第八話 最強の陰陽師、ドラゴンを墜とす
入山して、二日目の朝。
ぼくは、目的地である山頂にたどり着いていた。
傾斜の緩い、ひらけた場所だ。
山道はずっと森だったのに、この辺りだけは不自然に木がなく、代わりにゴツゴツした岩がいくつも転がっている。
炭化した幹がそこかしこに見られることから、ドラゴンが木を焼き払い、なぎ倒して、岩石を運んだことは明らかだった。
そうして作られた住処の主が、今ぼくの目の前で首をもたげた。
厳めしい鱗の奥にある眼光。
それに射すくめられながら、ぼくは笑った。
「やあ」
巨大なドラゴンへ朗らかに挨拶する。
やはり、でかい。
尻尾までで十丈(※約三十メートル)は余裕で超えているだろう。頭の大きさだけでぼくの身長以上だ。
先ほどまで岩石の積み上げられた巣の上で眠っていたドラゴンは、明らかに敵を見るような目でぼくを睨んだ。
「グルルルゥゥォォオオオ――――ッッッ!!」
突然、ドラゴンが吠えた。
牙の並ぶ顎が大きく開かれ、仄赤い光がちらつき始める。
次の瞬間、炎の息吹が吐き出された。
ぼく一人など余裕で飲み込んでしまうほどの火炎が、山頂に熱と光の道を作り出す。
「――――まあ、結界で効かないわけだけど」
炎の中から無傷で現れるぼくを見て、ドラゴンはいらだったように何度も息吹を吐きかける。
しかし当たり前ながら、何度やっても同じことだ。
「……お?」
その時、ドラゴンが急に翼を広げた。
微かな力の流れ。何か魔法が使われたらしく、ゆったりとした翼の羽ばたきと共に巨体が宙に浮いていく。猛烈な吹き下ろしの風に、ぼくは思わず顔をしかめる。
普通ならあんな巨体が飛べるわけない。
だが、空気の密度が濃いと離陸も楽になる。どうやら上位龍のように気圧を操れるようだ。暴風雨を引き起こすアレよりかは、だいぶ規模が小さいが。
山の上空へと飛び立ったドラゴンを見て、ぼくは首をかしげる。
どうする気だろ。まさか逃げるわけじゃないだろうけど……。
と、その時、ドラゴンが空中で旋回した。
ぼくをまっすぐに見据えたまま急降下してくる。
今回は初めて遭遇した時とは違い、威圧で済ます気はないみたいだ。
巨体が間近に迫る。
開かれたその太い爪に捕らえられる瞬間――――ぼくは、近くの式と位置を入れ替えた。
ドラゴンの爪の間を、ヒトガタがひらひらとすり抜ける。
ぼくを掴み損なった脚は代わりに近くの巨岩にぶつかって、上半分を粉砕していた。
いやぁ怖い怖い。
空振りしたことが不思議そうなドラゴンは、空中で再びその巨躯を旋回させる。
そろそろ真面目にやるか。
ぼくはドラゴンの真上に飛ばしていたヒトガタの扉を開く。
《召命――――児啼爺》
空間の歪みから現れたのは、老爺の顔をした赤ん坊だった。
醜悪な姿をしたその妖は、そのまま飛行するドラゴンの背にしがみつき、皺だらけの顔を歪ませてむずがる。
そして、大声で泣き始めた。
「ふんぎゃぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!」
その瞬間――――ドラゴンの体が、空中でがくっと沈んだ。
ドラゴンは焦ったように何度も翼を羽ばたかせるも、赤ん坊の泣き声が響く度に高度が落ちていく。
「ああああぁあぁっんんぁぁぁあああ゛あ゛あ゛!!」
一際大きな泣き声が上がり――――ドラゴンは山頂に墜落した。
激しい衝撃により、児啼爺がドラゴンの背から転げ落ちる。
「あっ……」
「ふぎっ!!」
顔面から地面にめり込んだ妖は……潰された蛙のような声を上げて動かなくなった。
……ちょっとかわいそうなことしたな。
あいつ、別に神通力で相手に取り付くわけじゃなくて、ただ握力でしがみついてるだけだからな。
さすがに飛んでいるドラゴンの相手をさせるのは酷だったか。
しかしながら、よくやってくれた。
児啼爺は、山中で赤子を装って泣き、哀れに思い背負った人間を押し潰してしまうという妖だ。
泣く度に重くなり、その重量は最大で背負った者の体重の十倍ほどにまでなる。
あのドラゴン相手なら……下手したら五万貫(※約百九十トン)くらいにはなっていたかもしれない。
児啼爺を位相に戻していると、重しのとれたドラゴンが再び翼を広げようとした。
そこに、ぼくはヒトガタを向ける。
「ダメダメ。大人しくしてろ」
《土の相――――火浣網の術》
白い太縄で編まれた投網が、ドラゴンの上に覆い被さった。
抵抗するドラゴンが激しく暴れ、四方八方に息吹を吐き出す。
だが白い投網は、ちぎれることもなければ焼き切れもしない。
ユキが恐る恐る顔を出して言う。
「……ずいぶん頑丈な網でございますね」
「石綿を編んだ縄でできてるからな」
石綿は非常に強靱な素材で、熱にも強い。
火にさらされたところで、汚れが燃えてきれいになるだけだ。
やがて、さすがに疲れたのか、ドラゴンが暴れるのをやめた。
とはいえまだぼくを睨んでいるし、微妙に唸り声を上げてはいるが。
「妖など使わず、最初からこの投網の術で捕まえてしまえばよかったのでは?」
「空中でいきなり翼が使えなくなったら危ないだろ」
「……珍しいですね、物の怪にご容赦なさるなど」
「そうか? まあ今回は、ぼくの方が招かれざる客だからな」
それに、勝手に倒してしまうわけにもいかない。
ユキは調子に乗ったような声音で言う。
「ふん。しかしながら、こちらの世界の物の怪は弱いですねぇ」
「あー、でも、こいつはたぶん普通の龍くらいは強いぞ」
「あっ……そうでございますか」
ユキが伸ばしていた首を引っ込めた。
ぼくは歩き出す。
「さて、まずはこいつの巣から調べてみるか」
岩を集めた寝床に近づいていくと、ドラゴンが吠えて暴れ出した。それを無視し、ぼくは岩山に足をかける。
そうして、巣を覗き込んだ。
思わず目を瞠る。
薄く砂の敷かれたそこには――――淡い黄色をした、一抱えほどもある楕円形の球体が一つ鎮座していた。
首を伸ばしたユキが呟く。
「セイカさま、これはまさか……」
軽く、その球体の表面に触れる。
滑らかだ。重量感があり、かなり硬そうだが……間違いない。
「――――卵だ」
※火浣網の術
石綿で作られた網で対象を捕獲する術。石綿(クリソタイル)の引っ張り強度は30,000kg/m^2。これはピアノ線以上であり、撚り合わせた縄の強度は理論上炭素鋼製ワイヤーを超える。さらには柔軟性、耐薬品性、耐摩耗性に富み、耐熱性ともなると分解温度がピアノ線のそれをはるかに超える450~700℃、溶解点は1,521℃を誇る。





