振り回すなスライムー!」
『わっちの水分がああああああ!! 海っ、海はどこーーーーーっ!!』
なんという地獄絵図。コースを埋めるほど巨大なスライムが無数の触手を振り回して大暴れしている。
あのスライムはウェーブススライムという、海の中に生息するスライムだ。性格は温厚で、海で溺れている生き物がいるとあの触手で海から引き揚げ陸地まで送ってくれるという大変優しい生き物である。
の、だが、今はその触手が人々を傷つける武器となっていた。
私はその様子を見て、いや、この現状を引き起こした理由を察して、嫌悪に耐え切れず舌打ちする。
「……どこの馬鹿だ、こんな所に召喚したの」




