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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
三章(帝都トーナメント編)

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第十五話 最強の陰陽師、帰り支度をする


 決勝戦は、ぼくの勝利で決着した。


 霧の(あやかし)を回収した後、消えてしまったカイルに会場は騒然としたが、結局「跡形もなく消し飛ばした」というぼくの言葉が受け入れられた。水銀と硫黄で血に似た染料を作り、ステージ上に丹念に撒いていたのがよかったのかもしれない。


 その後の表彰式、閉会式は、ずいぶんあっさりと事が済んだ。

 帝都での御前試合だったにもかかわらず皇帝の姿はなく、勲章としての首飾りも、運営委員長だという禿頭の中年男から受け取っただけだった。

 近衛への入隊は、式の中で断った。相手のメンツを考えて言葉は飾ったが、まるで予定調和のように受け入れられたのが印象に残っている。

 唯一よかったのは、多額の優勝賞金がきっちりもらえたことくらいか。


 そして。

 翌日の早朝。


 ぼくとメイベルは、帝都の城壁の外に立っていた。


 城門からかなり歩いた、森がほど近い場所。

 言葉もなく佇むぼくらの前にあるのは、苔むした小さな岩だ。


「……」


 この岩の下に、カイルは眠っている。


 死んだカイルの体を、ぼくは位相に仕舞い、誰にも知られないよう持ち出した。

 おそらく、あのままだとルグローク商会に回収され、痕跡が残らないよう処分されていただろうから。


 せめて、埋葬くらいはしてやりたかったのだ。


 メイベルのためというよりは、自分がそうしたかった。

 彼女への申し開きの言葉は、今でも思い浮かばない。


「……いいの。わかってたから」


 ぼくの思考を読んだように、メイベルが静かに言った。


「そういう呪いがかけられることは、なんとなく予想してた。負けた『商品』が帰ってくることは、絶対になかったから。あなたが、兄さんを助けてくれようとしたこともわかってる。だから、気にしないで。こうやってちゃんとお別れをすること自体、私は諦めてた」

「……」


 カイルを生き返らせなかったことは、後悔していない。

 あの秘術は、前世でも使用を控えていた代物だ。

 常命の者を蘇らせるのは、世界の(ことわり)に反しすぎる。求められればきりがなくなり、いずれは大きな破綻を迎えるだろう。

 前世で決めた自制を忘れ、激情のままに使おうとしたこと自体間違いだったのだ。気が緩んでいたにしてもひどすぎた。


 ユキの言う通り、カイルにもメイベルにも、そこまでしてやる恩や義理はない。

 前世でどれだけ乞われても行わなかった秘術を、あそこで行う理由はどこにもない。


 ただ。

 ただ、やるせなかった。


「……こんな場所でよかったのか? 君たちの故郷に葬ると言うのなら、付き合ったけど」


 この場所を選んだのはメイベルだった。

 その彼女は首を振る。


「いい。私たちに、もう故郷はないから」


 また長い沈黙が訪れる前に、ぼくはメイベルに言う。


「その……メイベルって名前は、本名だったんだな」


 聞いたメイベルは、不思議そうにうなずいた。


「うん。偽名だと思った?」

「最初はね」

「普通、偽勇者の名前に、わざわざ昔の勇者の名前は選ばない、と思う」

「……それもそうか。わざとらしすぎる」

「でも、どうして?」

「カイルが……何度か君の名前を呼んでいたんだ。だから」

「……そう」


 穏やかな表情を浮かべるメイベルに、ぼくは告げる。


「実は、そのカイルから伝えて欲しいと言われていたことがあったんだ」

「え……」

「ただ、ぼくには意味がよくわからなくて……『四つ葉のこと、ごめん』って」


 メイベルは、息をのんで目を見開いた。

 それからぽつぽつと話し始める。


「手術の少し前に……私が、大事にしてた四つ葉の髪飾りを、兄さんが間違って壊してしまったの。それで、ちょっとだけ喧嘩になった。そのこと、だと思う。あんなの、なんでも、なかったのに……」


 隣ですすり泣く声が聞こえ始める。

 ぼくは、ただ黙って、メイベルが泣き止むのを待っていた。


 やがて長い時間が経ち。

 メイベルが、小さく呟く。


「……私、これからどうなるの?」

「言ったじゃないか。学園に帰って、生徒として過ごすんだよ」

「ほんとうに?」


 メイベルがぼくの顔を見た。

 不安の滲む声。


「こんなのまだ、信じられない。兄さんに殺されるはずだったのに。試合で負けてしまったのに。貴族の養子で魔法学園の生徒なんて、そんな仮初めの身分に戻って、そのまま生きていくなんて……。ねえ、ほんとう? ほんとうなの? 私っ……」

「大丈夫だよ」


 そう言って、ぼくはメイベルの手を取った。


「行こう。もうすぐ馬車が出るよ。ぼくたちの馬車だ」

「っ……」

「もし……大丈夫じゃなかったとしても」


 ぼくは一拍置いて告げる。


「ぼくがなんとかしてあげるよ。だから心配するな」


 最強だからと言って、なんでもできるわけじゃない。

 むしろ、驚くほど無力だ。


 ただそれでも。

 普通の人間よりは、選択肢がたくさん用意されている。



****



「あ、ようやく帰ってきたわね」


 城門近くにまで戻ってくると。

 ぼくたちが乗る馬車の前で、アミュが腰に手を当てて仁王立ちしていた。

 その隣には、不安そうな顔をしたイーファの姿もある。


 二人には、だいたいの事情を伝えていた。

 カイルとメイベルは兄妹で、傭兵を囲う商会に育てられたこと。カイルには敗北によって発動する口封じの呪いがかけられていたこと。ぼくがこっそり遺体を運び出していたこと。それをメイベルと二人で、たった今埋葬してきたことも。

 ただ、勇者のことだけは伏せた。メイベルが貴族に引き取られたのは縁があったからで、大会で再会することになったのは偶然。そういうことにした。

 アミュには、まだ何も知らないままでいてもらおう。


 で、そのアミュはというと。

 なにやらメイベルを見つめて不敵な笑みを浮かべていた。


「ふっふ、待ちくたびれたわ。責めるつもりはないけど」

「ね、ねぇアミュちゃん、ほんとにやるの? なにも今……」

「馬鹿ね。こういうときこそ剣を握るべきなのよ」


 二人でもめていた。

 なんだ?


「新入生」


 と言って。

 アミュはメイベルに、一本の剣を差し出した。


 片手剣としては、だいぶ幅広で長い剣だ。

 安物みたいだけど。


 アミュが告げる。


「一戦付き合いなさい」

「……嫌。そんな気分じゃない」

「いいからいいから!」


 言いながら、メイベルへ強引に剣を押しつける。

 そして自分は、すっかり愛用しているミスリルの杖剣を抜いた。


「模擬剣じゃないから、武器が壊れるか、取り落としたら負けね」

「……なにそれ。寸止めは?」

「危ないからナシ」


 ぼくは首をかしげる

 変なルールだな。


「そうそう、あんたは魔法禁止だからね」

「いいけど」

「あたしは使うけど」

「……は?」


 メイベルが眉をひそめて言う。


「ふざけてるの?」

「いいじゃない。あんた一回勝ってるんだから。ハンデちょうだい」


 無茶苦茶言ってるな。


「セイカ。合図お願いね」


 なんだか、あまりアミュらしくない。

 メイベルの事情は知っているはず。こんな時に再戦を持ちかけるほど、無神経でもなかったはずだけど……。


 まあ……いいか。


「じゃあ行くよ。……始め」


 アミュが地を蹴った。

 杖剣を振りかぶり、メイベルの持つ片手剣へと斬りかかる。


 ただ……なんだかいつものキレがないな。

 妙に遅いし。


 メイベルは剣を立て、怪訝そうな表情でそれを受けようとする。


 だが、それぞれの刃が触れた瞬間。


 メイベルの片手剣が、派手な音を立てて真っ二つに折れた。


「なっ……」


 メイベルが目を丸くする。


 アミュはというと。


「わわっ!」


 まるで自分の剣に振り回されるように、たたらを踏んで地面に倒れ込んだ。

 驚いたことに、地に突き立った杖剣の剣身は、その半ばほどまでが埋まっている。


 尻餅をついたアミュが、メイベルへと笑いかける。


「あはは、あたしの勝ち! どう新入生? あたしだってこれくらいできるのよ!」

「今の、重力の魔法……」

「全属性使いの首席合格者を舐めないことね! でもこれ、難しいわねー。あんたよくこんなの実戦で使えるわね」

「……」


 メイベルが、アミュを冷めたような目つきで見つめる。


「……なんなの? 自慢したかっただけ?」

「あんた……本当は、自分でお兄さんに勝ちたかったんじゃないの?」

「……別に。勝ち負けじゃない。私は、ただ……」

「嘘ね」

「……」

「剣筋見てればわかるのよ。あんた、ぜったいお兄さんの後にくっついてるような大人しい妹じゃなかったでしょ。横に並べるようになるか……あわよくば追い抜かしてやろうと思ってた。そうじゃない?」

「……」

「大会に出たのも、決勝がその最後のチャンスだったからなんじゃないの?」

「……わかったように言わないで。結局なにが言いたいの」

「次は、あたしに勝ってみなさいよ」

「はあ?」


 呆れたような顔のメイベルに、アミュはにっと笑って言う。


「今一勝一敗。卒業までにあたしに勝ち越してみせなさい。ま、難しいと思うけど」

「……ばかみたい。なんでそんなこと」

「目指してた人がいなくなって、やるべきこともなくなって。あんた今、これからなにしたらいいかわからないんじゃないの?」

「……」

「だからよ。いいじゃない。学園には稽古の相手がいなくて退屈してたの。しばらく付き合いなさいよ。あんたが他に、やりたいことを見つけるまでの間だけでも」


 尻餅をついたまま話していたアミュが、メイベルへと手を伸ばした。

 メイベルは、しばらくそれを黙って見つめていたが……やがて、小さく溜息をついて言う。


「……やっぱり、ばかみたい」


 そして、その手を取った。

 そのままアミュを引っ張り起こすと、憮然として言う。


「あなたに勝つのなんて簡単すぎ。目標でもなんでもない。偉そうなことは、私の魔法くらいまともに扱えるようになってから言って」

「仕方ないでしょ、まだ慣れてなかったんだから」

「慣れじゃない。コツがあるの。もっと早く魔法を解かなきゃダメ。さっきみたいに引き戻せなくなるから」

「ふうん……? ついでに、振りながら使った時反動がきついのなんとかならない?」

「当てる時にだけ使うの。振りながらだとどうしても力が……」

「あ、あのっ」


 馬車の方から戻ってきたイーファが、なんだか焦ったように言う。


「み、みんな、そろそろ出発しない? なんか御者さん、イライラしてるみたいだったよ……」


 ぼくは、少し笑って。

 それから二人の少女剣士へと声をかけた。


「さあ、二人とも帰るよ。話の続きは馬車の中でしてくれ」

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