残りの時間*
私はしばらく立ち尽くしてしまった。
そして私はすべてを思い出した。
「そっか........そりゃ、そうだよね」私はぽつりと呟く。
うん....。そりゃ聞こえない...はずだよね、だって........
私は、母が見ている遺影に目を向けた。
私が笑っている。
「だって、死んでるんだもん。当たり前か.....」
そうだ。私はおととい、病院で死んだのだ。
俊也に手を握られながら、そこで私の時は止まった。
私の遺影を無言で見ている母を見ていると、私は、とあることを思い出した。
“人はこの世に肉体がなくなると、夜明けの時間まで、魂だけがこの世に残ることができる。
しかし、夜明けが近づくにつれ、だんだん記憶が消え始め、さらにその次は感情がなくなり始める。
そして、夜明けになると魂は浄化される。”
私の脳裏には、最愛の人の顔が浮かぶ。
こうしてはいられない。
現在の時刻は21時、私に残された時間は約8時間.....。
私はもう一度、もう一度、俊也に会いたい。
私は弾かれたように玄関へと走り、そしてドアを押す。
しかし、ドアは無情にも動かない。
どうやら、この世の物には干渉できないようだ。
触っている感触はあるのに。
動かせない。
「どうしよう......」私はドアからそっと手を放す。
しかし、こういう時の頭の回転は速いものだ。
私は、両親の部屋の窓がいつも開いていることを思い出す。
そして、すぐさま私は二階へと駆け上がり、両親の部屋へ向かった。
階段を上り終え、部屋に入ると父がいた。
私は驚き、部屋を出るが、すぐにその必要はないと気づき、再び部屋に戻る。
父はベットの上にずっと固まって、微動だにしない。
私はそんな父のもとへ行く。
父はしわしわになって色あせた画用紙を握りしめて、声を殺して泣いていた。
「お父さん......」
私は父が持つ画用紙へと視線を移す。
画用紙は涙で濡れていて、そこには、
“ ぱぱへ ぱぱ、だいすきだよ りんより”
と幼い字で書かれてあった。
「これって、私が幼稚園の時に書いたやつ.......」
私は何も言わず、そっと、父を後ろから抱きしめた。
きっと、父には分からないだろうけど.......。
私は父からそっと離れ、そして、窓に足をかけた。
外から入り込んでくる風が、私の髪をなびかせる。
私がここから飛び降りれば、もう家の中には入れない。
もう父にも、母にも会えない。
私は目をつぶり、大きく深呼吸をする。
「今までありがとう」
そう言い、私は飛び降りた。
風が私の体を引き裂くように吹く。
遠くの日々の思い出が、走馬灯のごとく蘇った。
不思議と怖さは感じない。
もう死んでいるのだから飛び降りたところで死なない。
私はひどく落ち着いていた。
そして、再び地に足がついた私は、最期に俊也に会うため、
夜の街を駆けだした。
最愛の人に会うために.........。