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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
三章(帝都トーナメント編)

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第十六話 最強の陰陽師、問い詰める


 そうして二日後。

 ぼくたちは無事、学園ヘと帰ってきた。


 たった半月離れただけだったのに、ずいぶん久しぶりな気がしたのは自分でも意外だった。

 授業もけっこう進んだらしい。追いつくのは大変かもしれない。主に、アミュにとってはだけど。


 ともあれ、平穏なのが一番だ。



****



 学園長に会いに行ったのは、帰ってきた翌日だった。


「よくやってくれたねぇ、二人とも」


 ぼくとメイベルが部屋に入るなり、学園長は満面の笑みでそう言った。


「記念すべき第一回帝都総合武術大会の優勝者が、まさか我が校から出るとは。アタシも鼻が高いよ。まあ第二回があるかはわからないが……とにかく、よくやってくれたよランプローグの。それにメイベルも。準決勝進出は大健闘だ。学園生同士が当たってしまったのは惜しかったねぇ。ブロックが違えば準優勝も狙えていたかもしれない」


 一息に捲し立てた後、学園長が少し置いて付け加える。


「ただし、お前さんたちはあくまで学生だ。学生の本分はなんだい? そう、勉強だよ。今回のことで多少経歴に箔はつくだろうが、それだけだ。ぼーっとしてるとあっという間に周りに置いていかれるよ。特にメイベル」


 名前を呼ばれたメイベルが、戸惑ったように問い返す。


「……私?」

「アタシらの都合ではあるが、入学早々に半月も学園を離れたんだ。追いつくのは大変だよ。特にお前さんの場合、筆記が……ねぇ。そこなランプローグのや従者の嬢ちゃんは成績がよかったから、教えてもらうといい」


 メイベルは困惑したように数回瞬きした後、こくりとうなずいた。

 学園長が笑顔で手を鳴らす。


「さて。帰ってきて早々来てもらって悪かったね。明日からに備えて今日は休むといい。ああ、ランプローグの。お前さんは、少し残ってくれるかい?」


 ぼくは無言のままで目を伏せる。

 メイベルは少し迷っていたようだったが、結局一人、学園長室を出て行った。


「……」

「……」


 扉が閉まってからも、ぼくも学園長も無言のまま。

 やがて。

 メイベルが部屋の前から歩き去って行った頃に、学園長がようやく口を開いた。


「さてと。ランプローグの……お前さんは、アタシに何か訊きたいことがあるんじゃないのかい?」

「……そうですね」


 ぼくは一つ息を吐いた。

 なるほど。

 そっちからくるなら、回りくどい真似はやめようか。

 微笑と共に告げる。


「これで満足ですか? 学園長先生」

「ふむ。どういう意味だい?」

「メイベルが決勝に進めなかったことで、勇者が死んだと見せかける筋書きは破綻した。それでよかったかという意味です」


 学園長は、細めた目でぼくを見る。


「そこまでわかっているのなら、満足かという質問は奇妙だねぇ。アタシらの目論見が外れてしまったことになるが」

「妙だと思っていたんです」


 ぼくは、部屋を歩き回りながら続ける。


「筋書きのために、学園の推薦枠は二つもいらない。ぼくが出場する必要はなかったはずだ。まあそれだけなら、新入生が一人だけ選ばれる不自然さを誤魔化すためとも言えるでしょう。慎重さは大事ですからね。ただ……それにしてもずいぶんと、慎重を期したものですね」

「……? なんのことだい?」

「クレインの家名を聞いてから、気になって実家に訊ねていたんです。どんな家なのかとね。当然ながら、大した情報は得られませんでした。魔法学研究者で、学園派閥の人間が多いこと。実は古い家柄であること。あとは……最近養子に迎えたメイベルを、ずいぶんかわいがっていたことくらいでしょうか。ドレスを何着も買い与えたり、社交界へ連れ出したり、肖像画を描かせるための画家を雇ったり……確かに偽装は大事でしょうが、遠からず死ぬ予定の娘にここまでする必要、ありました? まるで本当に養子として迎えるみたいですね」


 学園長は頭を抱えてぼやく。


「まったくあやつらは……浮かれすぎだよ。あれほど釘を刺しておいたのに……」

「学園とその上は初めから、筋書き通りに進める気などなかった。メイベルを手中に収めることこそが目的だった」


 ぼくは続ける。


「試合結果に責任を持たないという条件を付けたものの……ルグローク商会は、メイベルを決勝以外で敗退させるわけにはいかなかったでしょう。カイルの試験を済ませる必要があったから。だから当然、トーナメント表にも口を出した。出場者の経歴を調べ、レイナスのような危険な候補は確実に勝てるだろうカイルの側に配置した。メイベルは順当に決勝へと進み、そこで負け、死ぬはずだった。しかし、彼らは予想もしてなかったでしょうね……まさかカイルまで倒してしまうほどの大駒(おおごま)を、依頼者である学園が自らぶつけてくるだなんて」

「……」

「それで学園が何を得られるかと言えば、メイベルしかない。おそらくルグローク商会はメイベルを傭兵のように貸し出したのではなく、学園ヘ売ったのでは? 決勝で死ぬ予定の人間を、後で返却しろというのも変な話ですからね。逃げられた際に処分する条項くらいは付けていたでしょうが……負けて生き残ることなど想定していなかった。そしてそこを突き、ぼくにメイベルを敗退させることで、彼女を手に入れようとした。こんなところですか?」


 学園長はしばしの沈黙の後、溜息をついて言った。


「舐められていたのさ」

「……」

「『メイベルの試合結果には責任を持たない』。もしアタシらの思惑通りにいかなくても、金は返さないというわけだよ。そのうえ自分らの傭兵を出場させ、優勝させて名を売る気満々のくせに、メイベルが勝つ可能性もあるからと言って依頼料を吊り上げる。勇者はこの国の趨勢を決める重要な要素だというのに……今の帝国がどれだけ甘く見られているかわかるってものさ。ま、だからお前さんを使って奴らの鼻っ柱をへし折ってやったんだがね? メイベルを奪われ、自信作も失って向こうは散々だろう。いい気味さ」

「……ぼくがメイベルやカイルに負けるとは、考えなかったんですか?」

「アタシはこれでも長く生きていてね」


 学園長が、口の端を歪める。


「その者の力の程くらいは、それなりにわかるものさ。お前さんの才は……勇者のそれにも匹敵するだろう。しかも、すでにかなりの力を手にしている。恐ろしいものだよ。下手すれば勇者以上の……いや、それはないかね。勇者を超える才など、この世界にあるわけがない」

「……まあ、そんなことはどうでもいいです。ぼくが訊きたいのは、実のところ一つだけだ」


 ぼくは静かに言う。


「メイベルに何をさせるつもりですか?」

「……」

「ルグロークに一泡吹かせるためだけに、こんなことを企図したわけではないでしょう? メイベルを手に入れること、それ自体に意味があったはずだ。それは何です?」


 学園長は、ふっと笑って言う。


「それを訊いてどうするんだい?」

「別に。哀れな理由なら、哀れだと思うだけです。ただ多少の義理もあるので……何かしてあげられることがあるなら、するかもしれませんが」

「はっはっは、それは恐ろしいねぇ。ではお前さんはどんな理由を想像する?」


 ぼくは眉をひそめて答える。


「学園の内から守りを固めるため、でしょうか。警備の兵を雇っても、学園の内情までは把握できない。入学生として間者が送られてくる可能性がある以上、生徒の立場でアミュを守る者が必要だったのでは?」

「なるほど、それはいいねぇ。ただ今後、魔族の注意は学園から外れることになりそうだがね? 今回明らかに託宣の内容と合わないお前さんが優勝したことで、学園の人材の厚さが喧伝できた。去年、どういうわけか刺客と間者が一人ずつ消えたことも、これで勇者の仕業とは言い切れなくなっただろう」

「……違うと言うなら、なんなんです」


 学園長は、しばしの沈黙の後。

 ふと目を伏せ、呟くように言った。


「あの子が不憫だったのさ」

「……」

「信じていないね。だが事実だ。これ以上振っても何も出ないよ」


 学園長が話し始める。


「初め、官吏どもはこの計画を取り下げようとしていた。ようやく勇者の影武者候補が見つかったものの、優勝させられないのでは仕方ない。舐めた態度をとっている商会の条件を蹴り、この案を白紙に戻そうとね。アタシもそれに賛成だった。だがメイベルと会って、気が変わったのさ」

「……」

「才に恵まれた子。しかし、この世のあらゆる不幸を味わったかのような顔をしていた。慕っていた実の兄に殺されることになるのだから無理もない。ただね、あの子はアタシに、優勝してみせると言ったんだ。変わってしまった兄を楽にしてやりたい。恵まれた才を肉親殺しのために使う、だから自分を使ってくれと。死んだ目でね。そのときアタシは思ったのさ――――こんなのは間違っている」

「……」

「だから官吏どもを説得し、商会と契約を取り付け、棄権なんてとてもしないだろうあの子のために、セイカ・ランプローグという鬼札を使う方法を考えた。従者の嬢ちゃんを候補に入れたのもその一つさ。自分が辞退すれば、あの子が出場することになるかもしれないと、いくらか不安に思わなかったかい? 商人の使う話術の一つだよ」


 学園長は続ける。


「長く生きると、色々なものから執着がなくなってくる。金や名誉や力、そして生そのものにも。だがね、他人のために何かしたいという執着は、なかなか手放せないものさ。こんな立場にいるのもそれが理由かもしれないねぇ。お前さんにはまだわからないだろうが」

「いえ……」


 ぼくは言葉を切った。

 前世で孤児を拾って弟子にしていたぼくも、たぶんこの人と似たようなものだ。


 かつて持っていた力に対する執着だって。

 転生したことで、いや、愛弟子に敗れたことで失ってしまった。


 ぼくは、一つ息を吐いて訊ねる。


「メイベルは、ルグロークから刺客が送られることを心配してましたよ。向こうはカイルを失って怒り心頭でしょうし、内情を知るメイベルを捨て置かないのでは?」

「そのくらい手を打っていないはずがないだろう。クレインは男爵家だが、由緒ある家柄で宮廷との繋がりも太く、加えて奥方は公爵家の三女だ。養子とは言え、彼らの息女を手にかければルグロークに待つのは破滅さ。だからこそ、金を積んで引き渡しを求めてきたようだが……あやつらは遣いを門前払いにしたと言っていたねぇ。まあ心配はないだろう」


 それに、と学園長が付け加える。


「ルグロークが力を付け始めたのは、ここ数年のことだ。勢いづいていた者が不意に足元を掬われれば、臆病になるものさ。しばらくは大人しくしているだろうね」

「そうですか。なら……ぼくがやることはなさそうですね」

「何を言っているんだい」


 学園長が呆れたように言う。


「暗殺に怯える必要がないのは当たり前のこと。大事なのは、そのうえでどう生きるかだよ。あの子はこれから慣れない学園生活を始めるんだ。色々と助けておやり。先輩としてね」

「それくらい承知してますよ」


 そう言って、ぼくは踵を返した。

 もう話も終わりだろう。


 内心で溜息をつく。

 今となって思えば、やはり深入りするべきではなかった。

 出場を辞退し、メイベルの死や、学園長の思惑とは無関係に過ごす。それが、ぼくにとって一番いい結果だったはずだ。

 いらない好奇心に負けたのが失敗と言ってもいい。

 ただ……後悔はしていなかった。


 ふと。

 一つ、ささいな疑問が浮かんだ。ぼくは学園長を振り返る。


「ところで……長く生きたとおっしゃっていましたが、先生は実際おいくつなんです?」

「女に年を訊くかい。野暮な餓鬼だねぇ。アタシの年なんて、アタシが教えて欲しいくらいさ」


 学園長は、吐き捨てるように言った。


「三百から先は数えちゃいないよ」

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