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傷だらけの少女

「殿下! 一体、何がどうしたって……、その子は?」

「倒れていた」


 あとをついてきたのかフェイが肩で息をしながらやってきた。少女を抱き上げた私を見て、目を丸くした。


「倒れていたって……まさか城に連れ帰る気かい? そのどこの誰ともわからない子を?」

「怪我をしているみたいだし、放っておけないでしょ。どいて」


 道を塞ぐフェイに声をかける。するとフェイは勢いよく頭を掻きむしり、奇声を発した。


「あーもう……その子を見せてよ、殿下」

「あ、……魔法?」

「姿隠しの紋だよ……簡易のね」


 私の腕の中の少女にフェイは杖を向けた。杖は緑に輝く紋を宙に描く。紋は少女に溶け込んで消えていく。

 少女の姿が見えなくなった。でも腕の中に重みはあり、見えなくなっただけなのがわかる。


「……ありがとう。フェイ。助かる」

「本当に、君ってお節介なんだからさ」


 これなら近衛騎士に見つからずに部屋に連れて帰れる。礼を言うとフェイはそっぽを向いてしまった。


 フェイの魔法のおかげで少女の存在を誰にも気取られることなく城までたどり着けた。

 私の部屋の周りには、近くは警護の騎士が多いし、いくらフェイの魔法があるとはいえ熟練の騎士ならば簡易の魔法程度は容易く見破るだろう。

 腕の中の少女はひどく熱い。

 どのくらい前に追った怪我なのかはわからないけど、熱が出てきているんだ。とにかく早く治療しないと……どうするべきか悩み、先生を頼ることにした。

 叱られることも覚悟して先生の研究室に行く。フェイと私と腕に抱える少女を先生は目を丸くしながらも、招き入れてくれた。


「まあまあ……ひどい熱ですねえ」


 ベッドに寝かされた少女の容態を診ながら先生が呟く。少女の額の汗を拭き、服を脱がせつつ、体にまかれた包帯をゆっくりと先生が解いていく。その様子を私とフェイは固唾をのんで見守ろうとして、


「後ろを向く」


 振り返った先生に釘を刺されてしまい、慌てて二人から背を向けたのだった。気まずくなり、黙り込んだ私たちの背後からはしゅる、という布の擦れる音だけが聞こえてくる。


「あの子……一体どうしてあんなところにいたんだ?」

「さあ、でも一つ言えるのはまともな理由ではないということだね」

「そう思う?」

「当たり前だよ。あんな不衛生な袋小路で隠れるみたいに倒れていたんだろう? どう考えても普通じゃない……ああ、失礼。君は普通が嫌いなんだったか」

「……嫌味はやめてよ」


 治療を待つあいだ、小声でフェイと話しをした。鼻で笑うフェイにため息を吐く。

 あの状況では、少女は確かにまともでなく、普通でないものを抱えているのだろう。それくらは私にだってわかる。

 フェイが止めたのも、そういう厄介なことを城に連れ込めばどれだけの被害が出てしまうかわからないからだと思う。

 城では多くの人が働いている。魔法師も騎士も、剣とも魔法とも程遠い人々もだ。

 そういう人たちを守るための剣と魔法だけど、私は少女の存在を隠して城に連れてきている。普通に考えて、よくないことだ。

 そして今は先生に頼り切ってしまっている状況だし……それでも見つけてしまったあの少女を放っておくなんて、私には耐えられる気がしなかったのだ。

 危険なものを見捨てることは簡単で安全だけど、私はたぶん、その罪悪感に耐えられない。


「ああ……これは、まさか…」


 先生の驚く声。

 続くように背後から悲鳴が聞こえた。


「!?」

「師匠!?」

「いやああああっ!!」

「お、落ち着いてくださいい……」


 振り返ると少女が目覚めて泣き叫んでいた。古い包帯は除かれて、ほとんど裸の状態で暴れている。

 見える肌のあちこちに痛々しい裂傷がぱっくりと開き、生々しい赤を晒す。傷が開き、そこから血が流れだすのも気にしていない。先生を押しのけて、どうにか距離を置こうとしている。

 手負いの獣のようでただひたすら、痛々しい。


「落ち着いて」

「さわるな! やめろ! やだ、! やだやだ!!」

「大丈夫だから」


 先生と少女の間に割って入った。暴れ続ける少女を落ち着かせようと声をかけ、手を伸ばす。少女の腕が何度も飛んできて、爪が何度も私をひっかいた。

 細く見える腕なのに、それだけ必死であるのか。一撃一撃がとんでもない威力を持っている。

 正直、痛い。それでもあきらめずに手を伸ばした。


「っぐ、」


 最も重い一撃が腹に入った。思わずうめき声が出るも、少女の動きが一瞬止まってくれたおかげでようやく少女の体に触れられた。

 傷に触れないように注意を払いながら、ぎゅっと抱きしめる。ハグは人を落ち着かせることがあるって聞いたことがあった。


「怖がらないで。誰も傷つけたりしないよ」

「あ、おま、え……なんで」


 少女がようやく落ち着きを取り戻したのか、やだ、触るな以外の言葉を発した。腕の中の少女を見下ろす。赤い鮮やかな瞳が、大きく開かれて私を見つめていた。


 その目に浮かんでいたのは、驚愕と怯えだった。


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