第十一話 最強の陰陽師、襲われる
その日の夜。逗留中の宿にて。
ぼくは吊していた灯りを消して、ベッドに潜り込んだ。
帝都中で式神に行わせていた盗み見、盗み聞きはもうやめていた。だから、心置きなく眠ることができる。
めちゃくちゃ大変だった割りに、あまり効率はよくなかったな……。
明日予定通り負ければぼくの大会も終わり。
あとは学園へ帰るだけだ。
でもその前に、一日くらい観光にあててもいいかな。あの二人と違ってぼくはあんまり帝都を回れてないし……。
「……セイカさま」
ユキの、何やら疑わしげな声。
「ん?」
「本当に、明日は負けるのでございますよね? まさか優勝しようなどと考えては……」
「ないない。そんなことしてなんの意味があるんだよ」
「おっしゃるとおりでございますが……なんとなく、ユキはそんな予感がしたものですから」
「確かに管狐は予知もできたはずだけど、お前が成功したことなんてあったか?」
「ユキだって次の日の天気くらいは言い当てたことがありますよ!」
「あめはれくもりの三択じゃないか……しかもけっこう外してたし」
ぼくはあくびをし、目を閉じる。
「寝るのですか?」
「うん」
「では……ユキも寝ます。おやすみなさい」
声が聞こえたかと思うと。
何やらもぞもぞと、左腕に柔らかいものが触れた。
目を開けると、白い少女がぼくの左腕に抱きついている。
「……おい」
「はい?」
不思議そうな返事と共に、少女の姿のユキがぼくを見る。
暗くてよくわからないが、どうも笑いをこらえているような。
「いや……なんだよ、急に」
「久しぶりに一緒に寝ましょう! セイカさま!」
「寝てるだろ、ぼくの頭で」
「そうではなく、こうやって横でということです。だいたい、もうずっとユキは人の姿をとっていなかった気がします!」
「まあそうだけど」
「いいではないですか、たまには! この宿の寝台は広いようですし!」
「……仕方ないなぁ」
「えっへへ!」
ユキが抱きついてくる。
そういえば人の姿を与えたばかりの頃は、はしゃいでいつまでも妖の姿には戻ろうとせずに、夜もこうして布団に潜り込んできたっけ。
管狐として見るならもうけっこうな年月を生きているはずなんだけど、いつまで経っても子供みたいだ。番いにしてやらないとこんなものなのかな。
と、ユキがおもむろにぼくの頬へ手を伸ばすと、ベタベタ触ってきた。
こちらに顔を寄せるユキは、どうやらにやけている様子。
「うふふふ、セイカさまのお顔はかわいいですねぇ……! ちっちゃなハルヨシさまみたいで」
「やめんか……」
と、そのとき。
感じた気配に、ぼくは屋根にとまらせていたフクロウの視界に注意を向けた。
これは……。
「ハルヨシさまが童の頃もこんな感じだったのでしょうか……って、ええっ、セ、セイカさま!?」
ぼくが身体の向きを変え、右手でユキの肩を掴むと、白い少女は動揺の声を上げた。
「い、いけませんセイカさまっ! こ、こここれでもユキは管ですので人と番うのはそのっ!」
「ちょっと静かにしてくれるか」
ユキの細い身体を抱くようにして、その上に覆い被さる。
そして――――そのまま反対側に寝返りを打ち、ぼくはベッドから転がり落ちた。
どすん、という音が響く。
「ぐえっ」
ぼくと一緒に落ちたユキが、呻き声を上げる。
次の瞬間。
天井をぶち破って落下してきた人影が、ベッドへ短剣を突き立てていた。
轟音が宿に響き渡る。
ベッドはすさまじい衝撃に耐えかね、銛で突かれた鯉のようにへし折れていた。
びっくりしたユキが狐姿に戻り、ぼくの髪に潜り込む。
ぼくはさらに転がって、ヒトガタを掴みつつ体を起こした。
そして、破壊されたベッドの中心に佇む人物へ目を向ける。
「はは、夜這いにしては過激じゃないか。メイベル」
メイベルの返答は、閃く投剣だった。
身を伏せるようにして銀の刃を躱す。
狙いが外れた投剣は、そのまま背後の壁の木材をぶち破り、大穴をいくつも開けた。やはり尋常じゃない威力だ。外から夜風が入り込んで、ひんやりした空気が肌に触れる。
投剣を投げ終えたメイベルは、すぐさま短剣を抱えて突進してきた。
突き出された刃を、腕を掴み逸らして止める。だが突進の勢いまでは殺しきれなかった。体ごとぶつかってきた少女を受け止めきれず、背中で穴の開いていた壁を突き破る。そして、ぼくはメイベルと共に空中へ放り出された。
夜の街並みが眼下に広がる。
三階の高さだ。大したことはない。
落ちながらメイベルを蹴って距離を空け、気の流れを意識し、空中で体勢を整えて着地する。
前方では、刺客の少女が羽のような軽やかさで路上に降り立っていた。
夜の帝都。
人気のない路地で、ぼくらは静かに対峙する。
月明かりに照らされた重力使いの少女の顔に、表情はない。その内心も読みとれない。
再び、メイベルが投剣を放った。
唸りを上げる刃を転がるようにして躱し、ぼくは片手で印を組む。
《木の相――――蔓縛りの術》
メイベルの足下から蔓が噴出する。
彼女は一瞬目を見開いたものの、対処は早かった。目の前の蔓を根元から断ち切り、前に大きく踏み込んで周りの蔓からも逃れる。
そして、その勢いのままぼくとの間合いを詰めてくる。
ぼくの肩口へ短剣が突き出される。
だがその刃先が貫いたのは、一枚のヒトガタ。
メイベルの背後に転移したぼくは、その背にヒトガタを貼り付けた。
「悪いがお帰りいただこう」
《陽の相――――発勁の術》
符より運動エネルギーが付加され、メイベルを路地の向こうまで吹っ飛ばす――――はずだった。
だが。
彼女は、瞬間的に体を屈ませたかと思えば。
吹き飛び始めると同時に、短剣を石畳へと突き立てた。
ガガガガガッ、というすさまじい音と共に石畳が削れていく。
しかし同時に勢いも急激に失われていき……やがて、彼女の体は止まった。
焦げ臭い臭気が辺りに漂う。
んー……。
けっこう勢いを乗せたが、まだ足りなかったみたいだな。体重をかなり増加させていたのか、初速からだいぶ遅かった。
メイベルがゆっくりと立ち上がる。
さすがにギリギリの攻防だったのか、やや息が乱れているようだった。
ぼくは溜息をつく。
強いな。
命を狙われて捨て置くには、少々危ない。
気は進まないが、消しておくか――――、
「なんだよ、うるっせぇなぁ……うおっ!?」
声に振り返る。
見ると、路地の角から酒場帰りらしき中年の男がこちらを覗き込んでいた。割れた石畳や穴の開いた宿の外壁を見て目を丸くしている。
「闖入者とは無粋だな」
ぼくが術を放つ……その前に。
メイベルの投剣が、ぼくの背後から飛んでいた。
細い投剣は、男のいる角の街壁に命中し、派手に破壊。破片と粉塵を闖入者へと降らす。
「ひっ!」
短い悲鳴を上げ、中年の男が逃げていく。
振り返ると、すでにメイベルの姿は消えていた。
静けさの戻った、夜の路地。
冷静になったぼくは一つ息を吐く。
「うーん……」
頭が冷えると同時に、思考が戻ってくるのを感じる。
落ち着いて戦いを思い返してみると、いくつか気づくことがあった。
ユキがおそるおそる、髪の中から顔を出す。
「セイカさま……あの、今のは?」
「……明日の前哨戦、と言ったところかな。よし、決めたぞユキ」
ぼくは笑みを浮かべ、ユキに告げた。
「せっかく会いに来てくれたんだ。今宵はあの娘と過ごそうか」





