幕間 神魔ゾルムネム、森にて
帝国の街道からほど近い森で、ゾルムネムは思量にふけっていた。
つい先ほど滅ぼした傭兵団の骸は、ロ・ニの使うモンスターと、ムデレヴの食糧となっている。
「うむ、やはり人はいい。この肉を喰らっている時だけは、この旅も悪くないと思えてくるほどよ。ガハハハ!」
腿の骨を投げ捨てながら、鬼人の重戦士、ムデレヴが豪快に笑う。
鬼人族有数の武人であっても、さすがにこの旅は堪えたのだろうか。なんとなく、そのようなことを考える。
ゾルムネムは、ムデレヴを視る。
【名前】ムデレヴ 【Lv】81
【種族】鬼人 【職種】重戦士
【HP】18423/18423
【MP】4906/4906
【筋力】1510 【耐久】1301 【敏捷】588 【魔力】451
【スキル】
棍術Lv7 体術Lv6 全属性耐性Lv5 状態異常耐性Lv3 HP強化Lv5 筋力強化Lv7 耐久強化Lv6
「ねー、隊長。この子連れてってもいい?」
兎人の調教師、ロ・ニが、先ほどテイムしたミノタウロスの陰から顔を出して訊ねた。
ゾルムネムは首を振って答える。
「駄目だ、目立ちすぎる。戦力としてもお前のモンスターには及ばない。無駄な荷物だ」
「……はぁい。じゃあ――――ミーデ! 食べていいよ」
ロ・ニの呼びかけに、一呼吸置いて。
突如地中から巨大な亜竜、ワームが姿を現し、その長い体を反転させてミノタウロスを真上から一呑みにした。
ワームがミノタウロスを嚥下する様子を、ロ・ニは目を細めて眺めている。
「おいしい?」
ミーデという名のこのワームも、ロ・ニの使うモンスターの一匹だ。兎人の少年は、自らのモンスターすべてに名前を付けていた。
ゾルムネムは、ロ・ニを視る。
【名前】ロ・ニ 【Lv】38
【種族】獣人 【職種】調教師
【HP】2970/2970
【MP】2158/2158
【筋力】253 【耐久】198 【敏捷】922 【魔力】360
【スキル】
獣使いLv MAX
「ムニャ……おなかいっぱい……」
その近くでは、三眼族の邪眼使い、ピリスラリアがまどろみの中浮遊していた。
彼女がはっきりと目を覚ますのは、食事時など限られた時だけだ。
先ほども、傭兵団の残した食糧を少し食べた後、またすぐに眠ってしまった。
当たり前だが、三眼の民すべてが彼女のような生活を送るわけではない。
ピリスラリアのこの特性は、種族にあっても強すぎる邪眼の力に因るものではないかと、ゾルムネムは考えていた。
ゾルムネムは、ピリスラリアを視る。
【名前】ピリスラリア 【Lv】46
【種族】三眼 【職種】呪術師
【HP】5236/5236
【MP】25486/27644
【筋力】150 【耐久】181 【敏捷】247 【魔力】1723
【スキル】
闇属性魔法Lv4 邪眼Lv MAX 邪眼強化Lv7
「あの」
声に顔を上げると、黒い悪魔族の若者ガル・ガニスが、食糧を手に立っていた。
「ゾルさんも、なんか食ってください。さっきからずっとそうしてるじゃないっスか」
「すまない。だが、私はまだ大丈夫だ。先の戦闘でも、皆のおかげで負担が少なかった」
「……そうっスか。でも無理だけはしないでくださいよ」
気遣うようにそう言って、ガル・ガニスは干し肉を食いちぎる。
気持ちの良い若者だ。ゾルムネムはそう思う。
ガル・ガニスは悪魔族の“黒”の一族の中で、今や次の族長にと期待されるほどの人物だ。お前の兄は勇者に討たれたのだ……などと言って復讐をそそのかし、旅の仲間に引き込んだことは間違いだったかもしれないと、時折考えてしまう。
ゾルムネムは、ガル・ガニスを視る。
【名前】ガル・ガニス 【Lv】66
【種族】悪魔 【職種】魔術師
【HP】10011/10011
【MP】21060/22948
【筋力】700 【耐久】589 【敏捷】692 【魔力】1213
【スキル】
火属性魔法Lv9 土属性魔法Lv2 闇属性魔法Lv9 魔力強化Lv3
皆、強くなった。
ゾルムネムはそう思う。
それは、【Lv】や能力値に限った話ではない。この【スキル】でも見通すことのない要素は確かに存在し、それこそが何よりも大切なのだと……ゾルムネムは、旅を通して感じていた。
最後に、ゾルムネムは自分を視る。
【名前】ゾルムネム 【Lv】88
【種族】神魔 【職種】魔法剣士
【HP】14307/14307
【MP】33211/33473
【筋力】1550 【耐久】1035 【敏捷】1411 【魔力】1593
【スキル】
剣術Lv9 体術Lv7 火属性魔法Lv5 水属性魔法Lv8 風属性魔法Lv6 土属性魔法Lv2 光属性魔法Lv9 闇属性魔法Lv6 全属性耐性Lv4 ステータス鑑定Lv4
ゾルムネムは思量する。
自分以外に持つ者のいないこのステータス鑑定という【スキル】は……いや、そもそも『ステータス』とは、いったい何なのだろうか。
本人すらも知り得ない事実が、なぜ自分の目には視えるのだろうか。
この情報は、果たして誰の手によって整えられたものなのか――――。
ゾルムネムは静かに目を閉じ、疑問を追い払った。
幼い頃にさんざん思い悩み、未だ仲間にすら話していないこの力のことも、今となってはどうでもいい。
「皆、補給はこれで最後となる」
パーティーメンバーは各々の手を止め、リーダーへと目を向けた。
「目的の地は近い。そして、この旅の終焉も」
静かに耳を傾けるパーティーメンバーに、ゾルムネムは続ける。
「厳しい旅だった。これまで帝国に追われることなく、誰一人欠けることなく、ここまで辿り着けたのは幸運だったと言えよう。我々はこの先目的の地で、旅の目的を果たさなければならない。無論、勝算はある。だが絶対ではない。これまで以上の困難が待ち受けていることは、皆も覚悟していよう」
メンバーの間に、重い沈黙が降りる。
決して、楽な旅ではなかった。
ゾルムネムは知っていた。
ムデレヴが、故郷に残してきた妻子をずっと案じていたことを。人間を手にかけた際、親子の骸からだけは、そっと目を逸らしていたことを。
残酷に見えるロ・ニが、その実自らのモンスターをとても大事にしていたことを。シャドーウルフの一頭が死んだ際、たった一人で墓穴を掘って埋葬し、長い間その場に佇んでいたことを。
邪眼の負荷のためか、ピリスラリアの目覚めていられる時間がどんどん短くなっていたことを。そのことを皆に気遣わせないよう、彼女がなんでもないように振る舞っていたことを。
ガル・ガニスが、本当は兄の復讐など望んでいなかったことを。亡き兄の代わりに、“黒”の同胞達の期待に応えたがっていたことを。それでも魔族の未来のため、ゾルムネムの話に乗ったふりをしてくれていたことを。
この先に待つのは、さらなる困難だ。
だが――――ゾルムネムは言う。
「しかし……しかしだ。私はあえて、この旅をより困難なものとしたい。目的のさらに先に、新たな目標を定めたい。皆でならば、きっと為し得ると信じているからだ」
それはいつか言おうと、決めていたことだった。
「魔族の未来のために、勇者を倒す。そして――――」
勇者は生まれた。
だが、魔王は未だ生まれていない。
この非対称性は、必ず戦乱の世を招く。
無論それは、魔族側が劣勢に立たされる形でだ。
だから、勇者を倒さねばならない。
自分の持つステータス鑑定の【スキル】ならば、おそらく勇者を視ればそれとわかるだろう。影武者に惑わされない自分が、各々の種族から腕の立つ仲間を集め、発つしかないと思った。
勇者打倒は魔族の悲願だ。
だが――――それだけでは、あまりに寂しい。
だから、ゾルムネムは続ける。
「そして皆で……故郷へ帰ろう」
それがどれだけの困難が伴うことなのか、ゾルムネムは理解していた。
勇者が討たれたことが知れれば、無論、ゾルムネムらは追われる立場となる。
少数精鋭であるこのパーティーも、早馬の速度には敵わない。補給のために立ち寄った村で軍に待ち構えられたり、休息の場所を包囲されでもすれば、簡単に窮地に陥ることは明白だった。
皆も、当然それは理解している。
この旅は、初めから死地へと向かうものだった。
「ガハハハッ! 何を言い出すかと思えば! 帰らずにどうするのだ、この地で暮らすというのか?」
ムデレヴの豪快な笑い声に、メンバーの全員が続く。
「んぅ……お布団で、ゆっくり寝たい……スゥ」
「僕、作物の種を持って帰るんだ。村のみんなにもこれ食べさせてあげたいから」
「オレは自分の武勇を語りたいっスね。ちゃんと、兄上の仇を取ったんだって」
朗らかに言い合う仲間たちに、ゾルムネムは思う。
厳しい旅だった。だが決して――――悪いものでは、なかった。
重戦士のムデレヴ。
呪術師のピリスラリア。
調教師のロ・ニ。
魔術師のガル・ガニス。
そして、魔法剣士のゾルムネム。
この素晴らしいパーティーで過ごした日々は、充実したものだった。
そう、これは。
勇者という強大な敵に仲間と立ち向かう、冒険の旅でもあったのだ。
「必ず、皆で正義を果たそう」
ゾルムネムは、仲間へと呼びかける。
「魔族と、我々自身の未来のために」





