王族
「…正真様。お久しぶりでございます。」
王石は恭しく、少年の前に跪いた。少年の名は孫正真。年の頃はまだ十六である。
「兄上、そのように堅苦しい挨拶はよいではありませぬか。」
「正真様。ご無礼とは存じますが、兄と呼ぶのはやめてくださいと前に申し上げたはずです。」
王石はきっぱりと言った。勿論、正真は王石の弟などではない。そもそも、彼はかつて王石の直属の上官であった。
孫正真は現真国侯の息子で、一軍副官、孫利尚の甥である。確かに、王石の方が年上ではあるが、身分には天地ほどの差異がある。
「よいではありませぬか。私は兄上を実の兄の如く思うておるのですから。」
王石は心の中で再び溜息をついた。龍王族というのは皆、こう不可思議なのか。
王石が返答に窮していると、思い出したように、正真は言った。
「ああそうだ。私、本日はお祝いを申し上げに来たのです。」
「祝いですか。」
「御前試合に出場なさるとか。私、それを聞いて居てもたってもいられず、来てしまったのです。」
今頃、第二団の連中は彼を探して慌てふためいていることだろう。
「正真様もご出場と伺いましたが。」
王石の言葉に、正真は頷いた。嬉しくて堪らないとう表情であった。
「そうなのです。兄上の試合を真近に見ることができるなんて、こんなに嬉しいことはありません。」
正真にとって、自分が出るか否かはさほど重要ではなかった。そもそも副官の甥であり、龍王族である彼には、試合に出ることそのものは大した困難ではなかった。
「叔父上はようやく分かってくださった。」
正真はにこにことして、言った。
なるほど、と王石は思った。御前試合に出るためには、副官の推薦が要る。王石の所属する団は孫副官の所掌であったが、誇り高い王族である孫副官がなぜ王石を推したのか甚だ疑問であったのだ。しかし、それも氷解した。要するに、正真がねだったのである。甥の頼みを容れたというわけだ。
因みに、王石のこの見解は、少しばかり的を外していた。確かに正真が頼んだのも事実だが、利尚という人はそれで自分の意見を変えるような人間ではない。利尚は王族至上主義者であるが故に、龍の皇子を崇敬し、龍五軍の中で、龍の皇子を奉戴する唯一の軍である一軍を誇りに思っていた。そしてその軍こそが、どのような場合においても最強であるべきと信じていたがために、王石を選んだのである。