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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
五章(聖皇女と勇者編)

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第十話 最強の陰陽師、捕まえる


 翌朝。

 短い休暇も終わり、再び学園ヘ発つ日がやって来た。


「えーっと。これで荷物は全部かい、セイカ」


 馬車の列を眺め、ルフトが言う。

 帰りは、ぼくたちだけではない。フィオナの一行や、それを護衛するグライの小隊も一緒だった。物々しいほど並んでいる馬車以外にも、軽装で馬に騎乗する兵の姿も見える。

 アスティリアへ行った時以上の安全な旅路になりそうだ。


「そうだね。ありがとう、兄さん」

「学園に戻っても元気でやれよ」

「わかってるって」

「それと、初等部を卒業したらどうするかも、早く決めるんだぞ。父上としては進学してほしいと思ってるだろうけど……」

「あー、わ、わかってるって……」


 ぼくは引きつった笑みと共に答える。

 冒険者になることは、ブレーズにもルフトにも言ってなかった。

 ギリギリまで黙っているつもりだ。学費出さないとか言い出されたら困るからね……。


「イーファも元気で。ずっと働いてたけど、ちゃんと休めたかい?」

「えへ、大丈夫ですよ。ルフト様もお体には気をつけて」


 イーファがはにかんで言う。

 屋敷にいる間、イーファはずっと使用人や奴隷たちに混じって家の仕事をしていた。もうそんな必要はないのだけれど、他にすることもないから、と言って。

 もしかすると、仲の良かった者たちと話をする時間が欲しかったのかもしれない。次に会える時は、来るとしてもまただいぶ先になるだろうから。


「メイベル嬢も。機会があればぜひまたいらしてください」

「……はい」


 メイベルが、名残惜しそうにこくりとうなずいた。

 ぼくはその様子を半眼で眺める。


 メイベルは滞在中、もうずっと、ひたすらにだらけていた。

 客人だから別にいいんだけど、さすがに小言を言いたくなるほどに。


「うう……ずっとここにいたかった……」

「君なぁ……実家でもあんな感じなのか?」

「あの人たちの前では、猫かぶってる……だから、ちょっと疲れる」

「ここでこそ被れよ。なんであそこまでくつろいでたんだよ」

「貴族と結婚したいって言ってる子の気持ちが、わかった……私も、ずっとこんな生活送りたい」

「あのな、そう言ってる連中も、子供産んだり社交界に出たり夫の仕事を支えたり、それくらいの覚悟はしてるからな。君みたいにひたすらだらけたいと思ってるわけじゃないから!」

「なんでそんな、ひどいこと言うの……」

「みんな自分の力で生きてるんだよ。そのためにも、学園に戻ったらまた勉強をがんばろうな」

「うう……やだぁ……」


 涙目になるメイベルを呆れつつ見下ろす。

 この子、こういう性格だったんだなぁ。イーファやアミュはほっといても動き出すタイプだから対照的だ。


「おいセイカ! 何やってんだそんなところで!」


 唐突に、グライの声が響き渡る。

 小隊の馬車から戻ってきていた次兄が、腰に手を当ててぼくを睨んでいた。


「もう時間だぞ、何もたもたしてるんだッ!」

「うるさいなぁ……」

「悪いなグライ。僕が引き留めていたんだ」

「ふん……ならいい。じゃあな、兄貴も」

「グライ……」

「なんだよ……どうせたまに帝都に来るんだろ? これからはその時に顔を合わせられるだろーが」

「そうですわ」


 グライの後ろから、フィオナがひょっこり現れて言う。


「グライが、わたくしに差し向けられた刺客と相打ちにならなければ、ですけれど。うふふ」

「……おい。こんな時に不吉なこと言うんじゃねーよ」

「うふふふ、冗談ですわ……わたくしが、それは冗談だと言うのです。だから安心なさい」

「お、おう……」


 フィオナは笑っている。

 あるいはそれは、グライが刺客に討たれるような未来は来ないという、フィオナなりの気遣いだったのかもしれない。


「皇女殿下……」

「ルフト卿。此度(こたび)の歓待、感謝しますわ。帝都への帰路につく前に、とてもよき慰安となりました。長きにわたる滞在でご迷惑をかけてしまいましたわね。このお礼は必ず。ブレーズ卿にもそうお伝えください」

「恐れ入ります、殿下。ご滞在に我が領地を選んでくださり、大変光栄にございました。視察の休養となったのならば何より。今後も帝国のため、領地の振興と魔法学の発展に励んで参ります」

「うふふ。卿の優秀な弟君(おとうとぎみ)をお借りしますわね」

「愚弟でよろしければ存分に使ってやってください」

「けっ!」


 その時、近くの馬車の窓から、赤い髪の少女が顔をのぞかせた。


「あれ? みんなまだ乗らないの? あたしも降りた方がいい?」


 ぼくは少し笑って、ルフトへと軽く手を上げて言う。


「じゃあね、兄さん。元気で」


 次に会うのは、いつになるだろうか。

 この兄を家族と思ったことはないが……またその機会が来ればいいと、なんとなく思う。



****



 帰りも、馬車に乗る面々は行きと同じ……とはならなかった。

 フィオナが、自分の馬車にぼくを乗せると言って聞かなかったからだ。

 例の侍女二人にまた烈火のごとく反対されていたが、フィオナも相変わらず頑固だった。


 そういうわけで、今ぼくの正面にはにこにこ顔のフィオナが座っている。

 さらにはグライもついでに指名していたので、隣に座るのは次兄だ。

 なんだよこの面子。


「お前、馬車に乗るとほんと喋んねーな」


 グライが呆れたように言った。

 ぼくは渋い表情で答える。


「……余計なことをして酔うのが嫌なんだよ」

「馬車が苦手というのは本当でしたのね。出立して二日、ずっとこんな調子ですもの。これでも揺れはかなり少ない方なのですけれど」

「お話し相手にもなれずすみませんね。汚い話は避けますが、迷惑だけはかけませんので」

「うふふ、お気になさらず」

「しっかし、お前に苦手なものがあったとはな」

「それ、二年前にイーファにも言われたよ」


 苦手なものくらいある。人間だからね。


 と、そこで――――ぼくは、外を飛ばしていた式に注意を向けた。

 馬車の隊列は、両脇を木々に囲われた道に差しかかっている。


「グライ兄」

「あ?」

「そういえばグライ兄はこんなところにいていいの? 小隊の隊長なのに」

「いいんだよ。もう大体のところはローレンに任せてある。いずれにせよ、駐屯地への帰りはおれが指揮できねぇんだ。それに皇女殿下のご命令とあっちゃ、おれも逆らえねぇからな」

「うふふ、なんだか不本意そうですわね」

「そうは言ってねぇ」

「でも、もしもの時はどうするのさ」

「もしもの時を来させねぇためにこんな大人数率いてるんだろうが。戦闘じゃねぇ、この護衛は威圧が目的だ」

「だけどもし来たら?」

「しつけぇな。その時はここで殿下を守りながら指揮を執るさ。別にそれくらいわけねぇ」

「ふうん、じゃあよかった。ところで話は変わるけど、この国の野盗ってどのくらいの人数が普通なの?」

「野盗だぁ? そんなもん数人から百人規模までばらばらだが……ただ、ここらで大きな集団は聞かねぇな」

「へぇ、そうなんだ」


 ぼくは呟く。


「じゃあ、あれはなんだろう?」


 その時――――馬車の前方で、轟音が響き渡った。

 人間の怒号や叫び声、馬のいななきが上がる。


「なッ!?」

「偽装した空の馬車がやられたようですわね」


 一気に張り詰める空気の中、フィオナが穏やかに言う。

 ぼくは軽く笑って、馬車の扉を開け放った。


「もしもの時、来ちゃったね」


 躍り出ると同時に天井の縁を掴み、床板を蹴って跳躍。宙を逆向きに回るように、馬車の屋根へと着地した。


「ふう。久しぶりにこんな軽業やったな」


 おかげで周囲がよく見える。

 道の左右に分かれて散開する、粗野な格好をした数十人規模の集団も。


 前方を見ると、皇女の馬車に偽装させていた荷馬車が、巨大な岩によって潰されていた。

 周囲に高い崖はない。土属性魔法の類だ。


「外れだぁ! “黄玉”は六へ移動ッ、“鋼玉”は八の馬車に矢だ! 左後列は屋根の奴を狙え! 二、一……」


 どこからか響く頭目らしき声に、周囲の荒くれ者どもがフィオナの馬車とぼくへ一斉に(いしゆみ)を向ける。どうやら馬車の壁ごと中の人物を射殺すつもりらしい。

 それにしても、ずいぶんと装備の調(ととの)った野盗だな。まあいいや。


 持ち運びを重視しているのか、弩はかつて西洋で見たものよりもずっと小さかった。あれならそこまで威力は出るまい。

 これで十分かな。


「放てッ!」


 見事なほど同時に、矢が射かけられる。

 その瞬間、ぼくは頭上に浮かべたヒトガタを起点にして、術を発動した。


《陽の相――――磁流雲(じりゅううん)の術》


 迫る矢の群れ。

 それらはすべて――――途中でぐにゃりと軌道を曲げ、馬車やぼくを避けてあらぬ方向へ飛び去っていく。


 ぼくは口の端を吊り上げて笑った。


「はは、どこを狙っているのやら」


「お……お(かしら)ぁッ!?」

「なっ!? “軟玉”は八へ援護に入れ! “鋼玉”予備隊ッ、屋根の奴を殺せ!」


 控えていた数人の弩が、ぼくへと向けられる。

 だが同じことだった。矢はすべて逸れ、空や森へと虚しく飛んでいく。


「な……なんだこれはっ、魔法なのか!?」

「ふふ、そうだよ」


 弩兵の驚愕の声に、ぼくは笑いながら呟く。


 陽の気で生み出した強力な磁界に金属が近づくと、その金属は磁石へと変わり、必ず最初の磁界に対し反発するようになる、そんな法則がある。

 (やじり)に金属が使われている限り、《磁流雲》の磁界を矢が突破することはできない。


「お頭! 六、七も偽装です!」

「敵小隊の反撃を受け始めています、お頭ぁ!」

「八だぁッ! 護衛の魔術師がいる! “黄玉”隊、魔法で潰せっ!」


 こちらへ駆けてくる一団の中に、杖を手にする者の姿があった。

 その口が、()いた様子で呪文を詠唱する。


(そび)え座すは黄! 不動なる石巌の精よ、今こそ降り落ちてその怒り鎚と為せっ、巨岩墜(ロツクフォール)!」


 魔術師のはるか頭上に現れた巨大な岩が、ぼくへと斜めに降ってくる。最初に馬車を潰したやつだろう。

 だがそれは――――こちらに届く寸前に、空中であっけなく消失した。


「なんっ!? け、結界だと!?」

「魔法相手は楽でいいなぁ」


 こんな初歩の結界でなんでも無効化できちゃうよ。


 敵の頭目が焦ったように目を剥き、一団を見回して叫ぶ。


「お前たち、剣を抜けッ! 護衛の魔術師には構うな! 全員でかかって中の目標を……」


 その時――――馬車の中から、轟風が吹いた。

 それは正面にいた野盗の数人をまとめて弾き飛ばし、敵の集団を一瞬のうちに黙らせる。


「弩弓は打ち止めか? ったく、ようやく暴れられるぜ」


 馬車から出てきたグライが、杖剣をかつぎながら一際大きく声を張り上げる。


「お前らぁ!! 聖皇女を助ける絶好の機会だぞ! 詩人にその武勇を歌われたいやつはいるかぁッ!!」


 野盗と剣を交えていた兵たちの中から、勇ましい(とき)の声が上がった。

 敵の気勢は、反対に目に見えて削がれていく。


 へぇ。ちゃんと隊長らしいこともできるんだな。


「セイカ様」


 感心していると、下の馬車からフィオナの声が聞こえてきた。


「敵を生け捕りにはできますか?」

「どれほど」

「多い方が。頭目がいればさらに助かります」

「かしこまりました」


《木の相――――蔓縛りの術》


 辺り一帯の地面から、緑の蔓が噴出した。

 それは敵の全員に巻き付くと、木化して締め上げ拘束していく。


 野盗一味が植物に捕らえられる光景を、グライは唖然とした表情で見つめていた。

 気勢を上げ、剣戟を交わしていた兵たちも、突然のことに皆呆気にとられている。

 戦いの場だった街道は、今やシーンと静まりかえってしまった。


 ぼくは、同じく馬車の中で沈黙しているフィオナへと言う。


「どうでしょう。とりあえず、全員捕まえましたが」

※磁流雲の術

レンツの法則を利用した矢避けの術。陽の気で生み出した磁界内に矢が侵入すると、鏃の金属部に渦電流と呼ばれる特殊な誘導電流が生じ、鏃自体が磁場を生むようになる。この磁場は、必ず最初の磁界と反発する形で発生するため、矢は磁界の発生源から逸れるように飛んでいく。これはレンツの法則と呼ばれるもので、現代では鉄道車両のブレーキシステムなどに利用されている。

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