第十二話 最強の陰陽師、引き受ける
数日間の旅程を終え、フィオナの一行は無事、帝都にまでたどり着いた。
「皆さん。短い間でしたが、とても楽しかったですわ」
帝都の巨大な城門前で、笑顔のフィオナがぼくらへと言う。
昼間に外からの馬車が入城できない決まりは皇女であっても守らなければならないようで、ぼくらは全員、長く乗ってきた馬車を城門の手前で降りていた。
これからフィオナは中で別の馬車に乗り換え、宮廷を抱える帝城へと向かう手はずとなっている。街の宿で一泊し、明日の朝ロドネアへと発つぼくらとはここでお別れだ。
ぼくは、手を縛られ連行される刺客たちを見やりながら言う。
「……本当に、襲撃はありませんでしたね」
「うふふ。言ったとおりだったでしょう?」
にこにこと言うフィオナに、ぼくはうなずく。
襲撃の気配もなく、刺客たちも大人しく、道中は平和なものだった。
ぼくは、彼らのせいでやや混雑している城門の方へと目をやる。
「しかしながら、人数が多いだけあって入城には手間取っているみたいですね。帝都は警備も厳重なようで」
「普段はここまでではないのですが……今は少々、宮廷がピリピリしていまして」
「宮廷が? なぜこのような何もない時期に」
「さあ……なぜでしょう? わたくしにはわかりませんわ」
意味ありげな微笑を浮かべた後、フィオナはやや名残惜しそうに言う。
「本当は皆さんを宮廷にお招きできればよかったのですが、そのような都合で少し難しくて……見たかったですか? 帝城」
「見たかったわね。帝城の中に入れたなんて、きっと一生の自慢になったわ」
「もう、アミュちゃん……えへへ、大丈夫ですよ。殿下も、これからいろいろお忙しいでしょうし」
「高級宿とってもらえたから、いい」
女性陣がわいわいと話す。
彼女らは、実はランプローグ領滞在中にはもうかなり仲良くなっていた。女というのは社交性高いな。
「うふふふ。わたくしは、こうして年の近い人と話すことがこれまであまりなくて……楽しかったですわ。本当です。きっと、また……」
そこでフィオナは、わずかに痛みをこらえるような微笑を、アミュへと向けた。
「お招きする機会も、あることでしょう」
「――――おーいっ、殿下。こっちは済んだぞ」
声に顔を向けると、グライが馬を引いてきたところだった。
副官のローレンに引き継ぎを終え、自らの部下たちに別れを告げてきたのだろうか。
この次兄とも、ここでお別れだ。果たして次に会うのはいつになることか。
「ふん。じゃあな、セイカ」
吐き捨てるように言うグライへ、ぼくは適当に答える。
「元気でね、グライ兄。せいぜいがんばって強くなるといいよ」
「けっ、偉そうに言いやがって……おいガキんちょ!」
「……なによ。そのガキんちょっていうのやめなさいよ」
「鍛錬を怠るなよ。実戦剣に頼り切らず型を意識しろ。お前には才能があるんだからな」
「な……い、言われなくてもやるわよ!」
ムキになって言い返すアミュに、ぼくは思う。
あんな出会いだった割りに、この二人も仲良くなったなぁ……いやなってないか? よくわからない。
「さて……そろそろ行かねばなりません」
フィオナが、城門を振り仰いで言った。
ぼくは笑ってそれに答える。
「どうかお元気で。ここまでお供できて光栄でしたよ」
「まあ、お供だなんて……わたくしは、友人になれたと思っていたのですけれど」
「じゃあそれでいいです」
「……ランプローグ家の子息は兄弟そろってわたくしの扱いが雑ですわね。落とし子のようなものとはいえ、わたくしはこれでも現皇帝の実子である皇女なのですが」
「すみません。長兄だけはまともなので」
「うふふっ」
フィオナは少し笑って――――それから、静かにぼくへと歩み寄った。
「セイカ様」
そして微笑のまま、真剣な声音で言う。
「わたくしは――――あなたの味方です。本当に……本当です。それだけは忘れないで」
「……? は、はい」
「うふふふ……それでは」
背を向けたフィオナが、侍女やグライたちと共に城門へと去って行く。
言い残した言葉の意味を考えるが、よくわからない。
味方が必要なのは、どちらかというとフィオナの方じゃないか? うーん、最後まで不思議な人だったな。
「あ、メイベルちゃん……お兄さんのお墓、寄る?」
「あしたの朝、行こうと思ってた」
「じゃあ、お花用意しようね」
「運がよければ市場で買えるんじゃないかしら。ほらセイカ、行くわよ」
「あ、ああ」
ぼくは短く答え、彼女らに続く。
****
街の上等な宿で一泊し、翌朝には予定通りに帝都を出立した。
東へ延びる街道を馬車で揺られながら、二日。
ぼくたちは、およそ一月ぶりに学園都市ロドネアへと帰ってきた。
もうすっかり、学園寮が帰ってくる場所という感覚になっていることに自分で驚く。まだたったの二年しか暮らしてないけど、いろいろあったからなぁ。
春休みは残すところあと数日。
今年の入学式も目前に迫ってきている。
学園が少々慌ただしくなっている中、メイベルに勉強を教えたり、街へ買い物に出たりしながら過ごしていたある日――――ぼくは、唐突に学園長に呼び出された。
「そう身構えなくていいさ。大した用事じゃあない」
学園本棟最上階の学園長室で、矮人の老婆がそう言った。
とはいえ。
学園長はアミュの正体と、ぼくの力の一端を知る人物だ。身構えない理由がない。
表情を崩さないぼくに、学園長はやや呆れつつ口火を切る。
「総代をやってみないかい」
「……? 総代、ですか?」
「毎年入学式で挨拶をする在校生がいただろう。あれだよ。初等部の総代だ」
「どうしてぼくに」
「間抜けな質問だねぇ。単に成績がいいからに決まっているじゃないか」
「……用事って、それだけですか?」
「何を期待していたのか知らないが、それだけだよ。お前さんは学生なんだ。アタシが学生に用なんて、総代を選ぶ時か、除籍を言い渡す時くらいなものさ。普段はね」
「そう、ですか……」
「別に辞退しても構わないよ。その時はお前さんの従者か、他の生徒にでも頼むとするかね。誰でもいいのさ、総代なんてものは」
どうでもよさそうに、学園長は言う。
実際、勇者や魔族や、帝国の未来などという事柄に比べれば、まったく大したことじゃない。なんだか拍子抜けだった。
ぼくは少し置いて答える。
「お引き受けしますよ」
「ほう。意外だね、てっきり断るかと思ったが……。おや? くっく。なんだか一年前にも似たような台詞を吐いた気がするねぇ」
「ぼくでよければ、それくらいはしますよ。たぶん、名誉なことなのでしょうし」
「くっく。ああ、そうとも」
くつくつと笑いながら、学園長が言う。
「普通の学生にとっては、名誉なことさ。経歴に箔が付き、官吏への登用にも有利になる。お前さんがそのようなものに頓着するとは思わないが……黙って受けておけばいい。それが、普通の学生というものさ」
「ええ」
ぼくは目を伏せて答える。
「そうなのでしょうね」
****
「セイカさま、よろしかったのですか? 総代など引き受けてしまって」
学園本棟から出た時、ユキがそう問いかけてきた。
日はまだ高い時分だが、灰色の雲が空を覆っていて、少し暗い。
「ああ。いいんだよ」
「なにゆえ? また目立つことになってしまいますが」
不思議そうなユキに、ぼくは軽く笑って答える。
「こんなものは目立つうちに入らないよ。帝都の武術大会と一緒さ。権力者に目を付けられるような常ならざる強者は、学園の総代なんて普通の経歴は持たない。もっと数奇な半生をたどるものだ。そう、たとえば……孤児から呪いの力を見込まれて拾われ、兄弟子や師匠を殺して成り上がった挙げ句に失踪し、国外で放浪生活を送った後に、国へ帰って弟子を育てるようになる、みたいなね」
黙り込むユキに、ぼくは続ける。
「それに、最近は……もっと、普通にしていればよかったんじゃないかと思うんだ」
「普通に、でございますか……?」
「常ならざる力を振るう機会なんて、普通に生きていればそう訪れるものじゃない。ぼくは……前世であんな死に方をしたせいで、少し臆病になっていたみたいだ。自分の代わりに最強になってくれる者なんて、わざわざ探す必要はなかったんじゃないかと思うよ。勇者や魔王なんて事情に、無闇に関わることはなかった。学園に来なくても、流れの術士でもやりながら、穏やかに暮らす道もあったかもしれない」
「……」
「別に、あの子らに出会えたことを後悔しているわけじゃないよ。学園はいい場所だ。いずれ始まる冒険者の生活にも興味がある。今さら方針を変えるつもりはない。ただ……これからは、もっと普通にしていようと思うんだ。目立つことに神経質になるのではなく、もっと普通の人間のようにね」
「……ならば、セイカさまは」
ユキが、静かに問う。
「今迫る敵に対しても、立ち向かうのではなく……普通の人間のように、逃げるおつもりなのですか」
「ああ、なんだ。お前も気づいていたか」
ぼくは穏やかに言う。
今はまだ街の外にいるようだが、襲撃の時は、おそらく近い。
「あれはなんとかするよ。入学式で挨拶することになったしね。入学式自体がなくなっては、それを果たせなくなってしまう」
「……セイカさまは、気づいておられないのですか。ご自分のおっしゃっている矛盾に……普通の人間は、そのようなことはできないのですよ」
険しい声音のユキに、ぼくは苦笑しながら答える。
「仕方ないだろう、もう関わってしまったんだ。今さら無視もできない。それに――――ぼくには容易いことだ。なに、誰の仕業かわからなければ問題ないさ」
「セイカさま……」
「ユキ、ぼくから離れるなよ。これから少々、慌ただしくなる」
ぼくは、一枚のヒトガタを浮かべる。
これが、総代としての最初の仕事ということになるだろうか。
《召命――――…………





