第十五話 最強の陰陽師、また入学式に出る
魔族の襲撃から、数日後。
学園の入学式は、予定通りに行われることとなった。
いくつもの魔法の灯で荘厳に彩られた講堂も、さすがに三回目ともなると見慣れた。
緊張のためか、硬くなっている新入生たちの姿も、例年通りだ。
ただ、去年までは見ているだけだったぼくにも、今年は仕事がある。
つつがなく進行していく式の様子をぼんやり眺めていると、急にアミュが笑いながら背を叩いてきた。
「あんた、何ビビってんのよ!」
「痛いな……別にビビってないよ」
「嘘ね」
「……よくわかったな。本当は少し緊張してる」
こういう役回りは、決して得意なわけではない。
とはいえ、引き受けてしまった以上はもうどうしようもないが。
「君の時はどうだったんだ?」
「ん?」
「一昨年の話だよ。新入生の代表で挨拶してただろう」
「あー、あの時?」
料理を取る手を止めて、アミュが答える。
「あたしは緊張なんてしなかったわよ」
「へぇ。そりゃすごいね」
「あの頃はちょっと斜に構えてたから、挨拶なんてくだらないー、って思ってたのよ。今だったら、もっと緊張すると思うわ。さすがにね」
「ふうん……」
「でも、なんだか懐かしいわね。あの時はデーモンのせいで、あたしの言おうとしてたこと最後まで言えなかったんだったわ」
「挨拶の内容は自分で考えたんだよな? なんて言おうとしてたんだ?」
「なんだったかしら? ええっと……」
アミュは少し考えた後、話し始める。
「今日、みなさんがどのような理由でここにいるのか知りません。あたしがこの学園に来たのは、ただ――――強くなるためです」
「……」
「あたしの求める強さとは、冒険者の強さです。モンスターを倒し、仲間を守れる強さ。こんな理由でこの学園に来たのは、もしかしたらあたしだけかもしれません。だけど……強くなりたいという思いは、みな同じく持っていることと思います。求める強さはそれぞれ違うでしょう。それでも強さを求めるのなら、あたしたちはみな同じ目的を共有する仲間です。これから、共にがんばりましょう。以上。……こんな感じだったかしら? なんか普通ね。一応、真面目に考えたんだけど……」
「いいじゃないか」
ぼくは素直に言った。
「話の運びや言葉の選び方がうまいな」
「は、はあ? いいわよ、そういうの」
「本心だよ。修辞学なんてどこで習ったんだ?」
「難しいことはよくわからないけど……パパとママが、昔よく勇者やいろんな英雄たちの物語を聞かせてくれたのよ。その中の台詞とか……あとは、酒場で酔っ払った冒険者がしてる演説を、参考にした。大半は聞けたものじゃないんだけど、たまーに、ぐっとくるのがあるの。そういうのとか」
「なるほどな」
アミュらしい話だ。
この子も決して頭は悪くない。勧学院の雀は蒙求を囀るというが、見聞きしたものの中から知らず知らずのうちに学び取ったのだろう。
「それ最後まで話せてたら、他の生徒の見る目も変わってたかもしれないな」
「やめなさいよ、もう……ううん、でもそう言われると、なんだか惜しかった気がしてきたわね……。あの騒動、結局なんだったのかしら? いろんな噂は立ってたけど」
「……さあね」
「あの時、がんばってデーモンを一体倒したのよね。そういえば、あんたはなにしてたの?」
「……召喚獣のようだったから、喚んだ術士を探しに行ってたんだよ。見つからなかったけど」
「へぇ。あんたらしいわね」
この子は知らない。
あの襲撃が、自分を狙ったものだったことを。そしてつい先日にも、同じようなことが起こっていたことを。
ぼくは話を逸らす。
「あの後の君はかわいそうだった。命を賭けてモンスターと戦ったのに、他の生徒には怖がられて」
「そういえばあんたそんなことも言ってたけど……あれって本心だったの?」
「本心だよ。嘘だと思ってたのか?」
「普通に適当なこと言ってるんだと思ってたわ。あの頃のあんた、うさんくさかったから」
「ひどいなぁ」
「あはは。それが、こんなに仲良くなるなんて思わなかったわ」
「時が経てば、人の関係くらい変わるさ」
「そうね。あれからもう、二年も経ったんだものね」
二年も、か。
ようやく十五になるこの子にとっては、二年という歳月も十分に長いものなのだろう。
入学式はつつがなく進んでいく。
ぼくの出番も、次第に近づいてくる。
「……じゃあ、そろそろ行くよ」
「あれ、セイカくんもう行くの? が、がんばってね!」
「……。がんばって」
後ろの方で喋っていたイーファとメイベルが、ぼくを見て言う。
アミュはというと、笑っていた。
「なに喋るのか楽しみにしてるわね」
「……そんなに期待されても困る。無難に済ませてくるよ」
苦笑いを浮かべながら、演壇へと歩みを進めた――――その時。
講堂の入り口付近で、ざわめきが起こった。
思わず顔を向ける。
新入生の集団を割って現れたのは……揃いの鎧と剣で武装した、十数人の人間だった。
反射的に式を向けかけるが、抑える。攻撃してくる様子はない。
だが、新入生の入学を祝いに来たようにも思えなかった。
リーダーとおぼしき一人が、声を張り上げる。
「静まれッ! 我らはディラック騎士団! 主であるグレヴィル侯の命により参った! ここにアミュという娘はいるか!」
ざわめきが大きくなる。
「剣の使い手である、アミュという娘だ!」
生徒たちが、次第にぼくらのいる方へ顔を向け始める。
ぼくは迷う。
これは、なんだ。
どうすればいい――――、
「あ、あのっ……」
すぐそばで、声が上がった。
「アミュは、あたしだけど……」
アミュがおずおずと手を上げる。
鎧の集団が、一斉にこちらへと視線を向けた。
そしてリーダーを筆頭に、人混みを押しのけながら強引に近づいてくる。
「どけ!」
その中の一人に突き飛ばされ、ぼくは無言でよろめき、尻餅をついた。
「っ! ちょっと!」
「冒険者クローデンの子、アミュだな」
狼藉に抗議するアミュへ、リーダーが淡々と問う。
「そうよ! あたしに何の用?」
「貴様には帝国に背いた咎がある。認めるな?」
リーダーの言葉に、アミュが戸惑ったように問い返す。
「え……? なによ、それ」
「貴様は先日、学園を訪れた魔族領からの特使を殺害するという、帝国への重大な背信行為を行った。この事実を認めるな?」
「は……?」
アミュが目を丸くする。
「し、知らないわよそんなの! あたしそんなことしてない!」
「あくまで認めぬか、それでも結構。これより貴様を帝都まで連行する。その体の芯まで罪を問うた後に、裁判へかけられることとなるだろう。楽な刑になると思うな。……お前達、この娘を拘束しろ」
「ちょ、ちょっと! やめてっ!」
騎士たちが数人がかりでアミュの手をひねり、後ろ手に縄で縛っていく。
「そ、そのっ……ま、待ってください! アミュちゃんは、そんなこと……」
「イーファ」
ぼくは尻餅をついたまま、声を上げかけたイーファを制す。
「やめなさい。メイベルもだ」
メイベルが一瞬固まって、何かを掴んでいた手を制服の中に戻した。
それからぼくは笑顔を作り、アミュへと言う。
「アミュ。心配ないよ」
「え……」
「君は無実なんだ。きっとすぐにわかってもらえるさ。皆……そうせざるを、えなくなる」
「なんだと貴様、我らを愚弄するかッ!」
「やめろ」
ぼくに詰め寄る騎士の一人を、リーダーが一語で制止する。
「ここには貴族の子弟が在籍している。無用な諍いは起こすな。行くぞ」
リーダーが踵を返すと、騎士たちがそれに続く。新入生や生徒たちは、今度は黙って彼らに道を空けた。
「っ……」
縄を引かれるアミュが、一瞬こちらへ顔を向けた。
だが強く縄を引かれると、すぐにそれは背けられ、不安そうな表情が赤い髪の向こうに隠れる。
ぼくはその様子を、黙って見ていた。
「……」
彼らの姿が講堂から消えるまで――――じっと、静かに見ていた。





