第二十二話 最強の陰陽師、魔族と戦う 後
ゆっくりと、ガレオスが振り返る。
表情に乏しいその面貌にも、今は驚愕の感情がうかがえた。
ぼくは笑いかける。
「これ、ぼくが作った師匠への返歌なんだ。一点の曇りもない澄んだ夜空はどこか物足りない。月を隠す雲のようだった憎いあなたでも、いなくなったらそう思えた……っていう意味だよ。歌は苦手なんだけど、どうかな? 師匠には感想を聞けなかったから……まあ、ぼくが殺しちゃったからなんだけどね。ちなみに最初の歌の人でなしってぼくのことだよ。ひどいよね」
「……なぜ生きている?」
ぼくの言葉など聞こえていないように、ガレオスが言う。
「なぜって、見ての通りだけど」
両腕を広げてみせる。
五体満足どころか、制服には血の汚れすらもない。
「光属性の治癒、いや蘇生術……? もう一度殺せばわかることか」
瞬く間に巨大な刃を生み出し、ぼくへと放った。
それは正確に額へ突き立ち、頭が割られる。
ぼくは死んだ。
――――そして、術が発動する。
頭を貫いていた刃が消滅。
傷が瞬く間に治っていく。
「はい復活」
ぼくは生き返った。
頭部に穴が開き、力を失った身代のヒトガタをその辺に捨てる。
「……なんだその魔法は。生き返るのはともかく、なぜ刃が消える。時を戻したのか……?」
「そんなことしてないよ。単に異物があったら消すよう式を組んでただけ。ちなみに服も一緒に直るようにしてあるよ。焼け死んだときに不便だからね」
「……よい。ならば、死ぬまで殺すだけだ」
また刃を作り始めるガレオスを見て、ぼくは呆れる。
「まだやる気なんだ。普通、ここは一度退くところじゃない? そんなに勇者を倒したいの?」
「無論。最強の存在を、最強になる前に倒す。その機会は逃せない」
「最強、最強ねぇ……」
ぼくは失笑を漏らす。
「くだらないよ」
「何……?」
「最強なんてくだらないって言ってる。勇者も魔王も、それに固執している君も総じてくだらない。勇者をおとぎ話にしたこの国の人間の方がまだ賢いくらいだ。考えてもみなよ。この世界を動かしているのは、単に力の強い者か? 武芸に秀でた者なのか?」
前世ではぼく以外にも、およそ人とは思えないような強者はいた。
悪精シャイターンの加護を持ち、暗殺教団の頂点に君臨したイスラムの指導者。
無数の機械人形を従え、底知れない叡智をその頭脳に宿していたユダヤの哲学者。
日本にも、人の身にして大百足や鬼を斬る武者がいた。
だが、世界を動かしていたのはその者たちではない。
「力とは数だ。強さとはそれを操る狡猾さだ。個人の暴力なんて、世界にとっては取るに足らない」
「それは貴様が真の強さを知らぬだけだ。圧倒的な力の前にはあらゆる者がひれ伏す」
「元最強が言うことなんだけどなぁ」
「戯れ言を……ッ!」
ガレオスの浮かべていた刃が、すべてかき消える。
あ、転移させたな。
「もういいよ、それ」
全方位から降る黒い刃。
それらがすべて、ぼくに届く寸前にぼろぼろと崩れ去った。
「結界!? だが、魔法を無効化するなど……」
「結界なんだから術を封じるのは当たり前だろう? しかもこれヒトガタ十一枚も使ってるからね。そう簡単には破れないよ」
「ならばその符を破壊するのみだッ!」
ガレオスが炎と刃を放つ。
それらはたしかに、結界の頂点を担うヒトガタを狙っていた。
うーんでも、あんまり意味ないんだけどなぁ。
まあ付き合ってやるか。
《水の相――――瀑布の術》
莫大な量の水が、ヒトガタから吐き出される。
それは炎を飲み込み。
刃を飲み込み。
ついでにガレオスをも飲み込んだ。
陰や陽の気がなくとも、大量の水はそれだけで強い。
「ぐっ、なんだこの水の魔法は、どんな魔力量だ……」
ガレオスの姿が現れる。
やっぱり転移で抜け出されたか。
「魔法は通じぬか、ならば直接葬るッ」
尋常じゃない脚力で、ガレオスが地を蹴った。
まあそうくるよね。
ぼくは後退しながらヒトガタの扉を開く。
《召命――――雷獣》
位相から引き出されたのは、アナグマに似た黒い小動物だった。
「シ――――ジチチチ、シジチチ」
火花を含んだ唸りのような、奇妙な鳴き声。
その剣呑な気配を察したのか、ガレオスの狙いが雷獣へと向けられる。
勘が良いね。無意味だけど。
「シジヂッ!」
雷獣から特大の稲妻が放たれ――――ガレオスへと突き立った。
破裂音と共に悪魔が吹き飛び、地面へと転がる。
鮮烈すぎる光のせいで目がチカチカする。
うーん、やっぱり大した威力だな。
雷獣は、稲妻と共にまれに地上に落ちてくる妖だ。
見た目はただの小さな獣だが、その身には落雷の力が宿っている。
あれだけずぶ濡れでは、船乗りが持つような雷避けの加護があっても防げなかっただろう。
「おーい、もう終わりか? ……あっ」
悪魔の姿がかき消える。転移したみたいだ。
あ、これは後ろかな?
振り返ったぼく。
その腹を、ガレオスの手刀が貫いた。
「驕っ、たな?」
熱で白濁した眼球でぼくを睨み、ガレオスが呟く。
ぼくは血を吐きながら笑い、その腕を掴んだ。
「捕まえた」
《金水の相――――灰華の術》
ぼくとガレオスの間で、術が発動。
すさまじい爆発と共に、黄色の火柱が上がった。
爆風で吹き飛んだぼくは、しばらくしてやおら立ち上がり制服の汚れを払う。
ガレオスを見ると、ひどい有様だった。
片腕がない。腹からは内臓がこぼれ、体は所々溶けている。
「知っていたかい、金属の悪魔さん」
ぼくは瀕死のガレオスに語りかける。
「塩を二つの要素に分解すると、一方に金気が現れる。つまり塩は金属を含んでいるんだよ。そしてその純粋な結晶はね、水と激しく反応するんだ。ちょうど今みたいに」
頭部と両腕がちぎれ、強塩基で溶解するヒトガタの隣で、無傷のぼくは滔々と語る。
「なん、だ……それは。知らぬ……あり、得ぬ……そのよう、な……金属など……」
「君たちさぁ、ちょっと勉強不足じゃないかな」
「な、に……」
「ぼくも認めるよ。四属性魔法はけっこう役に立つ。特に、モンスターを相手にするならね」
強さだけなら、前世の妖の方がよほど強かった。
しかし実際のところ、妖による人の被害というのはごく少ない。野犬や熊の方がずっと恐ろしいくらいだ。そのうえ、肉体に依らない魂である妖には、呪術がよく効いた。
一方で、こちらのモンスターは野犬や熊よりも強く、さらには人をよく襲う。しかも在り方が動物に近いために、妖に比べ呪術が効きづらい。
そこで手っ取り早く火力を得るために発達したのが、実物の火や氷を放つ四属性魔法、ということなんだろう。
「それはいいよ。でもそれならさ、どうしてもっと突き詰めないかな。君たち、火ってなんだか考えたことある? 水を分解すると風になることは? 風を冷やすと氷よりも冷たい水になることは? 土の中にある一番多い要素は、実は風の中にあるものと同じって知ってた?」
「なん、だ……何を、言って……」
「このレベルの話を理解できないのはまずいよ。ぼくたちの認識する第三階層の話だよ? 観測して初めて処理される第二階層や、根源たる第一階層の話じゃない。もっと勉強しなよ。ぼくなんて昔、わざわざ海を渡ってまで古代の叡智を求めたのに。それくらい情熱のある魔術師はこの世界にいないのかな?」
ガレオスは残った片腕をつき、震える体を起こす。
「敵を前に、説教、か……余裕、だな……」
「そりゃあね」
「だが……我は、まだ……戦え、る、ぞ……」
「……」
「貴様、の、奇妙な符は……もはや残り、少ない、はず……我にも、勝機、は残っ……」
「符ってこれのこと?」
《召命――――ヒトガタ》
《召命――――ヒトガタ》
《召命――――ヒトガタ》
《召命――――……
位相から取り出した無数のヒトガタが、夜空に並ぶ。
「まだまだいっぱいあるよ」
何年間もこつこつがんばって作ってたからね。
笑顔のぼくに、ガレオスは虚無の表情を返す。
「……あり得ぬ……あり得、ぬ……敗ける、だと、こ、の我が…………先代の長を、下し……英傑の、再来と、言われ……人間の、剣王すら破ったこの、ガレオス、が……」
「もう終わりな感じ? 君、思ったより弱かったね」
「なっ……」
「ちょこまかと逃げ回って雑魚を喚ぶだけなら、別にいらないかな。まあ君は位相に送ってもすぐ死んじゃうだろうけどね」
ふう、と溜息を一つ。
「よし。宴もたけなわではあるけれど、ここらでお開きだ。では最後に、其の方の体をもってして――――」
一枚のヒトガタを選び取り、その扉を開く。
「――――ぼくの下僕の馳走とし、この饗宴を締めようか」
《召命――――蛟》
空間の歪みから――――太く、すさまじく長い体が伸び上がった。
青緑の鱗に覆われたそれは、巨躯をくねらせて天へと昇っていく。
それは、蛇に似ていた。
だが、とても蛇と呼べる存在ではなかった。
長い鼻面に生えそろった牙。太縄のごとき二本のひげ。頭には白い毛が風になびき、その間からは角が見える。
蛟が体を反転させ、悪魔へと迫る。
その獲物を食らわんと、顎が大きく開かれる。
ガレオスは絶望の光景に目を見開いていた。
「なんだこれは……なんだこれは……ッ! あり得ぬ……魔王様でも、こんな……ドラゴンを……ドラゴンを従えるなど……ッ!!」
「ドラゴンじゃない」
蛟の牙が、ガレオスを捕らえた。
悪魔の体を空中へと攫い、数回咀嚼した後、その腹に収める。
ぼくは、もう聞こえていないだろう悪魔族の雄に、小さく呟いた。
「――――龍だよ」
※瀑布の術
水の気で大量の水を生み出す術。瀑布とは滝のこと。
※灰華の術
金の気で生み出した金属ナトリウムと、水を混合し爆発させる術。ナトリウムをはじめとするアルカリ金属は水と激しく反応する性質を持つ。爆炎はナトリウムの炎色反応で黄色く染まる。飛び散った水は強アルカリの水溶液となり、肉体を溶かす。術名の由来はアルカリが元々アラビア語で草木灰を意味することから。





