第六話 最強の陰陽師、地下迷宮を理解する
「ダンジョン……ここが?」
ダンジョンとはたしか、モンスターの出現する地下迷宮のことだ。
ただの空間ではなく、核となるボスモンスターやアイテム、術士などがいる、異界に近い場所だったはず。
「こんな場所でモンスターが出る以上、そう考えるのが普通よ」
「へえ……なるほどね。ダンジョンに来たのは初めてだ」
そう言ってぼくは地面に腰を下ろす。
それをアミュが訝しげに見下ろす。
「なにやってるの?」
「座ってる」
「なんで?」
「闇雲に歩き回ったって仕方ないだろ。体力を消耗するだけだ。ここでじっとして助けを待った方がいい。ちょうどモンスターの死骸でぼくらの体臭も紛れるし……」
「助けなんて来るわけないじゃない」
言い切るアミュに、ぼくは眉を顰める。
「どうして?」
「ダンジョンから帰らなかった者を助けに行くことはないわ。遭難して生きているよりも、モンスターに襲われて死んでる方が多いんだから」
「それは冒険者の話だろ? ぼくらは学生で、事故でここに迷い込んだんだ」
「なお悪いわよ。あたしたちは入り口から入ってきたわけじゃない、どことも知れないダンジョンにいきなり転移したの。仮に先生たちがあの魔法陣を見つけたとして、転移で追ってくると思う? 遭難者を増やすだけよ」
「魔法陣を解析すればどこに転移したかくらいわかるだろ」
「わかっても同じこと。たぶんだけど……ここはギルドに管理されたダンジョンじゃないわ。当然マッピングだってされてない。そんな場所にいきなり遭難者を探しに行くなんて、専門の冒険者ですら請け負わない」
「じゃあどうするんだよ」
「ダンジョンで迷ったときにやることは一つだけ。歩くのよ」
アミュが、ぼくに手を差し伸べる。
「歩いて歩いて、気力と体力が尽きる前に、他のパーティか出口までの道を自力で見つけ出す。それしかないの」
「はは、絶望的だなそれ」
ぼくはアミュの手を取って立ち上がり、ズボンに付いた土を払う。
本当は二、三刻ほど、式の視界で地上の様子をじっくり観察したかったんだけど……まあいいか。
方針を決めよう。
進むのはいい。体力が尽きることは心配していない。
こういう場所で怖いのは、飢えに乾き、窒息など不足による死だ。でも食べ物も水も空気も、ぼくなら呪いでまかなえる。数ヶ月は問題なく過ごせるだろう。
いざとなれば、大量の式神でダンジョンを総当たりし、地上への出口を探すこともできる。もったいないからあんまりやりたくないけど。
となると、なるべくヒトガタは温存したいな。
もう一つ試したいこともあるし。
「ユキ」
ささやきにも満たない声量で、ユキに呼びかける。
「あまり式を使いたくないんだ。索敵を頼めるか?」
「!! 任されましたぁっ、セイカさま!」
ユキが嬉しそうに返事をする。
モンスターはさほど脅威ではない。ユキは神通力がお世辞にも得意とは言えないが、この場では十分だ。
どのみちこんなに暗いとヘビかコウモリくらいしか使えないしね。扱いにくいんだよな、あれ。
そうだ、暗いと言えばもう一つ。
「アミュ。ちょっと待って」
歩き出そうとしたアミュを引き留める。
「剣の光は消していいよ。灯りはぼくが受け持つ」
そう言ってヒトガタを数枚飛ばし、光を点した。
先ほどまでよりずっと明るくなった地下通路の中で、アミュは驚いたように言う。
「これ、呪符? それにあんた、光の魔法も使えたの?」
「まあね。言ったでしょ、ぼくそこそこやるんだよ」
アミュが小さく息を吐いた。
「生き残れる確率が上がったわね。ほんの少し、気休め程度にだけど」
その横顔を見て、ぼくは思わず口走る。
「アミュ、全然余裕そうだね。こんな状況なのに」
聞いたアミュはわずかに目を見開いた後、顔を逸らした。
「……そんなことないわよ」
※式神(ヘビ・コウモリ)
完全な暗所で使う式神。マムシやニシキヘビの持つピット器官による熱源探査や、コウモリの超音波による反響定位で地形や他生物を探れる。が、人間の脳には元々それらの情報を処理する機能が存在しないので、かなり使いづらい。





