少しだけの昔話
「・・・。」
布団に横になって天井を見つめる。彼女は帰った後、少しはにかみながら「また、来ても良いですか?」と言った。僕は「時間があったらいつでも。」と答えた。
「はー、僕は馬鹿だ。それじゃあまた家においでと言っているようなもんじゃないか。」
ゴロゴロと布団の上を転がる。男女が二人っきりでいる時点でやばいのに、男の方の家って
「・・・危機感なさすぎ・・。」
このことは早く忘れようと漫画を手に取った瞬間、母が大きな声で呼んだのでそちらに向かった。電気を消し忘れていたのに気づいたのは大分後だった。
そうそう、この前清水さんが僕の部活をみたいななんて言ってたから話そうと思う。僕は剣道部だ。まあ成績はそこそこって感じ。部全体としてもまあそこそこな感じ。ほとんどが女子だから、僕らはかなり雑な扱い。それももう慣れたけれどしょうがないよね。
「海里。やるよ。」
「はーい。」
この部活は決して嫌いというわけでは無い。メニューがきついだけで。それに思い出もある。先輩を好きになったことだ。先輩はもう卒業してしまった。だからあまり会えない。黒く長い髪を揺らし、綺麗に面を決めたのは今でも僕の中に鮮明に残っている。おっと、これ以上は話せないみたいだ。僕は面を打たれ、部長に集中してないぞと怒られた。
松木恋華先輩の第一印象は同士だった。副部長でありながら、僕の同級生の船本空に馬鹿にされてばかりで叩かれたり馬鹿にされたとしてもずっと笑っている様な人だった。それでも特撮系の話をすると違った。妥協はない。否定することなく全てを褒める。少しでも否定するとすぐにそんなことは無い!と飛んでくる、熱烈な特撮オタクだった。
そんな彼女が気になり出したのは一年の梅雨頃。もう半分ぐらい三年生のいる時間が過ぎた頃だった。「松木先輩。鍵、開けておいたので。」
「ありがとう。てか、先輩って呼ばれるの嬉しいな。君は言葉も丁寧だしね。」
「…でも、斎藤先輩とかいましたよね?今、二年生の。」
「あー、あいつらは一回も私のこと先輩って呼んだことないから。」
彼女は少し悲しそうに笑っていた。
僕はとても単純だったと思う。女性に初めてという言葉を使われただけでもっと話したいと思ってしまったから。それから毎日のように頑張って話題を見つけては彼女に話しかけていた。彼女が笑うと鼓動が五月蠅くて、変にかっこつけたくなって、きっと恋なのだと錯覚していた。
しばらく経ち、空が僕にしつこく話しかけてくる期間があった。理由としては同じ部の氷室先輩が好きらしく恋の悩み相談話をしていたことだろう。もちろん僕は付き合ったことは無いが、周りの女子の悩みを聞いている内に何となくだが話せるようになった。
しかし正直、空とはあまり関わりたくなかった。暴力的、暴言も吐きまくり、顔はそこそこ整っているが、酷い噂が絶えない奴だ。そして最悪なことに、松木先輩から距離を取られるようになったのだ。空の仲間=暴力的だろう。それと何気なく僕の恋愛までに踏み込んで来ようとする。それが一番気に食わなかった。
「ねー知ってる?恋華って好きな人いるらしいよ。」
「…へー、そう。」
突然のことに頭が回らず適当に返事をしたが、かなりショックだった。彼女に好きな人がいる?推しですら恋人無し、旦那無し、片思いも無いという原作忠実者兼カップルは応援するものな僕はもう心が折れそうだった。初めて見た漫画の推しに旦那がいて、すぐに諦めた得と同じぐらいショックだ。
「あ、恋華ー。ねえねえ、好きな人って誰?」
タイミング悪くも彼女が現れ、空に捕まった。返答に困っているようでおどおどしていると奥で別の先輩が空を呼んだ。空は面倒そうにそちらに行き、僕は先輩と向き合った。
「あー、何か踏み入ったことを聞いてしまってすみません。」
「あ、ああ。良いんだよ。気にしないで、空の事だから。」
「…失礼ですが…片思い、なんですか?」
この時、こんなことを言わなけばもう少し楽に過ごせたのに。僕は馬鹿だ。
「実は、小学校の頃から…ね。」
耳まで顔を赤くして恥ずかしそうに彼女は答えた。
「とってもかっこよくて、運動も出来て、こんな私にも優しいから。でも、結局その人は別の人が好きらしくて…今だ引きずっているんだ。」
「そ、うなんですか…でも、先輩だって可愛いじゃないですか。」
「え、あ、うん。ありがとう…」
「それに好きな物を好きって言える先輩の方が先輩らしいですよ。誰が何を言おうとこれが好きって言えるじゃないですか。」
精一杯の笑顔でそう言うと先輩は部活を飛び出して、どこかに走って行ってしまった。その時の顔はとても可愛くて、自信に満ち溢れていた。
それから、先輩とは少し距離を置いた。噂によるとどうやら成功したらしく、よく女子の中で恋バナに混じっているところを目撃するようになった。
「あーあー、残念だね。」
友達を待とうと玄関で本を読んでいると後ろから空に話しかけられた。
「何が?」
「恋華だよ。付き合ったんだってね。ドンマイ。」
「別に良いんだよ。好きな人がいるならそれで。」
「うわっ優男だねー…じゃあ、私が狙っちゃおうかな?」
隣に座り、僕の顔を覗き見る。可愛い仕草ではあるが
「お前はどんなことがあろうと付き合うことは無い。」
はっきりと言い、その場から逃げるように帰った。次の日から、空は一切僕に話すことは無かった。




