第十三話 最強の陰陽師、召喚獣と戦う
目的地へ一直線に飛ぶドラゴンは、ほどなくして山頂へとたどり着いた。
住処である岩場に降り立ち、頭を下げるドラゴンから、ぼくらは二人して飛び降りる。
「ここが、ドラゴンの巣なの……?」
「ああ。あっちにある岩山がドラゴンの寝床だよ。卵もそこにある」
「へえ……って、た、卵?」
「ごめん。説明してる時間はないみたいだ」
その時。
岩場の先に広がる森から、みしりみしりという音が響きだした。
突然、こちらへと一直線に、森の奥から木々がいくつもなぎ倒され始める。
最後に岩場に面した樹木をかき分けるようにへし折り、現れたのは――――赤黒い巨大なトラ。
背後で、ドラゴンが気圧されたように後ずさる。
凶悪な殺気を振りまきながら迫るモンスター。
それに向かい、ぼくは術を発動した。
《土の相――――透塞の術》
立ち塞がったいくつもの石英の柱に、赤黒いトラが激突した。
そこからさらに、溶岩の体を囲うように周囲から柱が斜めに突き出し、モンスターを完全に閉じ込める。
「ゴァアオオォォオゥゥッッ!!」
ラーヴァタイガーが吠え、柱の一つに噛みついた。
前回と同じように、石英の柱はびくともしない。だが次第に、その表面が熱でじわじわと溶け出す。
長くは持たない。
まあでも、無駄話するくらいの時間はできたかな。
ぼくは息を吸い、声を張り上げる。
「おーいゼクト! いるんだろう。出てこいよ」
「面倒な時に戻ってきちまったなァ、学者様よォ」
森から姿を現したのは――――ローブを羽織り、手に魔道書を開いた魔術師と、剣を提げた傭兵たち。
フードの奥で、ゼクト傭兵団の長たる召喚士は口の端を吊り上げる。
「卵一つ回収できたら依頼料持ってトンズラするつもりだったが……これで二人ほど、消すしかなくなっちまったようだなァ」
「ふーん、やっぱり最初から卵目当てだったのか。殿下がたまに市場に出回るって言ってたし、そうなんじゃないかとは思っていたけど」
「はっ、当たり前だろうが。ドラゴンの卵を一つ売りゃあ、オレたち全員が一年は遊んで暮らせるんだ。っはは、しっかし馬鹿な王子だったぜ」
ゼクトがせせら笑う。
「グレータードラゴンをこんな人数で倒せるわけねーだろうが! 一国が総力をあげて相手するレベルのモンスターだっつーのに、ラーヴァタイガーを見せてやっただけでコロッと信じやがった。もっとも、追い払うだけなら簡単だったがなァ」
ぼくは、召喚士に笑い返す。
「なんだ、やっぱりぼくの言ったとおりだったんじゃないか。エセ専門家さん」
「あ……? ガキが、状況をわかってねーようだな」
ゼクトが口元を歪ませる。
「オレのラーヴァタイガーは……てめぇのチンケな魔法でどうにかできるモンスターじゃねぇ」
バキリ、という音。
ラーヴァタイガーが、ついに溶けかけていた石英の柱をへし折ったところだった。
透明な檻から抜け出したモンスターが、殺気のこもった唸り声を上げる。
「オラッ、焦げ肉になって喰われやがれッ!」
赤黒い溶岩を纏った脚が、跳躍のためにたわまれる。
その時。
ラーヴァタイガーの足元から、巨大な水柱が噴き上がった。
「なァッ!?」
驚愕するゼクトの目の前で、水柱に跳ね上げられた溶岩獣が岩場に転がる。
噴き上がった大量の水は、そのまま地面に落下。傾斜に従って流れ、ゼクトや傭兵たちを飲み込んでいく。
驚いたのは、ぼくも同じだった。
大きな力の流れ。
それを操っていたのは――――指輪をはめた右手を敵に差し向ける、猫っ毛の少女。
「もう、黙ってやられたりしないから」
静かな表情で、イーファが呟いた。
その様子を見て、ぼくは思わず口を開く。
「イーファ……」
「セイカくん、まだ……」
「すごい! 今よく動けたな!」
「え、ええっ」
ぼくの弾んだ声に、イーファの表情が崩れた。
困惑したように言う。
「だって、セイカくんがこの前言ってたから……」
「普通は言われてもなかなかできるものじゃないんだよ。イーファは度胸があるなぁ」
「そ、そうかな」
「やっぱり君を連れてきたのは間違いじゃなかった。水の魔法もここまで扱えるようになったんだね。驚いたよ」
「……えっへへへ」
「クソッ、なんだこの魔法、まさか……てめぇもあの森人の仲間かッ!?」
岩に引っかかり、ずぶ濡れのゼクトがわめいている。
ぼくは首をかしげる。
「森人……? 何言ってんだ、あいつ」
「えっと、あのねセイカくん……」
「まあいいや、続きだけどねイーファ。大量の水を使ったのはよかった。というのも、水が少量だと溶岩の熱で瞬時に蒸発して、かえって危険なこともあるんだ。でも量が多ければ……ほら、見てごらん」
ぼくの指さす先では、ラーヴァタイガーがよろよろと立ち上がっていた。
動きがぎこちないのも無理はない。
溶岩の鎧は、そのほとんどが黒く固まっていた。
「赤かった部分が、丸くボコボコした形で固まってるだろ? 表面が冷えた後で、内部の溶岩が流動してあんな形になるんだ。火山が噴火して溶岩が海に流れ込んだ時もああいう岩ができるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「ゴァアオオォォオゥゥッッ!!」
その時、ラーヴァタイガーが吠えた。
固まっていた鎧の表面が割れ、新たな溶岩が流れ始める。
「この程度で終わりだと思うなッ! オレのラーヴァタイガーに生半可な魔法は効かねェッ!!」
ゼクトが立ち上がりながら叫ぶ。
表情を険しくするイーファ。
上げかけた右手を、ぼくはそっと掴んで下ろさせた。
「えっ……?」
「大丈夫だよ。あとはぼくがやっておくから」
《土の相――――火浣網の術》
白い投網が、ラーヴァタイガーに覆い被さった。
動きを妨げられた憤りから、溶岩獣が激しく暴れ回る。
さすがの石綿も石英を溶かす熱には耐えられないのか、縄が所々で切れ始めていた。
ゼクトが口の端を吊り上げて笑う。
「はっ、バカが! 網でラーヴァタイガーが捕まるかよッ!」
「いや、捕まえるつもりはないんだ」
ぼくは静かに呟いて。
宙空より姿を現した一枚のヒトガタを、暴れ回る溶岩獣へと向けた。
「少しだけ、大人しくしてほしかっただけだから」
《陽火の相――――皓焔の術》
ヒトガタから吐き出されたのは、眩いほどの白い炎だった。
それは、網に囚われたラーヴァタイガーを一息に飲み込む。
ほどなくして、それが消えたあとには――――何も残っていなかった。
「はァ…………?」
ゼクトが呆けたような声を上げる。
ラーヴァタイガーの残骸と呼べるようなものは、鎧にくっついていた高融点鉱物の石塊のみ。
本体も溶岩も石綿の網も、跡形もない。それどころか地面すらも溶けて沸騰し、冷えたところはガラス質化していた。
ぼくは鼻で笑って呟く。
「消し炭にすると言ったが……炭なんて残らなかったな」
陽の気で強引に燃焼温度を上げた、灰重石(※タングステン鉱石)すらも溶かしきる真白の炎だ。
溶岩のモンスターを一匹蒸発させる程度造作もない。
「なんだ、てめぇは……いったいなんなんだ……」
目を見開き、慄然と呟くゼクトに、ぼくは笑って答える。
「世界最強の魔術師だよ」
「ふざけやがって……ッ! おいてめぇら! 前衛で壁になれッ! 給料分働きやがれッ!!」
水に流され、岩や木に引っかかっていた傭兵たちがよろよろと立ち上がる。
その時――――、
「グルルルゥゥォォオオオ――――ッッッ!!」
ぼくの背後で、ドラゴンが吠えた。
一瞬で恐慌が伝播し、傭兵たちが泡を食って逃げ始める。
「クソ、ふざけんな!」
「あんなもん相手にできるか!」
悪態をつきながら背を向ける傭兵たちへ、ゼクトが目を剥いて叫ぶ。
「待てッ! 逃げるんじゃねェッ!!」
「そうそう、逃げるのはナシだよ」
ぼくはそう言って、散らばる傭兵たちを《蔓縛り》で拘束していく。
それから、立ち尽くすゼクトへと笑いかけた。
「で、あとは君だけだけど」
「…………オレを、あいつらのように捕まえねぇのは……舐めてるからか……?」
「うん。君貧弱そうだし、自分で手枷でも付けてくれないかな? めんどくさいから」
「そうか、それなら…………後悔させてやるよッ!!」
ゼクトの持つ魔道書が、強く光を放った。
そのフードの奥に、凶悪な笑みが浮かぶ。
「見せてやる! こいつはオレのコントロールすらおよばねぇ真の切り札だ!! おまえらもあの街もッ、どうなったって知ら、熱っづぁっ!?」
間抜けな声を上げ、ゼクトが突然魔道書を手放した。
「ええーッ!? オレの魔道書がッ!?」
ゼクトの魔道書は燃えていた。
水に濡れていたはずなのに、橙色の炎に包まれ灰になっていく。
「それが、杖の代わりなんだよね」
イーファが、据わった目でゼクトを見つめ、言った。
「これで終わり?」
ゼクトの周りにも、らせんを描くようにぽつぽつと橙色の炎が現れ始める。
それは、前世でも見慣れた人魂の炎。
「終わりだといいな。あなたまで燃やすのは……ちょっとだけ大変そうだから」
ゼクトが、人魂の虫籠の中でへたり込んだ。
あれはもう完全に心折れたな。
「……ね、セイカくん、これでよかった?」
イーファが、何かを期待する目でぼくを見る。
「あ、ああ。お手柄だよイーファ。危うく、何か得体の知れないモンスターを喚ばれるところだった」
頭を撫でてやると、イーファはうれしそうに目を細めた。
ただ、ぼくは少し残念に思う。
……ちょっと見たかったなぁ、切り札とやら。
※皓焔の術
陽の気で燃焼温度を上げた5,000℃の火炎を放つ術。タングステンは最も融点の高い元素だが、それでも3,400℃を超えると融ける。現代技術で生み出された炭化タンタルハフニウムでも4,200℃が限界となっている。5,000℃という温度は、この世界に存在するあらゆる物質を融解させ、ほとんどの物質を蒸発させてしまうほどの熱量となる。色温度の関係上、炎光は白く輝く(約5,000ケルビン=昼白色の蛍光灯くらいの色)。本来は輻射熱で術者自身や周りの者にも危険がおよぶため、今回主人公は陰の相の術を付したヒトガタを周囲に配置し、余剰な熱を吸い取っていた。





