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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
五章(聖皇女と勇者編)

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幕間 神魔ゾルムネム、学園にて


 不思議な響きの言葉が、全員の耳朶(じだ)を叩いた。

 皆、一斉に声の方を見やる。


 一人、少年がいた。


「これ、妖怪退治を生業(なりわい)にしていた、とある剣士が詠んだ歌でね」


 宙に浮かんだ見慣れない形の魔法陣に腰掛け、こちらを薄い笑みで見下ろしている。


 なぜ、誰も気がつかなかったのだろう。

 そう思うほど、その姿は唐突にそこに現れていた。


 少年の口は、先ほどの奇妙な言語ではない、意味のわかる言葉を紡ぐ。


「夕暮れ時の来客には気をつけろ。子供の姿をした存在が、突然に牙を剥き、鬼火を纏うかもしれない……そんな意味だよ。臆病な男だったが、言っていることは一理ある。黄昏時は人と人ならざる者とを見分けにくいからね。この(ゆう)(がすみ)のせいで、君たちもすぐには気づかなかっただろう? ここらの人影が、すべてぼくの式神であることに」


 ゾルムネムは、静かに自身の宝剣を抜いた。

 剣呑な相手だ。戦士としての勘がそう告げている。


 こちらの戦意をどう捉えたのか、少年が笑みを深める。


「近くで見るとすぐわかるんだけどね。獣と違って、人は人の顔かたちや仕草に敏感だ。人間の式神はどうしても違和感のあるものになってしまう。造形の感覚が優れた術士などはうまく作るんだけど、ぼくはどうにも不得手でね。まあもっとも……魔族である君たちには、人間の顔などよくわからないかな?」


 少年は、どこか楽しげに話し続ける。


「あー、でも、そこのでかいの。君が戦ってたやつだけは本物だよ。強いでしょ、あの子」


 どう仕掛けるべきか。

 剣か、魔法か。

 何が弱点で、どんな奥の手を隠し持っているか。


 情報は重要だ。敵を知ることは、あらゆる戦いを有利に運ぶ。

 初見の相手と対峙するにあたり、自らのステータス鑑定がどれほど有用か、ゾルムネムはよく理解していた。


 ゾルムネムは、少年を視る(・・)――――――――。


「ふむ……わかるぞ。それなるは堅なる者であるようだ。それも……尋常ではないほどの」


 ムデレヴが言い、少年へと歩み出る。

 武人としての生で初めて相対するほどの強敵に興奮しているのか、その顔には喜悦の表情が浮かんでいる。


「相手として、これ以上望むべくもなし。さあ、力比べといこ……」


 その顔が、飛んだ。


 武人の厳めしい頭が、いくらかの血しぶきと共に、石畳に転がる。

 その顔には、喜悦の表情が張り付いたまま。

 少し遅れて、首を失った赤銅色の巨体が、ゆっくりと地面に倒れ伏した。


 突然のことに、全員が凍り付く。


「あれ、死んじゃった」


 そんな中。

 少年だけが、拍子抜けしたように呟く。


 いつの間にか手にしているのは、小さなナイフと、人の形をした呪符。

 ただし、呪符には頭の部分がない。

 今し方ひらひらと地面に落ちた紙片が、それだろうか。


「呪詛への耐性が低すぎる。かつて(あい)(まみ)えた盗賊の(かしら)などは、これを喰らっても首から血を流しながら向かって来たというのに……まったく、鍛え方が足りないね」


 少年は、取るに足らない者へ向けるような視線で、鬼人(オーガ)の死体を見下ろしている。


 ムデレヴが、あっけなく死んだ。

 鬼人(オーガ)族きっての武人が、その棍棒すら振り上げられないままに。何をされたかもわからぬうちに。


「ムニャ……死んで……」


 総毛立つような力の気配に振り返ると、ピリスラリアが額の邪眼を見開いていた。

 その色は、見たことのないほどの不気味な赤に変わり、輝いている。

 おそらく、これが仲間にも初めて見せる、彼女の全力なのだろう。


 だが――――駄目だ。

 ゾルムネムは思わず口走る。


「やめろ……」


「へぇ」


 少年は、ただおもしろそうに呟くのみ。

 その姿が石に変わることもなければ、苦しむ様子もない。


「邪眼か。その姿、三眼(トライア)だな。人間の邪視よりは強力そうだ。どれ、こいつと勝負してみろ」


 宙に浮かぶ呪符。

 その周囲の景色が歪んだかと思えば――――突然に現れたのは、ワームにも迫るほどの、巨大な白い蛇だった。

 その両目は潰れている。明らかに光を映していない。


 奇妙な召喚術。あれは契約しているモンスターなのか。だが、あのような種は伝え聞いたこともない。


 白い大蛇が、その鼻面をおもむろにピリスラリアへ向けた。


「っ……! か……は……っ!」


 浮遊するピリスラリアが、急に苦しみだした。

 いつもまどろんでいた両の目は限界まで見開かれ、第三の眼はぐりぐりとあらぬ方向を向いて回り続ける。両手は胸を押さえ、口からこぼれるのは掠れた喘鳴だけ。


 やがて――――浮遊の重力魔法が消え、ピリスラリアが地面に落ちた。

 三つの目を見開いたまま横たわる三眼(トライア)の呪術師は、すでに事切れていた。


「どうだい、(しん)()すら止めるほどの強力な邪視は」


 少年が薄い笑みと共に呟く。


 邪視、と言った。

 ありえない。

 あの大蛇は、確かに両目が潰れている。


「知っていたかい? ヘビの中にも第三の眼を持つ者があるんだ。こいつは白蛇(はくだ)という、年経たマムシの変化(へんげ)でね。鼻の近くで赤外線を見ることができる。わかるかな、赤外線。虹の赤の外側にある、熱を運ぶ光だよ。まあ古代ギリシアの言葉を直訳しただけだけどね」


 少年の言を、ゾルムネムは理解できない。

 話しているのは、博物学の知識なのか。だがハクダというモンスターも、古代ギリシアという国も聞いたことがない。


 その時、白い大蛇がスッと首を引いた。

 次の瞬間、石畳を割って地中から姿を現したのは、長大な体をもつワーム。ロ・ニの使うミーデだ。

 大蛇の頭を食い損なったミーデは、その(あぎと)を上空で反転させ、再び少年のモンスターへと襲いかかる。

 だが大蛇に鼻面を向けられた途端、その体が硬直。地面へ横倒しになり痙攣し始める。


 しかし、ミーデは目的を果たしていた。


 ワームの巨体と砂埃に隠れ、白い大蛇のすぐそばまで、ロ・ニが近づいていた。

 ロ・ニは純真な目で、剣呑なモンスターへ好意の言葉を伝える。


「僕と友達になろうよ!」


 ロ・ニはいつもこうして、声をかけるだけでモンスターを従えていた。

 凶暴な野生のモンスターも、他人がすでにテイムしているモンスターであっても。

 それは技術ではない、獣使いという【スキル】に裏打ちされた、ロ・ニの持つ天賦の才だった。


 だが――――駄目だ。駄目なのだ。

 ゾルムネムは、掠れた声で呟く。


「やめてくれ……」


 白い大蛇が、どこか不思議そうな様子で、ロ・ニへと頭を向ける。


 そして、次の瞬間。


 大きく開いた顎で、兎人の少年を一呑みにした。


「なッ……」


 近くで、ガル・ガニスが息をのむ気配があった。


 大蛇はロ・ニを飲み込むと、次いで影から出てきたシャドーウルフたちを睨み殺し始めた。主人を食われ怒る狼の群れも、見えない邪眼に次々と倒れていく。


「ええ、何がしたかったんだ……?」


 少年は、ただただ困惑したように呟く。


「ああ……テイムでもしようとしたのかな? はは、人への怨念で変化(へんげ)した(あやかし)に、それは無茶だなぁ」


 まるで失笑するように、少年が言う。


 天性の調教師(テイマー)だった兎人は、何もできないまま死んだ。

 自身の持つ恐るべき才を、敵に知らしめることすらできなかった。


 しかし――――ロ・ニですらテイムできないモンスターを、あの少年は、いったいどのようにして従えているのか。


 何もかも、尋常ではない。

 何もかもだ。


 それは、初めからわかっていたことだった。

 挑んだことが間違いだったのだ。


 鬼人(オーガ)族きっての武人、ムデレヴならば。

 逸脱した邪眼の使い手、ピリスラリアならば。

 天賦の才を持つ調教師(テイマー)、ロ・ニならば。


 勝てるかもしれないと、ほんのわずかにでも思ってしまったことが、間違いだった。

 あの化け物に。


「ゾルさん、オレが隙を作ります。その間に……」

「駄目だ」


 ゾルムネムは言う。

 最後に残ったガル・ガニスだけは、生還させなければならない。


「逃げろ。お前は逃げるんだ」

「なッ、ここに来てッ……!」

「お前は生き残れ。生きて……同胞に、伝えよ」

「ゾルさ……」


 ガル・ガニスが、言葉を切った。

 気づいたのかもしれない。

 自分の持つ、剣の震えに。


 最初から、ゾルムネムには()えていた。

 少年のすべてが。



【名前】セイカ・ランプローグ(▜▓▚█▂▒▀(玖峨晴嘉)) 【Lv】MAX

【種族】人間/神魔(魔王) 【職種】▞▒◢▓┇▅(陰陽師)

【HP】6527/6527

【MP】843502364/843502705

【筋力】391 【耐久】254 【敏捷】347 【魔力】0

【スキル】

剣術Lv3 呪術Lv MAX 退魔術Lv MAX 結界術Lv MAX 呪力強化Lv MAX 呪詛耐性Lv MAX 霊視Lv MAX 龍脈視Lv MAX ▞▒◢▓█▛(陰陽術)Lv MAX ◤▅▒▒█▛(気功術)Lv MAX ▟◤█▛(易術)Lv MAX █▓▀▓█░█▛(宿曜占星術)Lv MAX ▒◢█▚▓▗▌▟(六壬神課)Lv MAX ▙▚▗▄▓▒(風水視)Lv MAX ┇┋◥◣▗▚▆▃(奇門遁甲)Lv MAX――――…………



 否。

 これで果たして、何が視えていたというのか。

 ゾルムネムにはわからない。


 【魔力】がゼロであるにもかかわらず、なぜ魔法が使えているのか。

 わずかに減少している膨大な桁数の【MP】は、何によって消費されたのか。

 判読できない【職種】や無数の【スキル】は、いったい何なのか。


 現在のスキルレベルではまだ視ることのできない数値があることは、ゾルムネムも把握していた。

 だが――――これは、果たしてそういった類のものなのだろうか。

 あまりにも異常だ。このような『ステータス』は、未だかつて視たことがない。


 しかし一つだけ……はっきりしていることがある。



【種族】人間/神魔(魔王)



「あれは……魔王だ」

「は……な、何を言って……」

「伝えるのだ……なんとしても、このことだけは……」


「知っているよ。君たち、勇者を倒しに来たんだよね」


 少年が、薄笑いのまま告げる。


「だけど残念。アミュは殺せないんだ」


 それは、予想できていた可能性だった。

 この地にいて、学園の制服を纏い、自分たちを討とうとしているのだから、それ以外に考えようがない。

 しかし――――。


「このぼくが守っているのだからね」


 その宣告は、あまりに絶望的なものだった。

 ゾルムネムは掠れそうになる声で、ガル・ガニスへと必死に最期の言葉を伝える。


「た、誕生していたのだ、魔王は……それも、最悪な形で……」

「何言ってんスか、ゾルさん! 落ち着いてください!」

「いいから聞け。今すぐにでも逃げよ。転移の魔法に長けたお前ならば、逃げ切れるやもしれぬ……なんとしてでも逃げ延び、この事実を魔族領にまで持ち帰るのだ」

「事実って……」

「よく聞け、ガニスよ……あの少年は、魔王だ」


 ゾルムネムは、続けて言う。

 あらゆる魔族にとって、到底受け入れがたい……絶望的な事実を。


「――――最悪の魔王が(・・・・・・)人間の側についた(・・・・・・・・)


「君たち……もう、終わりな感じ?」


 少年が退屈そうに呟く。

 その冷たい黒瞳に見下ろされながら、ゾルムネムは震える手で懸命に剣を構える。


「行け。私が時間を稼ぐ」

「……ダメだ。ゾルさん、あんたもっ……」

「二人は逃げられない。私の……皆の覚悟を、無駄にするな」

「っ……」


「じゃあ――――そろそろ、死んでくれるかな」


 いつのまにか……一枚の呪符が、すぐ先に浮かんでいた。

 それが二人にとって、致死の魔法を生み出すことは、容易に想像がついた。

 ゾルムネムが、最期の叫びを上げる。


「早く行け、ガニス!!」


 叫びと同時に、ゾルムネムは宝剣の切っ先を少年に向け、魔法を紡ぐ。

 それは幾重にも束ねた高熱の光を放つ、光属性魔法の奥義。

 これを完全無詠唱で発動できるほどに、ゾルムネムは光の魔法に通じていた。


 宝剣の先に、魔法の起こりである眩い白光が点った――――。


 その瞬間。


 全視界を灼熱の緋色に覆われ、ゾルムネムの意識は消失した。

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