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第五話 最強の陰陽師、地下迷宮へ迷い込む


 何も見えない。

 何も聞こえない。


 真っ暗な世界で、ぼくはゆっくりと呼吸し、手を合わせた。

 自分の手から自分の体温が伝わってくる。


 意識はある。身体感覚もある。

 死んだわけではないらしい。


「セイカさま」


 そのとき、耳元でユキのささやき声が聞こえた。


「どうやら転移した模様です。周囲十丈(※約三十メートル)に渡り今のところ敵の姿はありません」


 どうやら、ユキも一緒に転移していたらしい。助かった。

 口元でかき消えてしまうほどの声量で、ぼくはユキへと問いかける。


「……ここがどこかわかるか?」

「恐れながら……」

「いい。アミュは?」

「すぐ近くにおります」


「アミュ、聞こえるか?」


 声量を上げて呼びかけると、暗い世界に光が点った。


「……よかった。あんたも無事だったのね」


 杖剣の先に光を点したアミュが、ほっとしたような表情で言った。

 ぼくは、周りに目をやりながら言う。


「ここ、どこだろう。地下みたいだけど」


 今ぼくたちがいるのは、岩の壁で覆われた広い通路のような場所だった。

 真っ暗な道が前後に延びている。

 ただの洞窟とは思えない。


「さあ。でも……あまりいい予感はしないわね」


 アミュが言う。


「やっぱり……あの魔法陣のせいかしら」

「たぶんね。切り株の小さな魔法陣は、空き地全体の魔法陣の一部でしかなかったんだ。誰かが足を踏み入れたら転移させるようになっていたんだろうな」


 切り株のところだけ塗料を変えて書かれていたのは、注意を引いて近寄らせるためだったんだろう。

 まんまとしてやられた。

 やっぱり勘がにぶっているな。


「あの場所からそう遠く離れてはいないと思うけど……」

「……? なんでそんなことがわかるわけ?」

「いや、なんとなく」


 一応理由はある。

 学園に残してきた式神とのリンクが切れていないからだ。

 第一階層に距離は関係ないが、アドレスが離れすぎると関連性を保てなくなって術を維持できなくなる。


 だからたぶん、ここは森の地下、というより神殿の地下なんじゃないだろうか。

 まあ確証はないけど。


 さて、どうするかな。

 転移の際に周りの式を全部置いていかされたので、今は手駒がない状態だ。が、ストック分の扉を開けるヒトガタはあるから補充はできる。

 確実に行くなら式神を飛ばしてここの構造を探るべきだが……そう簡単に出口を見つけられるとは思えない。これが罠だったとすれば、なおさら。


 うーん、今いる正確な場所さえわかれば、森の式と位置を入れ替えて脱出できるんだけどな……。


「っ! セイカさま」


 そのとき、緊張を含んだユキのささやきが耳に入った。


「右方の通路よりなにか来ますっ」


 ぼくにもその音が聞こえてきた。

 ひたひたという足音。それと、微かに金属が鳴る音。


「アミュ。右から」

「わかってるわよ」


 やがて剣の照らす光の中に、敵影が現れる。


 それはトカゲ人間とでも言うべき姿だった。


 二足歩行しているが、全身が緑の鱗で覆われ、手足にはかぎ爪が生えている。そんな存在が、曲刀と盾を持ち、簡単な鎧を着ているのは何かの冗談みたいだった。


 たしかあれは、リザードマンとかいうモンスターだ。

 全部で三体いる。


 感情のうかがえない六つの瞳が、ぼくらを捉える。

 右の一体が、威嚇するように口を開けた。


 アミュはすでに飛び出していた。


 風を切る剣先が、威嚇するリザードマンの口腔を刺し貫く。

 曲刀を振り上げた左の一体は、胸当てを蹴り抜かれて壁へ叩きつけられた。

 そして後方にいた中央の一体に、無詠唱の火炎弾(ファイアボール)が放たれる。

 炎に包まれた最後のリザードマンは、しばらく濁った断末魔をあげていたが、やがて倒れ伏し静かになった。


 なんだ、火炎弾(ファイアボール)もけっこう強いんだな。


 壁際で伸びているリザードマンにとどめを刺すアミュ。

 息が乱れた様子もない。


「……すごいね。もしかして慣れてる?」

「多少は」

「でも、閉所で火の魔法はやめたほうがいいかもね。空気が悪くなる」

「ちょっとくらいなら平気よ。そう言うあんたはなに使うわけ?」

「こんなのとか」


《木の相――――杭打ちの術》


 虚空から現れた九本の杭が、ぼくの背後へ打ち出される。

 それらは、後方から迫っていた巨大なオークへと次々に突き立った。

 豚面のモンスターはわずかにふらついた後、そのまま仰向けに倒れる。

 死んだようだ。


 アミュがオークの死骸を見やり、眉を顰める。


「なに? この魔法。木の杭……?」

「そうだよ」


 《杭打ち》は西洋を旅する途中、吸血鬼対策でわざわざ作った術だ。白木の杭がよく効くと聞いたから。

 結局トランシルヴァニアでもハンガリーでも目にすることはなかったものの、ベースにした(トネリコ)には多少破魔の力があるので、日本に帰ってからもたまに使っていた。


 四属性ではないから多少怪しいだろうが、閉所で安全に使える術は限られる。

 こんな状況だ、やむを得ないだろう。


「聞いたことないんだけど。こんな魔法」

「そう? まあぼくはランプローグ家だから。一般に知られない魔法でも学ぶ機会はあるのさ」


 これで誤魔化されてくれるといいな。


「……まあいいわ。とにかく、これで一つはっきりしたわね」


 アミュが倒したモンスターを眺め、呟く。


「ここはダンジョンよ」

※杭打ちの術

白木の杭を打ち出す術。吸血鬼退治の白木とはトネリコ・ビャクシン・セイヨウサンザシ・ポプラなどだが、セイカがトネリコを選んだのは日本にも自生していてなじみがあったのと、建材としても使われていて頑丈そうだったから。セイカが前世で東欧を訪れたのはドラキュラ公の誕生よりずっと前の時代だが、その頃からヨーロッパにはストリゴイやクドラクをはじめとした吸血鬼伝承が多数存在した。

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