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最強陰陽師の異世界転生記 ~下僕の妖怪どもに比べてモンスターが弱すぎるんだが~  作者: 小鈴危一
二章(ロドネア地下ダンジョン編)

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第十二話 最強の陰陽師、黒幕と対決する


 それから。

 ぼくとアミュは無事、ダンジョンを脱出できた。


 出口の落とし戸を《灰華》で上の土ごと吹き飛ばし、先生たちを驚かせはしたが、誰も怪我させなかったから問題はない。


 学園に連れ帰られてから、先生たちに何があったのかを事細かに訊かれ、ぼくらはありのままを話した。

 森にあった魔法陣でダンジョンに転移してしまったが、ボスを倒してなんとか脱出できた、と。

 ただぼくの術とアミュの呪いについては、アミュとも口裏を合わせて伏せた。話すと不都合があったから。


 先生たちは、神殿の地下にダンジョンがあったことなんて知らなかったようだ。

 たぶんこの街で知っている人なんていなかったんだろう。普通あんなモンスターが城壁内にいるとわかってたら、怖くてこんなところ住めない。


 森の魔法陣はすでになくなっていた。

 どうやら一回発動したら消える仕掛けが施されていたらしい。周到なことだ。


 おかげで、犯人もわからずじまい。


 こんなことがあって、また閉鎖だなんだという騒ぎになるかと思ったが……今回は三日休講になっただけで終わった。

 誰の仕業かもわからない中で、よく続けるよと思う。

 まあデーモンに襲撃されても閉鎖しなかったんだし、今さらだろう。


 あれから今日で七日。

 ぼくとアミュにも、ようやく日常が戻ってきていた。


「失礼しまーす」


 研究棟地下への階段を降りながら、ぼくはそう声をかける。


「お預かりしていた物、返しにきました。コーデル先生」


 広大な地下室。


 その床一面に描かれた青白い魔法陣の上で――――コーデルは丸眼鏡をくいと上げる。


「ランプローグ君かい? すまない、君に何か貸していたかな? それよりも……どうやってここに? 鍵を掛けていたはずだけど」

「すみません、鍵は融かしちゃいました。侵入者を知らせる魔道具も、今は結界の中です。預かり物についてはまた後で。今日は先生に訊きたいことがありまして」

「……授業でわからないことでもあったかな」


 コーデルの冗談に少し笑って、ぼくは地下室をつかつかと歩く。


「儀式は順調ですか? 先生」

「……」

「アミュはまだ元気ですよ」

「……どこまで気づいている?」

「さあ。でも、おかしいと思ってたんですよね。いくら転移の魔法に長けた悪魔族とはいえ、帝国の都市に単独で侵入し、あれだけの魔法陣を用意できるものかと。そしたら先日のダンジョン事件ですよ。襲撃者の置き土産だった可能性もありますが……普通に考えたら内通者がいますよね」


 コーデルは溜息をつく。


「ひょっとして、その襲撃者は君が倒してしまったのかな? やれやれ。誰だったのか知らないが、だから半端なやつは送るなと言っておいたのに」

「本人はすごく偉そうでしたけどね」

「それにしても……どうして僕だと? 証拠は残さなかったはずだけど」

「えーと……勘です」

「はぐらかされてしまったかな」

「話すと長くなるんで。じゃ、先生……そろそろいいですよ、真の姿を現してもらっても」


 コーデルはくつくつと笑う。


「今のは冗談かい? 残念ながら僕は人間だ。これが真の姿だよ」

「魔族が人間の間者を使うんですね」

「いくらか魔族の血は入っているがね。それくらいするさ。帝国が魔族の間者を使っているように」


 やっぱり人間側もその程度のことはしてるか。


「あのダンジョンのことも、魔族には伝わっていたんですか?」

「いや、あれは僕が見つけたのさ。古い文献をあたってね。人間の通れる出入り口はなかったから、脱出は不可能なはずだったんだけど」

「へぇ、危ない危ない……『呪い』と併せて、確実に勇者を葬るつもりだったんですね」

「……お見通しというわけか」

「ご自分で編み出した術ですか? だとしたら、きっと先生は天才なんでしょうね」

「これの価値をわかってもらえて嬉しいよ」


 丸眼鏡の奥で、コーデルは目を細める。


「光属性の儀式術を取り入れた、今までにない画期的な『呪い』だ。はるか遠くから、病に偽装し、対象を確実に殺せる」

「……」

「今までの実験では、どんな腕のある魔術師も屈強な戦士も、為す術なく死んでいったよ。苦しみながらね。今はまだ耐えているが、あの勇者もいずれ同じ末路を辿るだろう。ダンジョンなんて実はどうでもよかったんだ」

「……」

「ただ、一つ欠点があってね。時間がかかるのさ。そして途中で邪魔されると、せっかくの術が解かれてしまう。だから――――君には死んでもらうよ」


 コーデルが杖を振ると――――空中に、無数の魔法陣が出現した。

 その光の中で、異世界の呪術師が丸眼鏡を押し上げる。


「ここは僕の工房だ。当然このくらいの備えはしてあるよ。君が誰かに話していてもいいように、この場所は異界化させて逃げるとしようかな。悪いが、地獄で見ていてくれ――――僕が、勇者殺しの栄誉と共に凱旋するのをね」

「あ、その前にちょっといいですか」


 ぼくは手を上げて、コーデルの語りを遮った。

 緊張感のないその様子に、コーデルが眉を顰めて押し黙る。


「先ほど欠点が一つと言っていましたが、実はもう二つあるんですよ」

「何……?」

「気づいてました? 『呪い』は今、アミュにかかってませんよ」

「は、何を言って……」

「今呪われているのは、こいつです」


 不可視化の術を解く。

 ぼくの前に現れたのは、半分溶けた真っ黒のヒトガタだった。


 それを見たコーデルの表情がこわばる。


「呪いって、標的を定めるのが難しいんですよ。普通は対象の名前や、髪の毛や爪を使って縛るんですが……先生はおもしろい条件を設定しましたね。デーモンの血を浴びた者、ですか」


 床の魔法陣、その中央には、黒い液体が満たされた壺が置かれていた。

 おそらく、あれはデーモンの血液なのだろう。


「たしかに、アミュは襲撃の時にデーモンを倒してましたからね。もしかして、席次の高いぼくとイーファも狙われてたのかな? だとしたら危なかった。でもそのおかげで、このヒトガタに呪いを移せたわけですが」


 黒いヒトガタは、コーデルに壺をひっくり返された時に位置を入れ替え、あの生臭い液体を浴びたものだった。

 デーモンの血を。

 アミュの呪いを移そうとした際に真っ先に試したのだが、あっさりうまくいって逆に驚いた。まあ最初からコーデルを疑っていたからなんだけど。


「どんな条件で狙いを定めていても、ばれてしまえばこの通りです。全然気づかなかったでしょ? 呪いは標的がどうなっているか、術をかけている側からわからないですからね。前世では恨んだ男が死んだ後も呪い続け、やがて鬼と化してしまった女の話なんて珍しくありませんでした。それに、狙いもすぐ外れる。犬神や蠱毒など、その外れやすさを逆に利用した術もあるくらいです」

「前世……? なんだ、君は何を言っている? なぜ、僕の術のことを……」

「さて、もう一つの欠点ですが、その前に」


《召命――――デーモン》


 ガレオス戦で捕まえたデーモンを、位相から引き出す。

 ぼくの頭上に浮遊する赤い紋様のデーモンは、身動き一つしない。死んでいるようだった。やっぱり妖と違って、肉体依存度の高いモンスターは位相には耐えられないか。

 まあ今は支障ないけど。


 コーデルは、丸眼鏡の奥で目を見開いている。


「なっ、アークデーモン!?」

「これをこうします」


 式神を使い、デーモンの死骸を力尽くで引き裂く。

 大量の血と臓物の破片が、ぼくに降り注ぐ。


「何を……!?」

「さらにこうします」


 真言を唱えたのち、黒いヒトガタを火の気で燃やす。


「はい。これで呪いはぼくに移りました」


 力が流れ込んでくるのを感じる。

 む、けっこう強いなこれ。

 かわいそうに、アミュはこれを耐えていたのか。


 コーデルはというと、唖然とした表情を浮かべている。

 そりゃそうか。このままじゃぼく、ただの頭おかしい奴だし。


「バカな……気でも違ったか? 僕の呪いをその身で受けて、ただで済むわけが……!」


 聞いたぼくは、口の端を吊り上げる。

 それはお互い様なんだよなぁ。


 ぼくは声を張る。


「拝すも(かしこ)伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)――――」


 呪力を込めた言葉。


「――――殯斂(あらき)の宮、黄泉の国に(うじ)たかられし時、(はべ)()せる八柱(やはしら)雷神(いかづちのかみ)黄泉醜女(よもつしこめ)(たち)諸諸(もろもろ)の呪い、祟り、怨み有らむをば――――」


 それは世界の理を曲げ、向けられた呪詛を改変していく。


「――――()らひ(たま)(かえ)(たま)へと(もう)す事を、聞こし()せと(かしこ)(かしこ)み、(かしこ)みも(もう)す…………人を呪わば穴二つ、ですよ。先生」


 突然、コーデルは血を吐いた。

 尋常な量ではない。心臓を絞ったかのようなおびただしい量の血が、コーデルの口から流れ落ち、床の魔法陣を汚していく。


 異世界の呪術師が苦しみにあえぐ。


「な゛ん……ごれ、は……」

「呪いの一番の欠点。それは容易に返されることです。いわゆる呪詛返しですね」


 床に倒れ込むコーデルへ、ぼくは部屋を歩き回りながら説明していく。


「呪いは返されると、元の何倍もの威力となって術者へ襲いかかります。いいですか、先生。呪いとは、決して遠くから安全に行使できる術じゃないんです。相手に心得があったり、術士を雇われたりすると一転して窮地に陥る危険な術なんですよ」


 目や鼻からも血を流し、やがて息が弱まっていく呪術師へ向け、ぼくはなおも語る。


「先生が実験でうまくいってたのは、単にこの世界で広まってなかったからというだけ。対策が生み出されれば一気に陳腐化する、これはその程度の術なんです。残念ながらね……先生。聞いてますか? 先生」


 コーデルに、もはや動きはなかった。

 異世界の天才呪術師は、どす黒い血の海の中で息絶えていた。


 ぼくは、その死体を見下ろして言う。


「まあ、呪詛の方法論を一から作り上げたのはすごいと思いますよ。でも――――」


 溜息をつき、小さく呟く。


「――――呪いは、陰陽師(ぼく)の専門なんでね」



****



 それにしても、だ。


「本当に気持ちよく返せるなー、この呪文」


 師匠がよく使っていた、神道由来の呪い返し用逆祝詞(さかのりと)。ちょっと長いのが玉に(きず)だが、異世界呪術にもばっちり対応だ。すごい。


祝詞(のりと)とは、セイカさまにしては珍しいですね」


 上着の内ポケットから顔を出したユキが言う。


「そうだな。自分への呪詛返しはあれが一番使いやすいんだけど、呪いを受けることなんて久しぶりだったから」


 陰陽道は神道、仏教、道教が日本で融合した呪術体系で、使える術も幅広い。

 実際、真言は梵語、符に書くのは漢語、祝詞は日本語というとりとめのなさだ。当然、術士の好みで全然使わない系統が出てくることもある。

 浄化とか霊を祓う系は強いんだけどなー、神道。呪文が長いからダルいんだ。


「ところで、ユキにはわからないことがあるのですが」

「なんだい?」

「セイカさまは、迷宮から帰ってからずっとあの人間を疑っていたようですが……どうしてわかったのです?」

「ああ。脱出前に地上の様子を観察してたとき、あの人の上着に花粉がついてるのが見えたんだ。それが転移の魔法陣の近くに生えてた花と同じだったからね」

「花粉、でございますか? よくそんなものおわかりになりましたね」

「花粉は紫外線を反射するからね。ミツバチの視界ならそれがよく見えるんだよ」

「紫外線……とは?」

「虹の一番下は紫色だろ? でも実はそのさらに下側に、人には見えない色があるんだ」

「ほほう」

「それが紫外線。まあ古代ギリシアの言葉を直訳しただけだけどね。鳥や虫には見えるものが多いんだよ」

「ほへ~」


 ユキが気の抜けた相づちを打つ。

 わかっているのかは微妙だ。


 ま、何はともあれ。

 これで懸念事項だった魔族への内通者も始末できた。

 やっと普通の学園生活を始められるよ。


 目下の問題は、あと一つだけ。

 モンスターの血にまみれた服を見下ろして、ぼくはげんなりと呟く。


「……着替えどうしようかな」

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