第十二話 最強の陰陽師、奴隷少女をさらう
イーファは、森人の従者と何か話しているようだった。
ただ、気圧の魔法のせいで風がうるさく、よく聞こえない。
と思っていたら話がついたのか、イーファがこちらに駆けてきた。
二階のテラスに頭を寄せるドラゴンに向かい、思い切り跳び上がって手を伸ばす。
「セイカくんっ!」
「よっ、と」
ぼくは、その手を掴んだ。
そのまま力いっぱい引き上げ、後ろに座らせる。
「取り込み中のところ悪いな。ちょっと急いでて。しっかり掴まっててくれ」
「うんっ」
イーファがその細い腕を、ぼくの腹のあたりに回してきた。
それを確認すると、ぼくはドラゴンに行こうと告げ、光のヒトガタを目の前に飛ばす。
ドラゴンは、帰るんじゃなかったのかと怪訝そうにしていたが、やがて頭を上げ、翼を広げた。
魔法の出力が上がる。
気圧差の風が、強く吹き荒れ始める。
ぼくは笑顔を作り、王子や森人たちに向かって告げる。
「それでは皆さん、ひとまず山頂にてお待ちしています。あ、食糧とか持ってきてくださいね」
ドラゴンが翼を打ち下ろした。
密度の高い空気を掴んで、巨体が上昇していく。
やがて十分に高度が上がると、今度は次第に前へ前へと勢いをつける。
左翼を傾け、一度大きく旋回。目的地に向き直ると、ドラゴンは住処の山へ向け悠然と飛行し始めた。
「あわわわわ、と、飛んでるっ!」
空の上で、背中のイーファが焦ったような声を出す。
ぼくは上機嫌になりながら、イーファに話しかける。
「どうだいイーファ。空を飛んだ感想は」
「ちょ、ちょっと怖いかも。でも……きれい。わたし、こんな景色はじめて見た」
イーファが眼下に目を向けながら呟く。
そうだろうなぁ。
「でも、すごいね。セイカくん」
「ん?」
「まさか、ドラゴンに乗っちゃうなんて。前は無理だって言ってたのに……」
「そうなんだよ!」
「ひゃっ!? な、なに……?」
「ぼくもついさっきまでは無理だと思っていたんだ。でも、すごい発見をしたんだよ!」
ぼくは思わず興奮しながら説明する。
「翼のある生き物に乗って飛ぶことは、やっぱり基本的にはできないんだ。翼を羽ばたかせると、どうしてもこう、反作用で体幹が上下してしまう。背中になんて、普通はとても乗っていられるものじゃないんだ」
「あ、そっか……」
「だけど、実は羽ばたいていても上下動しない場所があったんだ。どこだかわかるかい」
「え……? あ、もしかして、頭?」
「そう! 鳥でもドラゴンでも、頭だけは極力動かないように固定してるんだ。視界を保たなきゃいけないし、そもそも脳が揺れたらまともに思考できないからね」
「へ、へえ……」
「普通のドラゴンだったら無理かもしれないけど、グレータードラゴンくらい大きければ頭にだって乗れる! このドラゴンにだけは騎乗できるんだよ! もしかしたら、おとぎ話の竜騎士もこうやって飛んでいたのかもしれないな」
イーファは、わずかに沈黙した後。
急に、大きな声で笑い出した。
「あっはははははは! そんなわけないよー、ドラゴンの頭に乗る竜騎士なんてかっこ悪いもん」
「か、かっこ悪い?」
そ、そうか?
というかぼく、前世でも蛟の頭に乗ってたんだけど……もしかして、周りからは珍妙な人間に見られてた?
「あーはは……それに、こんなに大きいドラゴンだったら、人間なんて乗ってても乗ってなくても変わらないよ」
「た、確かに……いやでも、拠点制圧には人員が必要だったりするし……」
言いながら、ぼくもだんだん無理がある気がしてくる。
「ふふっ、でも、セイカくんがこんなに夢中で喋ってるところ初めて見た」
「べ、別にいいだろ、夢中で喋ってもっ」
「うん……もっと聞きたい。どうやってドラゴンと仲良くなったの?」
「あー……」
ここで全部話す前に山頂に着きそうだ。
ついでに、連中も迫ってきている。
「ちょっと長くなるんだ。落ち着いてから話すよ」
「わかった……あと、さっきはありがとう、セイカくん」
「え、何が?」
小さく呟かれた言葉に聞き返すも、イーファは何も答えない。
んん? まあいっか。
「頭を動かさないとは言っても、多少は揺れるからな。しっかり掴まってるんだぞ」
「うんっ」
イーファが体を寄せ、回した腕に力を込める。
なんというかその……背中に当たる柔らかい感触が気になるが……なるべく意識しないようにしよう。





