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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
四章(アスティリアのドラゴン編)

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幕間 イーファ、プロトアスタ首長公邸にて③


 後宮を訪れた翌日。

 イーファとリゼは早朝の馬車で王都アスタを出て、昼前にはプロトアスタに着いていた。


 首長公邸にまで戻ると、出迎えてくれたのは数名の護衛を連れたセシリオ王子だった。


「おお! よく戻った、イーファ。道中何もなかったか? まあリゼがいれば何事も問題ないだろうが」

「あ、は、はい。どうも……」


 イーファは気後れしながら返事しつつも、内心で首をかしげる。

 なぜ、護衛を連れているのだろう。リゼの代わりだろうが、誰かと会っていたのか。


 王子は笑顔のまま言う。


「そなたを待っていたのだ。さあ、こちらへ来るといい」

「は、はあ……」


 仕方なく、言われるがままリゼと共について行く。

 連れてこられたのは、公邸二階にある会議室のような部屋だった。

 広い庭に面したテラスがあり、風を入れるためか窓は開け放たれている。


 部屋の中には他に数名、男性の姿があった。

 王子が、その中の一人に呼びかける。


「待たせたな、グルード殿。彼女だ」

「ほう。これは……上物でございますな」


 肥満体の中年男が顔を寄せ、品定めするような目を向けてくる。イーファは、思わず顔を引きつらせて後ずさった。


「本来ならば皮膚病や傷の有無、栄養状態を見るために裸にするのが常道ですが……ま、そういうわけにもいきますまい」


 肥満体の男は、それから王子に訊ねる。


「いくらか学問を修めているのでしたな。それと、魔法を使えると」

「そうだ」

「……難しいですな。そういった付加価値のある奴隷はなかなか需要が読めず、値が付けづらいのです。ただ、それでも概算を出すとすれば……」


 男は控えていた小僧に紙とペンを持ってこさせると、そこに何やら記入した。

 それを王子に手渡す。


「このあたりでしょうな」

「……用意した金額とほぼ同額か。よい。カーティス、これは正式な価値として認められるな」

「ええ、殿下」


 王子から紙を手渡された、顎髭の男が言う。


「日付と商会の印、算定者の名と、奴隷の名が記されております。客観的に価値を示す確かな資料であると、徴税員たるこのカーティスが認めましょう」


 顎髭の男は続ける。


「解放税は、額面の二十分の一となります」

「うむ。おい」


 王子が呼びかけると、護衛の一人が、持っていた革袋を机の上で開いた。

 イーファは、思わず目を瞠る。

 そこに収められていたのは、大量の金貨だった。


「あ、あの、なんですか、これ……」


 言い様のない不安に駆られながら、イーファは王子に訊ねる。

 王子はイーファに向き直り、微笑みながら言った。


「そなたの解放手続きだ、イーファ」

「え……え?」

「今日から、そなたは自由になれる」


 混乱するイーファへ、王子は諭すように話し出す。


「そなたも知っているだろうが、アスティリアでも帝国でも、奴隷には解放の制度がある。自らの価値と同じだけの金額を主人に支払い、規定の税を納めれば自由の身になれるのだ」


 王子は続ける。


「本来ならば役所で手続きを行わなければならないが、行政府の長であるボクが認めるのだから問題ない。そして……解放にかかる金は、今回ボクがすべて出そう」

「えっ……?」

「セイカ殿へはしかるべき金額を支払い、一部を解放税としてこの街に納める。形の上では、そなたは自分を買い戻したという扱いになる。心配ない。手続きはこちらですべて済ませておこう」

「え、む……無理です。そんなこと、できるわけないです」


 イーファは、自分にも言い聞かせるように言う。


「解放には、セイカくんの了承が必要なはずです。勝手に手続きを済ませるなんて、そんな……」

「了承するさ」


 王子は言い切る。


「奴隷の働きに報酬を与え、いずれ解放させることは、帝国でも富裕層の規範となっているはずだ。十分な金を支払った奴隷の解放を拒むなど、世間的に見てとても誉められた行いではない。だが……それでももし、セイカ殿が君の解放を認めないならば……」


 王子は告げる。


「その時はプロトアスタで奴隷徴発令を発し、セイカ殿から君を強制的に買い上げるとしよう」

「えっ……! そ、そんなこと……っ」

「本来は戦時中のための制度だが、これは参事会の承認なしに、首長の意思で発令できる。いったんは街の公共物扱いにはなるが、その後の扱いはボクの一存でどうにでもなる。ボクがあらためて君を買い、その後に解放すれば済むことだ」


 イーファはあわてたように言う。


「わ、わたし、そんなこと頼んでません!」

「リゼから、話は聞いている」


 王子は冷静な口調で言う。


「精霊の見えないボクには、セイカ殿の恐ろしさはよくわからない……。だが、ともすれば危険な主人の下に、君を置いたまま放ってはおけない」

「っ……」

「それに……君も、ずっと奴隷身分で辛かったであろう。この際自由の代償は求めぬ。後宮に入るも入らぬもイーファの意思で決めればよい。ボクはただ、君に自分の人生を生きてほしいのだ」


 イーファは、微かに震える声で訊ねる。


「帝国では……解放奴隷には、成人の後見人が必要なんです。自由になったら、わ、わたしは、学園に戻れるんですか……?」


 王子は、ばつの悪そうな顔で目を逸らした。


「それは……後見人を指定したうえで、帝国で手続きをしてもらう必要があるが……」


 イーファは、悪い予感が当たったことを覚った。


 帝国法上、解放奴隷にはその生活や立場を保証する後見人が必要になる。

 慣例で言えば、それは解放した元主人が務めるのが普通だ。


 だが、セイカはまだ成人の身分にない。

 そして属国や地方の領地ならばまだしも、大都市や帝立機関で後見人のいない不法な身分のまま過ごせるわけがない。


 解放されてしまっては、学園に戻れなくなる。


 それは、セイカと離ればなれになるということを意味した。


「……セイカ殿は、君の意思次第ではこの国で自由にしてやってもいいと言っていた。元々、君にはあまり執着がなかったように見えたが」


 追い打ちのように発せられた王子の言葉に、心が大きく揺らぐ。


 ただ。

 やはり、どうしても受け入れられない。


「い、いやです。わたしは、解放なんて望みません」

「なぜだ……。君は、自由になりたくないのか。自分の人生を生きたくないのか。奴隷とは、自らの生殺与奪を他人に預けるのだぞ。得体の知れない主人に仕えることをなぜ望む」

「わ、わたしがどうしたいかは、わたしが決めます! 身分は自由じゃなくても、なにを望むかはわたしの自由です!」

「……解放手続きの書類が用意できましたが、どうされますかな。殿下」


 顎髭の男が、冷めたような口調で言った。


「これには奴隷の拇印が必要なのですが」

「……しかし、イーファの意思が……」

「はは、悩まれているようですが殿下。奴隷が自ら隷属を望むなど、なんら珍しいことではありませんよ」


 肥満体の男が軽く笑いながら言う。


「過酷な状況に置かれると、人は心を守るため、その状況を自らが望んだものだと思い込もうとします。その娘のようなことを言い出す奴隷など、これまで何人も見ましたよ。ま、ある意味では正気を失っているとも言えますな」

「……どうすれば正気に戻る」


 肥満体の男は肩をすくめた。


「すぐには無理ですな。しかし境遇がよくなれば、いずれは自分が間違っていたと気づくでしょう。今は……ひとまず、無理矢理にでも承認させてしまうのがよろしいかと」

「っ……!」

「そうか。おい」


 王子の呼びかけと同時に、護衛の兵が二人がかりでイーファを押さえ込む。


「や、やだ! やめてっ!」

「すまない、イーファ……。拇印でいいのだったな、カーティス」

「ええ。インクはここに」

「やめてっ!! じゃ、じゃないと……っ!」


 イーファは自らの纏う精霊に呼びかける。

 いざとなったら魔法を使え。

 セイカに叱られた経験は、この時のためにあったのだと思った。


 だが――――。


「魔法は使うな」


 呼応しかけていた精霊。

 それらがすべて、突然に沈黙した。


 愕然とするイーファの視界に映ったのは、部屋全体を舞う無数の白い蝶。

 光属性の精霊。


 それはセイカの使う符術の結界にも似た、光の魔法だった。


 厳しい表情をしたリゼが言う。


「この場で力を振るえば、事はお前だけの問題ではなくなってしまう――――まあもっとも、私の【聖域】の中ではどうしようもあるまいが」

「ど、どうして……っ!」

「許せ。これが我が国……ひいては、お前のためにもなるはずだ」


 不意に、左の親指に鋭い痛みが走った。

 血の流れる熱い感覚。緑色に光る小さな鳥が視界をよぎっていく。

 風の刃のようなもので切られたのだと、イーファはすぐに気づく。


「拇印は血判でも問題ないな、カーティス」

「おお、さすがリゼ殿。恐ろしい腕前ですな」


 兵に押さえられた左手が、徐々に文字の並ぶ羊皮紙へと近づけられていく。

 白くなるほど握った指が、強引に開かされる。


 イーファは、思わず目をぎゅっと閉じた。


「セイカくんっ……!」


 血に濡れた親指が、羊皮紙に触れる寸前――――、


 室内に、突風が吹き荒れた。

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