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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
三章(帝都トーナメント編)

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第八話 最強の陰陽師、尋問する


 まだ夜の明けきらぬ早朝。

 人通りのない帝都の路地を、足早に行く一人の男がいた。


 男は路地の突き当たりで足を止めると、ゴミ山の隅に隠されていた木箱の蓋を静かに開ける。

 中に入っていたのは、一匹のハトだった。

 男はハトを慎重に捕まえると、片方の足に懐から取り出した足輪をはめる。

 そして、両手で空へと放った。

 ハトは自分の行くべき方角を見定めると、迷いなく羽ばたき、帝都から遠ざかっていく――――。


 そこに、突如飛来したタカが空中で襲いかかった。

 もがくハトを強靱な爪で押さえ込むと、あらぬ方向へと飛び去っていく。


 思わぬ不運に、男は目を見開いた。


 伝書鳩が猛禽に襲われることは少なくない。

 だが、よりにもよってこの場面で――――と言ったところだろうか。


「チッ……クソッ」


 悪態をつく男。

 その背に――――ぼくは声をかける。


「ハトを飛ばすなら早朝だと思っていたよ」


 男が驚いたように振り返った。

 二十代半ばほどの、どこにでもいそうな男。特徴のない顔は印象に残りにくい。

 こういうのが向いているんだろうな。


 ぼくは笑顔で言う。


「魔族側の間者だよね」

「……いきなり何の話だ。誰だか知らないが、俺に何か用か?」

「いろいろ訊きたいことがあるんだ。あのハトに持たせた密書の内容とか」

「密書……? あれはロドネアの支部に送るうちの伝票だよ。あのタカのおかげで送り直しだがな。そろそろ大旦那の出勤なんだ。悪いが失礼するよ、坊や」


 男は困ったように言って、視線を逸らした。

 こちらへと歩きながら、まるで仕事道具でも取り出すような何気ない仕草で――――腰から一振りのナイフを引き抜く。

 次の瞬間、その歩みが疾駆に変わった。

 ナイフの切っ先は、いつの間にかぼくを向いている。


「そういう態度だと助かるな」

《木の相――――蔓縛(つるしば)りの術》


 石畳を割って、幾本もの太い蔓が伸び上がった。

 それは男に触れるやいなや巻き付き、木質化して強く締め上げていく。

 苦鳴と共に、ナイフが手から落ちた。


「クソ、な……んで、わかった」

「内緒話を聞いたんだ。君が情報屋としていた、ね」

「あ、あの場には誰もいなかったはず……!」

「人間はね。いやぁ大変だったよ、帝都中に放った式から情報を集めるのは。おかげで寝不足だし頭痛はひどいし。でもこうして一人捕まえられたから、その甲斐はあったかな。これでようやく一息つけそうだ」


 男は理解不能なものを見るような目でぼくを見る。


「セイカ・ランプローグ……お、お前いったい……」

「あー、やっぱり大会出場者の顔くらいは把握してるよね。ついでに、君が報告しようとしていたことも教えてくれないか?」


 男は口の端を歪める。


「はっ、誰が吐くか」

「そう」

「拷問でもするかい? 俺が正直に話すとは限らないがな」

「いや」


 ぼくは一枚のヒトガタを宙に浮かべる。


「其の方の魂に訊こう」

《召命――――(さとり)


 位相から引き出されたのは、一匹の猿に似た(あやかし)だった。

 顔だけは妙に人に似ていて、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。


 突如現れた妖を、男は不気味そうに見る。


「なんだ、この……」

「『なんだ、このモンスターは? こいつは召喚士(サモナー)だったのか?』」

「こっ……」

「『言葉を喋るだと? それより今、俺の考えが読まれたのか?』ゲハハァ……」


 覚の話す言葉に、男の顔が蒼白になる。


 そう。

 覚は、人の心を読む妖だ。


「じゃあ尋問といこうか。まず、君の上には誰がいる?」

「っ……そんなことを話すわけがっ」

「ゲハハハ……『ボル・ボフィス断爵だ……黒、閣下、砦……森……』」

「ふうん? ならその上は?」

「『分からない、分から……知ら……エル、エーデントラーダ大荒爵……予想。危険、勇……』」

「雑音がひどいな。もう少し話し言葉で思い浮かべてくれ。一応訊くが、それは悪魔族の者で間違いないな?」

「『……そうだ。そうだ。そう……』」


 名前に独自の称号からしてそうだろうと思ったが、案の定か。まあコーデルも悪魔族の間者だったしな。


「伝書鳩が向かうはずだった場所はどこだ」

「『ルーウィック。ルー……魔族領。東北東、帝国国境近、郊に位置する街の商業資源は……』」

「わかったわかった、余計なこと考えるな」


 しかし、魔族領まで直接飛ばすつもりだったんだな。だいぶ遠いけど、国境に近いならまあいけるか。


「で、内容だけど……人間側に誕生した勇者に関することで、間違いはないな」

「『そうだ、そう、なぜ勇者の誕生を知っている? そうだ、違、魔族側、間者から? 限られる知る人間。どこまで?』」

「ぼくのことはいい。君が調べていた勇者の名前を言え」

「『……メイベル・クレイン』」

「なぜ……あの子が勇者だと?」

「『……託宣のあった年と生年が一致、する。性別と髪色も託、宣に沿う。そして強い。魔法学園の出身だが、あそこ、では一年前、勇者らしき子供がいると報告してきた間者が送り込んだ刺客、と共に消えている。入学時期の矛盾は、ある。だが情報工作の可能性も、が……』」

「ん? いきなり素直になったな。あとは?」

「『メイベル・クレインは勇者で、あるとの噂が流れて、いる。情報屋の間で。出所はクレイン男爵家、の使用人に行き着い、た流出、元として自然……』」


 ふうん、なるほどね。


「他にはどんな内容を記した?」

「『公式に、は半年前にクレイン男爵家の、養子、となっている。学園生時代の恩師の孫娘だと当主が喧伝、しているが、裏付けはとれてい、ない。入学試験で、は……』」


 男が調べ上げたであろう、メイベルの情報が開示されていく。

 が……どうも当たり障りのないものばかりだ。

 たぶん、あえて流した表向きの情報だろうな。彼女が勇者であるという噂も含めて。


「最後に訊く。実際にメイベルが勇者である可能性を、君たちはどれほどと見込んでいる?」

「『一割程、度の。二割ほどまでは大会で優勝するならばあるい、は……』」

「そんなものか。他に候補が……いや、帝国が秘匿している可能性が高いと見ているのか?」

「『見ている、見てい……加え人間がすで、に勇者を過去のものとしている以上未だ、在野に、埋もれ世に出ていない可能性を誰もが警戒してい、る。商家、農民、奴隷……』」


 確かに、生まれによっては剣になんて触れずに育つことも多いからな。女ならなおさら。


 勇者の存在を帝国が把握しているならば、隠している可能性が高い。

 把握していないならば、どこかに埋もれている可能性が高い。

 こんな大会に都合良く出てくる可能性は低いが、条件が合致していて強いから、メイベルを無視はできない……みたいな感じかな。

 見方としては妥当なところだ。


「よし、このくらいでいいかな。どうもありがとう。おかげで知りたかったことを知れたよ」


 男を締め上げていた蔓が朽ちていく。

 支えを失った男が、石畳に膝をついた。蒼白の顔で……しかし決意の表情と共に目を剥き、その手が落ちていたナイフに伸びる。


 だがそれを掴む寸前。

 男のすぐ目前に、覚がすっ、と立った。


 ここからじゃよく見えないが――――きっとその顔は、期待に歪んでいただろう。


「よくやってくれた、覚」


 ぼくは妖に告げる。


「褒美だ。喰っていいぞ」


「なっ……!?」

「『なんだと!? 喰う!? ふざけるな冗談じゃな』ゲハハハハハァ――――アオウゥンッッ」


 覚の頭が、数倍に膨れ上がると。

 その大きく開いた顎で、男をひと飲みにした。


 もがく人の形が喉を通り、腹に収まる。

 男は、その中でまだ暴れ回っている。


「『やめろ』『出してくれ』ゲハハハハッ『苦しい』『怖い』ゲハハハハゲハハハハハハハァ!」


 やがて、その動きもにぶくなっていく。

 覚の大きく膨らんでいた腹が、すっと凹んだ。巨大な顔もいつの間にか小さくなっており、小柄な猿と変わらない姿に戻っている。

 今し方人を喰ったようには、もう見えない。


 覚が振り返り、気味の悪い笑みでぼくを見る。


「『哀れだ』『仕方ない』『捨て置くには危険だった』ゲハハッ」


 ぼくは薄目で覚を睨み、呪力を滲ませた声で告げる。


「ぼくの心を読むな、覚。殺すぞ」

「ゲ……ァ……」


 覚が、笑みを凍り付かせた。

 竦み立ち尽くす妖の眼前に、ぼくは位相への扉を開いてやる。


「ご苦労だった。もう戻っていいぞ。それとも……まだぼくと話をするか?」


 覚は、一目散に位相へと飛び込んでいった。

 ぼくは扉を閉じ、そして、一つ息を吐く。


「セ……セイカ、さま……」

「ん? ああ悪い。怖がらせたな」


 ぼくは頭に手を伸ばし、髪の中で震えるユキを指先で撫でてやる。

 それにしても。下級妖怪に舐めた態度をとられるなんて、前世ではあり得なかったんだけどな……。


 バサバサッ、という羽音。

 式神のタカが、伝書鳩を捕まえたまま戻ってきていた。

 ぼくはハトを両手で受け取ると、足輪を外し、折りたたまれていた手紙を開く。

 思わず溜息をつく。


「……暗号の解読法も訊いておくんだったな」


 密書を火の気で燃やす。

 ハトに大した怪我はなかったようで、地面に放すと勝手に飛び立っていった。


 密書は読めなかったが、まあいい。

 これでわかった。


 今回の大会は、メイベルが優勝するために開かれたものだ。

 そしてその目的は――――真の勇者たるアミュの身代わり。


 最初からおかしいと思っていた。

 そもそも、魔法剣士なんかを入れたところで近衛が強くなるわけがない。

 強さとは数だが、軍となれば均質さが重要だ。同じ訓練、同じ作戦、同じ行動で同じ強さを発揮できなければならない。そこに特殊な技能なんて不要。魔術師など持て余すだけだ。


 おそらく、帝国は勇者の誕生を把握している。

 コーデルの言っていた通り魔族領に間者を忍ばせているなら、予言の術を失っていても諜報で知ることができる。


 コーデルがアミュを見つけた時、帝国側もまた、学園を通して勇者の存在を知ったのだろう。

 そう考えると、去年の騒動があった後に学園を閉鎖しなかった理由も説明がつく。アミュの生家は貴族じゃない。学園を出られると、帝国の監視下から外れてしまうことになる。


 そんな形で一時は両者共に勇者を把握していたわけだが、その直後、図らずも魔族側だけがアミュを見失う。

 ぼくが刺客と内通者を始末してしまったためだ。

 ガレオスとの会話を思い出すに、コーデルはアミュの名前すら伝えている様子がなかった。

 たぶん、あわよくば勇者討伐の手柄を自分のものとしたかったのだろうが……しかしそのおかげで、魔族側の持つ情報が『学園に勇者がいるかもしれない』程度にまで後退した。ガレオスとコーデル以外に、アミュの顔と名前を知った魔族はいなかったから。


 で。

 おそらくまた、帝国は諜報によってその事実を知る。

 運良く人間側が情報的に有利になった。が、学園に目を向けられたままでは、いずれまたアミュの存在を知られかねない。

 だったら……学園から他に勇者っぽい奴を仕立て上げてしまえばいい!

 そして近衛隊あたりに引き取らせ、学園から目を逸らさせよう!


 ……うん。

 裏にあった思惑はきっとこんな感じだろうな。

 アミュが推薦枠に選ばれなかった不自然さも、これなら頷ける。


「あー、すっきりした」


 勇者に仕立て上げられるメイベルの経歴が気になるところだったが、さすがにそこまで調べるのは無理だ。

 どう考えても偽名だし、たぶんあの錆色の髪も染めてるだろうから。


 これ以上深入りする必要もない。

 アミュを守ってくれるなら、ぼくとしても願ったり叶ったりだ。

 間者があいつだけということもないはずだから、メイベルのことはきちんと報告されるだろう。むしろ一人消えているくらいの方が真に迫っていていいかな。


 さて、学園にはいつ頃帰ろう……。


「待てよ。実はメイベルこそが真の勇者という可能性も……いや、ないか」


 見ていればなんとなくわかる。


 あの娘に、アミュほどの才はない。

※蔓縛りの術

木の気で生み出した巨大な蔓植物で相手を拘束する術。蔓が物に巻き付く仕組みは接触屈性と言い、茎に何かが触れると、その逆側の細胞が急速に成長することで起こる。木質化とは細胞壁にリグニンが蓄積し、組織が非常に硬くなること。樹木や竹の表皮に見られる現象で、蔓植物の中ではフジやアケビなどが該当する。

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