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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
五章(聖皇女と勇者編)

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第八話 最強の陰陽師、話しかける


 その日の夜。

 晩餐が済み、屋敷の灯りも落ち始めた頃。なんだか喉が渇いて、井戸へ向かおうと外に出ると……月明かりの下、庭で剣を振るグライの姿を見かけた。

 稽古中なのか。真剣な様子で、ぼくに気づく気配もない。


「熱心だね、グライ兄」

「あ……? なんの用だよ、セイカ」


 汗を拭いながら鬱陶しそうな目を向けてくるグライに、ぼくは困った。

 なんで話しかけたのか、自分でもよくわからなかったからだ。


「……別に。そうだ、相手になってあげようか。剣術ならまだ少し覚えてるよ」

「バカ言うな。お前の剣なんざ稽古の相手にもならねぇよ」


 だろうなぁ、とぼくは思う。


 前世の一時期、(まじな)いの才に乏しかった弟子に付き合って、高名な武者に太刀の流派を習っていたことがあった。

 いくつかの技を伝授され、それなりにはなったのだが……結局師匠には遠く及ばなかったし、弟子にもあっという間に追い越されてしまった。ぼくに剣の才はなかったのだ。

 腕の錆び付いた今となっては……いやあの頃のぼくであっても、きっとグライの相手にはならなかっただろう。


「グライ兄には剣の才があったんだね」

「なんだ、お前? 気色悪ぃな」

「誉めてるんじゃないか。なんといっても、あの皇女の聖騎士に選ばれたくらいだ」

「……はっ」


 グライがそう言って、傍らに置いてあった水筒の水を飲む。


 聖騎士とは、フィオナのそばに控える魔法剣士たちのことだ。

 本質はただの護衛兵で、人数も十に満たないが、その力は精強無比。数々の刺客や、強大なモンスターを討ち取ってきた……と、吟遊詩人たちには歌われている。


 フィオナが視察の最中に東方の駐屯地を訪れた折。グライを一目見て新たな聖騎士に選んだのだと、ルフトからの手紙に書いてあった。

 ただ、正式な任命は宮廷で行うらしく、そのためには帝都まで帰る必要がある。

 自分の軍団から聖騎士が選ばれるのは大変な名誉……ということで、軍団長であるペトルス将軍の一声がかかり、グライが自分の小隊を率いて帝都まで護衛することとなった。

 今はその途中、兵とフィオナの休養がてら、実家のあるランプローグ領に滞在している……というのが、ルフトから聞いていた今回の一連の経緯だ。


 短い沈黙の後、グライが口を開く。


「あいつの護衛が、なんで聖騎士なんて呼ばれているか知ってるか」

「……? さあ」

「あいつ自身が広めたんだ。民衆の耳に心地良い、詩人に歌われやすい呼び名をな。要は、政治広報の一環だ」

「……外面だけで、中身が伴ってないってこと?」

「そうじゃねぇよ」


 と言って、グライが水をもう一口飲む。


「あいつらの実力は本物だ。おれなんて最底辺だろうよ。あいつの侍女に二人、やべぇのがいただろ。今朝フィオナを止めてた奴らだ。行軍の途中、稽古とか言われてあいつらに叩きのめされたよ。あれで序列が下の方ってんだから、どれだけ恐ろしい奴らなのかわかんねぇよ」

「へぇ、全員帝都に置いてきたのかと思ってたけど、違ったんだ。侍女にね……」


 そういえば、立ち居振る舞いがそれらしかった気もする。


「ふうん……で、つまり何が言いたいの?」

「おれが選ばれたのは、おそらく実力じゃねぇ。あいつの……何か、思惑があってのことだ。あいつは政治家だからな」

「……政治家」


 ぼくはグライの言葉を反芻する。


「あまり、そうは見えないけど」

「見えないってだけだ。あいつがいつのまにか軟禁生活を脱して、世間にその存在が広まり、皇位継承の話題に名前が上がるようになってきたのが、ただ偶然だと思うか?」

「……全部、彼女が意図したことだと?」

「そうだ。聖皇女という呼び名や、庶民の印象も含めてな。あいつが自分で説明していたよ」

「……あの年齢でそこまで成し遂げたのなら、普通じゃないな」


 ぼくは静かに言う。


(まつりごと)に対する天賦の才があったと言ってしまえば、それまでかもしれないが……」

「それだけなわけねぇだろ。才能でどうにかなる域を超えてる。特に、聖騎士とかいうやべぇ奴らをあれだけ集めるなんて芸当は」

「……才能でないならなんだって言うんだよ」


 グライが、一つ息を吐いて言う。


「託宣の巫女を知っているか、セイカ」

「……いや? 帝都の中央神殿にでもいるの?」

「違う。聖堂とは無関係の、かつていた一族だ。数百年に一度……勇者と魔王の誕生を予言する」

「……!」

「あいつの母親は、その末裔だった。聖皇女には託宣の巫女の血が流れている」


 グライが言う。


「あいつには、未来が視えるんだ」



****



「未来が……?」

「そうだ」


 問い返すぼくに、グライが続ける。


「頭に浮かぶんだとよ。ある時、ある場所、ある場面の、自分が見ている光景と記憶が。昼間に街で建物が倒れてきただろ。今思えば、あいつはあの場面を視てたんだろうよ。なんの意味があったのかは知らねぇが、だからわざわざあんな場所へ行こうとしたんだ。それと……お前が帰ってきた日、おれが負ける光景も、おそらくな」

「……そんなことは起こらなかったじゃないか。グライ兄が、突然やめるって言い出したから……」

「未来は変わるんだとも言ってたな。考えてみれば当たり前かもしれねぇが」


 ぼくはしばし思考を巡らせ、口を開く。


「勇者と魔王の誕生を予言する一族……と言ったけど、それはあのおとぎ話に語られる巫女のこと?」

「ああ。おとぎ話ではなかったがな」

「なら妙だ。あの話に出てくる巫女に未来視の力などなかったはず。勇者と魔王の誕生を、ただその直前に察するだけの力だったはずだ」

「知らねぇよ。皇族は魔法の才に恵まれてるからな。そっちの血と合わさって、どうにかなったんじゃねぇの」

「今の話はすべて、皇女本人から聞いたことなのか?」

「ああ、そうだよ」


 グライが言う。


「あいつの母親が託宣の一族の末裔だったことは、誰も知らなかった。ただあいつを産むまさにその時……予言したそうだ。勇者と魔王の誕生を」

「……」

「そのせいか知らねぇが、あいつの母親はそれからすぐに死んじまった。あいつはそれを、育ての親から聞いたらしい。それで覚ったんだとよ、自分の力がなんなのか」


 グライは続ける。


「初めは母親の予言の方も、子を産む苦しみの末の妄言と思われていたそうだ。だが帝国の諜報の結果、事実だとわかった。魔族の側でも同じような情報が出回っていたからな。もっとも、向こうはなぜか魔王の誕生は知らないようだが」

「……」

「あいつがしばらく軟禁されていたのは、そういう事情もあったんだろうぜ。帝国が今、唯一把握している託宣の一族だからな。未来視の力は想定外だろうが」

「……それが本当なら、あまりに出来過ぎている。偶然とは思えない。皇帝は、フィオナの母親が託宣の一族であると知っていたとしか……」

「どうだかな。普通に考えればあり得ねぇが……あの皇帝なら、全部狙ってやったんだとしても不思議はねぇな」


 ぼくは、少し考えて訊ねる。


「帝国や聖皇女は、わかってるのか? 勇者や……魔王が、誰なのかを」

「おれがそこまで知るわけねぇだろ」


 グライが吐き捨てるように言う。


「あいつは、勇者と魔王が生まれた時には赤ん坊だった。だから本来の託宣を受けたわけではないだろう。ただ……あいつは知っているだろうな。その未来視の力で」

「……」

「あいつがあれほど、単なる学生に会いたがるなんて妙だと思ったが……剣を受けてわかった。あのアミュとかいう女が、勇者ってことなんだろうな。……なんだよ、怖ぇ顔しやがって。その様子だとお前も知ってたのか?」

「……いろいろあってね」


 目を伏せるぼくに、グライが告げる。


「あまり首を突っ込むんじゃねぇぞ、セイカ。勇者や魔王なんてものに」

「……グライ兄が心配してくれるだなんて、おかしなこともあるもんだ」

「違ぇよ」


 グライがぼくを睨んで言う。


「あいつの邪魔をするんじゃねぇってことだ。あいつはあれでも、帝国の未来を見据えている」

「……帝国の未来、ね」


 政治家だけあるということか。

 ぼくはふっと息を吐いて言う。


「首を突っ込むなと言う割りには、ずいぶんべらべらと喋るじゃないか。そんなことまで話してよかったの?」

「別に構わねぇよ。どうせこの程度のことは、あいつはいずれ民に広めちまうだろうからな。疑うなら本人に聞いてみればいい……いやっ、だが、あの侍女どもには絶対言うなよ。おれがぶっ殺されちまう」

「グライ兄も、いろいろ考えていたんだね。意外だよ。美人に仕えられて浮かれてるとばかり思ってたけど」

「はっ、くだらねぇ!」


 グライが忌々しげに、剣を振りながら言う。


「女なんてクソだ!」

「ええ……」


 ぼくは困惑する。

 何があったんだろう……こいつも極端だな。


「セイカ、お前も気をつけろよ。おれには破滅に向かっているようにしか見えねぇぞ。あれだけ女を侍らせて……」

「き、肝に銘じておくよ……でも、それならなんで、グライ兄は聖騎士の誘いなんて受けたのさ。話を聞く限り、そのまま駐屯地にいた方がよかった気がするけど」

「最初は栄転だと思ったんだよ。こんなめんどくせぇ事情があるなんて予想できるか」

「へぇ……じゃあ、どうする? 今ならまだ辞退も間に合うんじゃない?」

「間に合うわけねぇだろ、ボケ! それに……辞退なんてするかよ」


 グライが、視線を彼方に向けて言う。


「あいつの視ている未来が気になるからな」



****



「セイカさま」


 部屋に戻ると、頭から顔を出したユキが話しかけてくる。


「あの者の話は本当でしょうか。あの者は、セイカさまに恨みがあるものと思っておりましたが……」

「少なくとも、嘘をついているようには見えなかったな」


 わざわざそんなことをする理由も思いつかない。

 ただ……。


「フィオナの力は、ちょっと信じがたいけど」

「未来が視えるという力でございますか?」


 ユキが不思議そうに言う。


「なにゆえ……? その程度のことは、セイカさまも占術でなされるではございませんか」

「占いと未来視は別物だよ」


 ぼくは説明する。


命占(めいせん)卜占(ぼくせん)相占(そうせん)も、導けるのは特定の物事に対する特定の結果だけだ。たとえば生まれの星から宿命を見たり、亀甲の割れ方から縁起を判断したり、家や都市の構造から吉凶禍福を予想したり、とかね」

「未来を視るのと何が違うのです?」

「事前に情報や道具や知識が必要で、しかもわかることが限定されるんだよ。それに方法論が確立されていて、学べば誰でも使えるし、他人に教えることができる。未来視は、これとはまったく違う」


 ぼくは続ける。


「情報も道具も知識も何もないところから、いきなり未来がわかる。方法論なんてものはなく、誰かに教えることもできない。魔術師の叡智からは隔絶した、超常の力だよ」

「はぁ、それは……管狐の予知に近いようなものでしょうか」

「管狐の予知も、厳密には占術だ。近いのは……西洋に伝わる預言者か、(あやかし)では(くだん)だろう」

(くだん)、でございますか……」


 人の頭に牛の身体を持った、人語を話す妖。

 生まれてすぐに重大な出来事を予言して死に、それは必ず当たるという。


「話には聞くものの、ユキも見たことはございませんが」

「実は一匹持ってるけどな」

「ええっ!? どうやったのでございますか? たしかあれ、予言をしたらすぐに死んでしまうはずでは……」

(くだん)の誕生を予言した(くだん)がいたんだ。丹後国(たんごのくに)にある村だということだったから、しばらく逗留して牛が産気づくたびに近くに張り付いてた」

「よくそんながんばりましたね!?」

「で、本当に生まれたから、何か喋る前にすぐ封じたんだ。悪いが見せることはできないよ。位相から出したら予言して死んでしまうからね」

「いえそれは別に、結構ですが……」


 ユキは呆れ気味にそう言ってから、気を取り直した風に頭を上げる。


「それはともかく、どうされますか? あの姫御子(ひめみこ)は、セイカさまの脅威となりうるでしょうか……」

「いや……大丈夫だろう」


 ぼくは言う。


「未来視と言えど、万能とは思えない。預言者も(くだん)も、自在に未来を視られるわけではないからね。そもそもぼくが力を振るうような真似をしなければ、そのような未来も来ないはずだ。政治家だというのは厄介だが、まあ――――」


 ぼくはふっと笑う。


「深く関わらなければいいだけだろう」

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