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え?私が王子なんですか?

 私が男になったのは、17歳のころだ。


 私はどこにでもいるような高校生だ。個性は少しオタク気味で、本の虫だったことくらい。たぶん。

 いつものように駅で電車を待っていた。二駅ほど離れた高校まで、普段は自転車通学なのだけど、寒い冬の間は電車通学を許してもらっていた。

 灰色の空からはちらちらと雪が降りだしていて、吹き込む風はすごく冷たい。

 むき出しの素足は赤く、冷え切って感覚がなくなるほど寒い。足元から寒さが昇ってきて、風が吹くたびに体を抱きしめてぶるぶると震えた。

 コートは膨れて見えるからあまりしたくなかった。下がってきたマフラーを顔の半分まで上げる。手はカイロを握りこんでポケットに突っ込んだ。

 いつもはソックスじゃなくて分厚いタイツをはくけど、寝坊してしまってタイツをはく時間も惜しかった。だから、私は冬の一番寒い日の朝にソックスで、雪が降る中、電車を待っていた。

 線路内でオレンジが光り出す。ホームに電車が大きな音をたてながら入ってくる。電車のライトが見えた。それに合わせて私は乗り口に足を進めて、それが最後の記憶。


 そうして私は、気が付くと美少年の姿へと変わっていた。

 ……つまりどういうことだって? 正直な話、私自身も何が起きたのかはわかっていない。

 私という人間は確かに花もときめく()17歳の女子高生であったはず……それなのに気が付いたときには金髪に、同色のまつげが彩る青い瞳をしたおとぎ話にでも出てくるような美しい少年になっていた。


 赤と金を基調に豪奢な家具を揃えられた、見るからに高級ホテルもかくやというような、ゆったりと落ち着けるよう工夫の施された一室。床には柔らかな絨毯が敷かれて天井はあたたかな色合いの寄せ木模様だ。

 天蓋付きの大きなベッドにベルベッドの張られたソファーや、椅子。横幅すら身長以上もある衣装ダンスにはこれまた豊富な衣装たち。

 そしてその横に置かれた丸い縁のなかには金髪碧眼の美少年が映り込んでいる。鏡である。ならば、この鏡の中の少年は?

 訳も分からず頬を抓った。鏡の中の少年も同じように頬を抓り、じんとした痛みが生じた。美少年は私だった。


「うっそだろ!!?」


 思わずさけび、声すら覚えのないソプラノで頭を抱える。


「どうされました!! ウルバノ王子!」


 すぐに、叫びを聞きつけたのか執事の恰好をした白髪の老人がやってきた。爺やみたいな姿をした人物の登場に私はまた慌ててしまう。

 老人は私の前までやってくると心配そうに跪く。


「王子?」

「あ、あの……どなたですか」

「王子!?」


 あんまり心配そうにするもので、私も正直に話してしまう。そしてとんでもない騒ぎになった。老人は


「ウルバノ王子がご乱心だ!」


 なんて叫び、部屋を飛び出していく。もしかしてだけど、その王子って私のこと?


 老人はすぐに宮廷医師だというふくよかな男性を連れて戻ってきた。そうしてあれよこれよと記憶喪失であると診断された。

 そりゃまあ、そうなる。実際にウルバノ王子とやらの記憶は私にない。


 しまいには父であるという国王までやってきて……何も言わずに私の頭を撫でるだけだった。知らない手であるはずだけど、大きなそれに頭を撫でられ、少しだけ落ち着くという不思議な感覚を味わった。


 どうやら、私はウルバノという名前で、国王の息子。つまりは王子であるらしいのだ。そしてどうしてか記憶喪失になっていて……?

 私からすると“私”が突然、ウルバノ王子になってしまったという状況なんだけど。情報を整理すると、つまり私がウルバノ王子に生まれ変わっていて何かの拍子に(この場合はおそらく前世を思い出したことだ)ウルバノとしての記憶をなくしてしまったのだと思う。

 どうしてそんなことに? と悩んでいると宮廷魔法師という人物が答えを教えてくれた。


「これはあ……魔法でございますねえ。殿下に魔法の名残がございますう。その魔法のせいで記憶をなくされてしまったのでしょうねえ」


 じゃらじゃらと飾りのついた三角帽子を被る、ふわふわとした茶髪の人物は、歌うように告げた。自分で言っていて宮廷魔法師ってなんやねんとだな。

 細い小枝の絡み合う形の杖を持ち、魔法師は紫に発光する不思議な文様を宙に描く。


「ひとまずはあ、これ以上、殿下が魔法に脅かされないよう魔法避けの紋を贈っておきますねえ。これで大抵の魔法は弾けますよう」

「その私にかかっているという魔法は解けるのでしょうか」

「無理でございましょうねえ。魔法をかけた本人が自首でもするなら話は別ですがあ、記憶を消してしまったのか、奪われたのか、それすらも判別としませんのでえ。一つ一つ、解呪をしていってもいいですがあ、そうすると殿下の脳が壊れてしまうかもしれませんねえ。とくに、脳に関係する魔法は繊細ですからあ……」


 私の問いに外見のふわふわした雰囲気に反して、魔法師はひどく悔しそうに首を横に振ったのだった。

 そうして王子の記憶喪失事件は解決しないまま幕を閉じた。

 一国の王子が突然、それまでの記憶をなくしてしまったなら騒ぎにもなるというものだ。むしろこれだけで済んでもしや、幸運だったのでは?私にとってどうなるのかは、わからないけど。


 解決方法がない、というなら私はウルバノ王子として生きていくしかないわけで、騒ぎが落ち着いてはじめにしたのは魔法師に頭を下げて魔法を習いたいと頼み込むことだった。


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