幸か不幸か分かれ道
道の真ん中に人が立っていた。
その先には分かれ道があって、右側の道を行けば白い服を着た人間。
左側の道を行けば黒い服を着た人間が立っていた。
そんな二人に共通することはただ一つ。
表情が見えないように顔をフードで覆っている。
「こっちにおいで」
二人は真ん中の人間に言う。
「こっちに来ればこれから感じる辛さも苦しみも何も気にしなくていいんだよ」
黒い服を着た人間が言う。
「こっちに来ればこれから感じることができる温かさや希望を感じることができるよ」
白い服を着た人間が言う。
二人にそう言われた真ん中の人間。黒と白。その中間の灰色の服を着た人間。
その思考はふらふら。考えがまとまらない。
「何を迷うの?こっちの世界においで。
こっちの世界は優しさ、温かさ、愛おしさを感じることができるよ。
それらはとても素晴らしいもの。それらは君が愛されている証拠」
白い服を着た人間の言葉に灰色の服を着た人間の足が少しだけそちらに向かう。
「何言ってるの?」
その動きを遮る言葉を発した黒い服を着た人間。
「そんなの所詮まやかし。誰もが皆そうだとは限らない。
誰もが確実にそうなるとは限らない。
ねぇ、その言葉のどこにそうだと言える確信があるの?」
「ならば黒。そう言うお前こそその言葉のどこに確実だと言える根拠がある?」
白い服を着た人間は、黒い服を着た人間を『黒』と呼び、
反対に黒い服を着た人間は、白い服を着た人間を『白』と呼んだ。
「わお」
そして黒は、白の言葉に大げさに驚いたふりをする。
そのふざけた黒の表情に白は思わず眉間に皺を寄せる。
「へぇ、白でもそんな顔できるんだ」
そう言って黒はにやりと笑う。
「うるさい。さっさと言えよ。お前のことだから言えるんだろ?」
「当たり前」
そう言って黒は一歩前に出る。
「だって今までこの目でずっと見てきた。
この目に映る世界の中の人間は、どれもどれも自分ではどうにでもならない現実と言う名の高い壁に苦しむ姿。
理解されないことに傷つき、苦しんで。
そして少し“違う”だけで周りから排除され、一人で苦しみ、そして死んでいく。
そんな人間達に誰も救いの手を出さないじゃないか。
強欲で傲慢。まさにその世界を現すとそう。
自分がよければ後はどうでもいい。
表では“そうじゃない”と言い張る人間も心の中ではそう思っているのに違いない。
そんな負のことしかない世界にその子を行かせるの?
それにあんたが言う温かい世界はその中のたった一握りでしかない」
そんな苦しみしかない世界で生きたいと思うの?そんな苦しみを味わいと思うの?
その言葉に灰色の服を着た人間の足が白の方向から黒の方向へ向かう。
「そうでしょ?苦しみは誰も味わいたくないもの。
こっちにおいで。苦しまない世界に一緒に行こう」
そう言って黒は手を差し出した。
ふらふらとその黒の方向へ向かう灰色の服を着た人間もまた手を伸ばした。
その手と手が触れる瞬間。
「苦しみも辛さも感じない世界は、ただの“無”でしかない」
その言葉に灰色の服を着た人間の動きが止まる。
「黒の言う世界は“無”の世界。
自分自身も誰なのか分からないそんな世界。それにさ…
苦しまない世界なんてないんだよ。
こっちの世界から逃げて黒の世界に行っても君は苦しむ。
黒の世界から逃げてこっちの世界に来ても君は苦しむ。
でもさ、“無”の世界で自分自身の存在がわかなくてもがくよりも、誰かが君の存在を知っていて、誰かが君を見ている世界で苦しんだ方がいいと思う。
そしていつかは…その苦しんだ答えが出てくるよ。だって君は一人じゃないんだから」
「さーすが白様。素晴らしい考えをお持ちで」
皮肉っぽく黒は言う。
「でもさ、どんなに努力をしても、どんなに悩んでも誰かが理解してくれるとは限らない。
この子にとって一番近い人間でも理解してくれるとは限らない。
勝手に綺麗ごと言って…これからのことに変な希望や期待を持たさないで」
「君こそ勝手なこと言うなよ」
白が口を開いた。
「何も知らないこの子に負の期待だけを持たせるだけ持たせてこの子の未来を奪うの?
この子が“決める”権利を奪うのは君にもこっちにもないよ。……ねぇ」
その時白は灰色の服を着た人間に視線を移した。
「灰色。君はさっきから黙っているけど何かないの?正直これは…君自身のことなんだよ?」
白は灰色の服を着た人間のことを“灰色”と呼んだ。
灰色は白の言葉に白を見、そして同じように黒を見た。
灰色を見つめる黒と白の視線。その二つの視線は、灰色にとって酷く居たたまれなくて。
視線を下に移した。その頭の中ではぐるぐると二人の言葉が回っていた。
―――――苦しみは味わいたくないけど温かさには触れたい―――――
―――――温かさには触れたいけど苦しみは味わいたくない―――――
ちらっと灰色は視線を二人に移すと、そこには黒と白が灰色に向かって手を伸ばしていた。再び視線を下に移せば自分の足。
灰色は目を閉じた。自分の考えを決めるために。
問われた言葉の答えを導き出すために。
そして顔をあげた瞬間。灰色の答えは出ていた。
差し出した手の方向がその答えを意味していた。
掴んだ手はどちらだろう。掴んだ手はどんな答えを出しただろう。
これは「生」を受ける前をイメージしたものです。
ようするに赤ちゃんがこの世に生まれる前の出来事といえばわかりやすいでしょうか?
しかしこんな出来事が本当にあってこの世に生まれてきたとしたら、殆どの赤ちゃんが「白」の言葉を選んでるってことなんでしょうね。