第十一話 最強の陰陽師、懸念する
「えっ! や、やや野盗!?」
「どうりで、さわがしいと思った」
「で、あんたが全員捕まえたわけ?」
「うん」
引き返してきたイーファたちに、ぼくは説明の末、そう言ってうなずいた。
どうやら、彼女らはこの騒動に気づいていなかったらしい。
イーファたちの馬車はかなり前の方を走っていたので、襲撃に気づいた御者が、即座に馬を駆って逃げ出したそうなのだ。
襲撃者たちも、明らかにそこら辺の貸し馬車に乗ったイーファたちは、無関係と思って見逃したんだろう。
一連の流れは式神で見ていたものの、まさか気づいてないとは思わなかったが。
今、ぼくたち一行は馬車を止め、怪我人の治療などを行っているところだった。
光属性使いの治癒士が慌ただしく動き回っている。ただ幸いにも、治せないほどの重傷者はいないようだ。ぼくが出るまでもない。
野盗の方は、縛られた状態で一カ所にまとめられていた。
あれの処遇についても、今フィオナたちが話し合っているところだろう。
イーファが野盗一味の方に恐る恐る目を向けながら言う。
「あ、危なかったね……! こっち来なくてよかったぁ」
「えー? なによ、来てたらやっつけてやったのに。でしょ、メイベル?」
「私は、めんどうなのは嫌」
「君らは暢気だなぁ」
こっちは結構緊迫してたのに。
まあ、この子らでも野盗くらいなら蹴散らせるかもな。本来の野盗なら。
「で、でも……軍が護衛についてるのに、襲われることってあるんだね……」
「ん……そうだな」
「そいつらのことはどうするのかしら。全員帝都まで引っ張ってくとか?」
「歩かせるの? 新学期におくれそう」
「いや……たぶん大丈夫だよ」
全員、馬車に詰め込もうと思えば詰め込める。
フィオナの偽装に使っていた馬車は中身が空だし、荷物もかなり余裕を持って積んでいたからだ。
もっとも、それはそれで別の問題があるが。
「セイカ殿」
その時、背後から声をかけられる。
振り返ると、初老の男が立っていた。グライの副官、ローレンは、背筋をピンと伸ばした姿勢でぼくに言う。
「フィオナ殿下がお呼びですぞ」
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「セイカ様。ご足労いただき感謝しますわ」
軍の建てた簡易の天幕の中で、椅子に腰掛けたフィオナがそう言った。
グライや軍の関係者の姿はない。いるのは侍女の一人だけだ。
ぼくはちらと周りを見回しながら言う。
「あの怖い侍女二人はいないようですね」
「あら、やはりわたくしの聖騎士がわかりまして? 今は兵の治療にあたらせていますわ。姉の方は光属性の使い手ですので」
「なるほど」
そう言って、ぼくは侍女の引いてくれた椅子に腰掛ける。
正面に座るフィオナは、あんなことがあったにもかかわらず憔悴した様子もなく、ただにこにこと笑っている。
「ありがとうございます、セイカ様。助かりましたわ――――わたくしへの刺客を、捕らえてくださって」
「ああ、やっぱりそうでしたか」
だと思ったよ。
「お気づきでしたか?」
「誰だって気づきます。弩をそろえるほど調った装備で、軍の小隊が護衛する馬車を襲うなんて、普通の野盗じゃありえない」
「うふふふ。一目で見破られてしまうとは、彼らも偽装が甘いですわね」
「どうしようもなかった部分もあると思いますけどね」
ぼくは続けて問いかける。
「彼らを生け捕りにしたのは、政敵への追及が目的ですか?」
「ええ。もっとも、まずはどなたが差し向けたものか突き止めるところから始めなければなりませんが」
「心当たりはないので?」
「さあ……ありすぎてわかりませんわ」
「殿下も苦労されていますね」
「でも大丈夫ですわ。セイカ様が、こんなにたくさん捕まえてくださったんですもの。こんなこと普通ではありえません。帝都まで全員生かして連れ帰れば、きっと誰もが仰天することでしょう。わたくしの政敵も、これで迂闊なことは考えられなくなりますわ。うふふっ」
陶然と微笑むフィオナに、ぼくは少し置いて訊ねる。
「やっぱり、あれを全員帝都まで連れて行くつもりですか?」
「ええ、もちろんですわ。大切に、大切に連れ帰ります。セイカ様からの贈り物ですもの。うふふふ」
「……殿下は、この場面が視えていたのでしょうね。だからここまで余分に馬車を用意させた」
「歩かせたのでは死んでしまう者が出るかもしれませんし、何より到着が遅れてしまいますわ。学園の新学期に間に合わなければ、アミュさんたちにも迷惑がかかってしまいます」
「お気遣いはありがたいのですが……全員を連行するのはやめた方がいいと思いますよ。頭目と数人を除き、ここに縛ったまま捨て置いて行くべきです」
「あら。どうして?」
「万一拘束が解かれ、反乱を起こされたらどうします。こちらの方が多勢ではありますが、覆せないほどの差じゃない。下手すれば全滅もありえるでしょう。手足の腱を切っておく手もありますが……」
「うふふ、そんなことをする必要はありませんわ。彼らは大人しいはずです……自分たちが動くよりも、逃げる機会を待つ方が確実なのですから」
「逃げる機会……?」
「次の襲撃、とも言いますわね」
ぼくは、思わず眉をひそめる。
「別働隊がいるということですか……? それなら、ますます危険では? 次の襲撃がありうる中で、内にも脅威を抱えるというのは……」
「いいえ……次の襲撃は、ありませんわ。もう一方の傭兵団は来ません」
「なぜ断言できるのです。未来視は、そこまで便利な力ではないはずだ。未来は変わりうるのだから」
「いいえ、セイカ様。運命には、蝶の羽ばたき程度では覆せない、暴風のごとき流れがあります。これは――――彼らの定め」
フィオナは、遠くを見つめるようにして言った。
「その未来は、来ないのです」





