第十一話 最強の陰陽師、土産を拾う
ボス部屋の奥に伸びていた通路を進むと、辿り着いたのは小さな部屋だった。
「ここは……」
「よくわからないけど、たぶんそれのための部屋なんじゃない?」
部屋の中央には、祭壇のようなものがあった。
そしてその上に、剣が突き立てられている。
埃を被っていてずいぶんと古そうではあるが……見事な剣だった。
柄には控えめだが装飾が施され、微かに力の流れも感じる。
美しい銀色の剣身には、錆一つ浮いてない。
材質は何だろう? 鋼でも青銅でもなさそうだけど……。
「これ……聖銀かしら」
「ミスリル? って」
たしか、魔力を通す希少金属だったっけ。
「ミスリルの武器なんて一度しか見たことないけど、たぶん」
「もしかして、かなりいいやつ?」
「杖剣には最適な素材よ。珍しい分高いから、これ市場に出したら相当な値段がつくんじゃないかしら……それでも、これを引き抜いて持って帰りたいとは思わないけど」
と言って、アミュが祭壇を気味悪そうに見やる。
ミスリルの剣が祭壇に刺し止めていたのは、巨大な手だった。
五指があるが、人間のものではない。
ゴツゴツとしたその皮膚は、爬虫類に近い。
「封印……よね? これ」
「だろうね」
「手以外はどうしたのかしら」
「きっとバラバラにして、それぞれ別の土地に封じてあるんだよ」
前世でも、強大な妖をそうやって封じていた例があった。
位相に送ってしまうのとはまた別の封印だ。
「それだけやばいやつってこと?」
「たぶんね。でも……」
ぼくは剣の柄を握ると、それを無造作に引き抜いた。
「っ!! ちょっと!」
「大丈夫だよ。この手はとっくに力を失ってる」
巨大な手は剣を抜いた拍子に割れ、崩れていた。
相当古いものだろう。力の流れなどは微かにも感じられない。
「だけど、どうしてダンジョンの奥になんて封印したんだろうな」
「……封印した時は、まだダンジョンじゃなかったんじゃないかしら。その手がまだ力を持っていた頃にナーガが呼び寄せられて、それがやがて核になって、長い時間をかけてダンジョンが広がっていった……とかね。ここ、元々はなにかの遺跡みたいだし」
「ふうん。なるほど」
ま、なんでもいいや。
「はい、アミュ」
ぼくはアミュに剣を差し出す。
「え?」
「これ、いい剣なんでしょ? 使ったら?」
「……いいの? あんたの手柄でもあるのに」
「ぼくは剣使わないから。売ってもいいけど、珍しいものだし使えるなら使った方がいいよ」
「ほんとにいいの? 今の杖剣は酸で傷んじゃったから、すごくありがたいけど……」
アミュがそう言って柄を受け取り、剣身を立てる。
そのとき、からんころんと柄頭から何かが落ちて床を転がった。
ぼくはそれを拾い上げる。
「え、飾りでもとれちゃった?」
「いや……これ指輪だ」
どうやら柄頭に引っ掛けてあったらしい。飾りの一部だと思って気づかなかった。
埃を被ってはいるが、きれいな指輪だ。
剣身と同じミスリルのリングに、複雑な色合いの小さな魔石が嵌まっている。
文字も魔法陣もないのに、力の流れを感じる。
これはひょっとして……。
「アミュ、こっちはぼくがもらっていい?」
「ダメと言う理由がないわね……うん、これやっぱりいい剣みたい。直しは必要だけど」
ミスリルの剣を振っていたアミュが、満足げに言う。
「まさかこんな拾い物があるなんてね」
「ああ。ぼくらはツイてるよ」
本当に……本当に、ぼくはツイてる。
初めはあんなつまらない罠にはまるなんてと思ったけど、おかげでアミュの呪いのことを知れたし、おもしろい土産までできた。
もし普通にイーファを行かせてたら最悪の事態にもなりかねなかっただろうから、ぼくの判断もよかったな。
アミュが言う。
「欲を言えば、ダンジョンドロップも欲しかったところだけど」
「ダンジョンドロップ?」
「ダンジョンによっては、中にアイテムが落ちていることがあるの。武器とか、宝石とかね。それもモンスターと同じくダンジョンが生み出しているから、迷宮の恵みってわけ」
「へぇ」
そう言えば前世の迷い家でも、持ち主に富をもたらす呪物を授かることができたっけ。
「そういうの探すのは楽しそうだな」
「そうなのよ」
アミュが笑って言う。
「冒険者ってろくでもない職業だけど、でもおもしろいの。ま、偉いお貴族様が関わる世界ではないでしょうけどね」
「はは、いや……冒険者か。悪くないな」
「え、本気で言ってる?」
「お貴族様とは言っても、妾の子で家も継げないしね。働かないと」
「学園の出で成績がいいなら、普通に官吏にでもなったらいいでしょ。あんただったら宮廷魔術師だって目指せるんじゃない?」
「役人か……」
正直、役人生活は陰陽寮時代でうんざりしていた。
忙しいし雑務ばっかりだし同僚は無能だし付き合いが鬱陶しいし……生まれ変わってまでやりたくない。
「役人はちょっと……。それに、冒険者って儲かるんでしょ?」
「成功者はね。でも危険と隣り合わせよ」
「それは気にしてない。何より自由そうなのがいいな」
力さえあれば、しがらみなく、手っ取り早く大金を稼げる。
ぼくにぴったりの職だ。
どこにいたって金は大事だし。
ぼくはアミュに笑いかける。
「今回、アミュと一緒に戦えて楽しかったしね。まだ先の話だけど、考えておこうかな」
「そ、そう……? じゃあ、考えておいて。あの、もし冒険者になったら……」
「また一緒に冒険に行こうか。今度はちゃんと準備してね。アミュとだったら、どこへだって行ける気がするよ」
「う、うん……約束ね」
少し照れたように、アミュが目を逸らした。
冒険者になれば、アミュのそばにいられる。
それが何より大きい。
基本的にパーティ単位で行動する冒険者なら、多少強かろうと目立たない。
アミュの華々しい成功の陰で、ぼくはひっそりと幸せになれるだろう。
今回のことで、だいぶ信頼を勝ち取れた。
今生は実に順調だ。
やり直しの生とは、こうも容易いものなのか。
「そ、それじゃ先を急ぐわよ。ここが人の作った地下遺跡なら、出口も近いはずだから……」
「待って」
歩き出すアミュを、ぼくは引き留めた。
「この先にも扉がある。ぼくが一応見てみるよ」
祭壇の部屋から延びる短い通路。
ここからでも、その先にある青銅の扉が見えた。
アミュが訝しげに言う。
「ボスは倒したんだから、なにもないわよ」
「念のためだよ。ちょっと待ってて」
そう言って、ぼくは扉へと歩いて行く。
「セ、セイカさま……」
「わかってる」
祭壇の部屋に入ったときから気づいていた。
この向こうにある大きな力の流れを。
ダンジョンはまだ力を失っていない。
核はまだ生きている。
青銅の扉の隙間から灯りのヒトガタを飛ばし、中をそっとのぞき見る。
広大な部屋。
そこに、三体のナーガがいた。
右方に、金の鱗のナーガ。
左方に、銀の鱗のナーガ。
そして中央に毒々しいまでの虹色をしたナーガが、腕を組み、とぐろを巻いて厳かに座していた。
先ほどのナーガとは、力の大きさが違う。
明らかにやばい。
ぼくは思わず顔が引きつる。
いや、空気読んでくれよ……。
終わるとこだったろ、さっきので。なんで畳みかけてくるんだよ。今いらないんだよそういうの……!
ちらと、アミュを見る。
いくら勇者と言えど、今あの三匹を相手にするのは無理だろうなぁ……。
仕方ない。
扉の隙間から、新たに三枚のヒトガタを飛ばす。
それらは目を閉じたまま動かない三体のナーガへ、静かに貼り付いた。
片手で印を組む。
《陰の相――――氷樹の術》
陰の気が瞬く間に熱量を奪い去り――――三体のナーガは、すべてただの氷像と化した。
ダンジョン全体から、灯りが落ちたように力が消え去る。
やっぱりあっちが本当の核だったみたいだな。
「な、なに? 今の」
「あー……ダンジョンが力を失ったんじゃないか?」
「え、でもボスはもう……」
「もしかしたらあのナーガ、さっきまで生きてたのかもね。ほら、蛇って生命力強いし」
適当なことを言いつつ扉のヒトガタを飛ばし、ナーガの死骸を位相へと捨てていく。
よし、証拠も隠滅できた。
ぼくは扉を開け放つ。
「こっちの部屋にはやっぱり何もないみたいだ。ダンジョンが生きてれば、モンスターが湧出したのかもしれないけどね」
「うーん……そう? なんかへんなの……」
釈然としない様子のアミュへ、ぼくは誤魔化すように部屋の奥を指さしてみせる。
「この奥にも通路があるみたいだよ。出口かもしれない」
実はすでに飛ばしていた式神で、その先が上へと続く階段になっていることはわかっていた。
出口である落とし戸には、土が被さっていて簡単には開かなさそうだが……いくらでもやりようはある。
地上の神殿遺跡には、学園の先生たちの姿があった。
探しに来たんだろう。だいぶ焦っている様子がうかがえる。ぼくは一応、貴族の子息だしね。
その中の一人を、ふとミツバチの視界でとらえて――――思わず、内心でほくそ笑んだ。
なるほどなるほど。
やっぱり、ぼくはツイてるな。
※氷樹の術
陰の気で対象の熱を奪って凍らせる術。





